群論
群論
群論(group theory)とは、群を研究する代数学の一分野である。 群(group)は演算ができる枠組みの一つである。 最もよく知られた例の一つに、 整数全体 $\mathbb{Z}$ と通常の加法 $+$ と $0$ の三つ組 $\langle\mathbb{Z},+,0\rangle$ がある。
対称性を記述する際に道具として用いられるという特徴がある。 代数学、幾何学などを始めとして広く数学の諸分野で用いられる他、 対称性を記述する道具としての側面があるため物理学、化学などでも応用されている。
定義
標準的な定義
群とは、集合 $G$ と $G$ の上で閉じた二項演算 $\times$、$G$ の要素 $1$ の三つ組 $\langle G, \times, 1\rangle$ で、次の三つの公理を満たすものをいう。
- (G1)(結合律)
$G$ の任意の元 $a$,$b$,$c$ について、$(a \times b) \times c = a \times (b \times c)$ が成立する。
- (G2)(単位元の存在)
$G$ の任意の元 $a$ について、$a \times 1 = 1 \times a = a $ が成立する。
- (G3)(逆元の存在)
$G$ の任意の元 $a$ について、$ a \times b = b \times a = 1 $ を満たす $G$ の元 $b$ が存在する。
補足
上の定義における $1$ のことを単位元と呼び、(G3)における $b$ のことを $a$ の逆元と呼ぶ。 逆元は一意的であることが証明できるため、$b$ のことを $a^{-1}$ と書く。 ただし二項演算を表す記号として $+$ を用いる場合には $b$ のことを $-a$ と表すことが多い。
通常、二項演算 $\times$ と単位元 $1$ の内容が文脈から明らかなとき、群 $\langle G, \times, 1\rangle$ のことを単に群 $G$ と呼ぶことがある。特に演算構造を備える群とその台集合[1]を誤解を招かない範囲で同一の記号で表す。
一般に群 $\langle G, \times, 1\rangle$ の単位元は $1$ に限られる(証明)ので、群を二つ組 $\langle G, \times \rangle$ として定義しても混乱が生じる恐れはない。 このことから、集合 $G$ に二項演算 $\times$ を定めたとき $\times$ に関する単位元が存在して上述の定義を満たすことを指して $G$ は $\times$ に関して群を為すという。
圏論的観点からの定義
一方で、 本稿では用いないものの特殊な圏として群を定義することもできる。 具体的には次の通り。
圏 $\mathscr{C}$ が群であるとは、$\mathop{\mathrm{Ob}}(\mathscr{C})$ が一元集合であり,任意の射 $f\in\mathop{\mathrm{Mor}}(\mathscr{C})$ が可逆であることである。
具体例
- 自明群 $\{1\}$
- 整数 $\mathbb{Z}$、有理数$\mathbb{Q}$、実数 $\mathbb{R}$、複素数 $\mathbb{C}$、四元数 $\mathbb{H}$ は、それぞれ $0$ を単位元として加法について群である。
- 有理数 $\mathbb{Q}$、実数 $\mathbb{R}$、複素数 $\mathbb{C}$、四元数 $\mathbb{H}$ からそれぞれ $0$ を除いた集合は、それぞれ $1$ を単位元として乗法について群である。
- 有限集合 $\{1, 2, \ldots, n\}$ の置換の全体 $S_n$ は、恒等置換を単位元とし、置換の合成について群である。(対称群)
- 有限集合 $\{1, 2, \ldots, n\}$ の偶置換の全体 $A_n$ は、恒等置換を単位元とし、置換の合成について群である。(交代群)
- $n$ 次実正則行列の全体 $\mathop{\mathrm{GL}_n}(\mathbb{R})$ は、単位行列を単位元とし、行列の乗法について群である。(一般線形群)
- 有限群の分類(位数1~100)
基本的な性質
群の定義からわかる基本的な性質には次のようものがある。 より正確な主張は群を参照されたい。
- 単位元の唯一性 群 $\langle G, \times, 1 \rangle$ について、単位元は一意である。
- 逆元の唯一性 群 $\langle G, \times, 1 \rangle$ について、$G$ の元 $a$ の逆元は一意である。
- 吸収元が存在するならば自明 群 $\langle G, \times, 1 \rangle$ が吸収元 $0$ を持つならば、$\langle G, \times, 1 \rangle$ は自明群である。
- 逆演算可能性 群 $\langle G, \times, 1 \rangle$ について、$G$ の任意の元
$a$、$b$ を考える。$a \times x = b$ を満たす $G$ の元 $x$ が存在し、一意である。
- 消去律 群 $\langle G, \times, 1 \rangle$ について、$G$ の任意の元 $a$、$b$、$x$ を考える。$a \times x = b \times x$ が成立するならば $a=b$ が成立する。
群の重要性
群は $\mathbb{Z}$ などと比較すると幾分抽象的な概念であり、 基本的な性質を見るだけだと群を考える理由が分かりにくい。 ここでは群の重要性のうち次の3点について述べる。
- 台集合が有限である群に関する重要な定理とその分類
- 群の作用
- Galois理論との関係
この項目は概略を説明するに留まり、多少インフォーマルな言説が含まれることを注意する。 詳細は群、有限群の分類、群の作用などを参照されたい。
群の位数
群の位数とは、インフォーマルには群の台集合の元の数のことである。 また群 $\langle G, \times, 1\rangle$ について、 台集合が有限集合であるとき群は有限位数であるといったり、有限群であるという。 無限集合であるときは無限位数であるといったり、無限群であるという。
部分群
群 $\langle G, \times, 1\rangle$ の部分群とは、インフォーマルには $G$ と同じ演算を制限することで再び群を為すような部分集合のことである。より正確には次の通り。
$\langle G, \times, 1\rangle$ を群とするとき、 $G$ の部分集合 $H$ が部分群であるとは、$H$ の任意の元 $a$、$b$ について積 $a\times b$ および逆元 $a^{-1}$ が $H$ の元であり、$1$ を持つことをいう。
有限群に関する重要な定理
有限群に関しては、次の顕著な定理が知られる。 これらの技術を用いると低い位数の有限群の構造を分類することができる。
- Fermatの定理の一般化 $\langle G, \times, 1\rangle$ を位数 $n$ の有限群とするとき、$G$ の任意の元 $a$ について $a$ の $n$ 個の積 $a\times\cdots\times a$ は $1$ である。
- Lagrangeの定理 $\langle G, \times, 1\rangle$ を有限群とし、$H$ をその部分群とする。このとき $G$ の位数は $H$ の位数で整除される。
- Sylowの定理 $\langle G, \times, 1\rangle$ を位数 $n$ の有限群とし、$p$ を素数とする。$p^m$ が $n$ を割り切る最大の整数を $m$ とすれば、$G$ は位数 $p^m$ の部分群をもつ。
群の作用と例
群の典型的な例として、構造をもつ集合のある種の自己同型変換全体の集合が挙げられる。そこで、群 $G$ の各元 $g$ が構造付き集合 $X$ のある種の自己同型変換 $T_g$ を定めていて、その対応が群の構造と整合的であるものを、群 $G$ の $X$ への作用と呼ぶ。群の作用の概念は、$X$ がいくつかの変換で不変であるという状況を定式化したものとなる。
Galois理論との関係
有限群は構造が調べやすいため、すべての部分群を決定することも可能である。 よって調べたい数学的対象から群を構成し、両者の部分構造との間に一対一対応が作ることができれば、調べたい対象に関する問題を群論に帰着させられ便利である。 Galois理論は(少なくとも体の部分体を決定するという文脈に於いては)このようなアイデアの代表的な例である。
様々な群のクラスと群論に関する記事
学部程度の群論に関する記事は次の通り。
- 群の他の定義、群準同型については群を参照。
- 正規部分群、群準同型定理については正規部分群を参照。
- 直積、半直積、非制限輪積、制限輪積については群の積を参照。
- 群の圏の性質については群の圏を参照。
- 群の作用については群の作用を参照。
- 群の表現については群の表現を参照。
既に紹介したものも含まれるが、重要な定理の証明やその応用については次の通り。
特殊な群のクラスについては次の通り。
- 有限群:台集合の濃度が有限な群のこと。有限群の分類(位数1~100)も参照されたい。
- 無限群:台集合の濃度が無限な群のこと。
- アーベル群:任意の元 $g$、$h$ について $gh=hg$ が成立する群のこと。可換群とも呼ばれる。
- 巡回群:一つの元で生成される群のこと。
- 捻れ群
- 可解群
- 完全群:交換子部分群が自身と一致する群のこと。
- Frobenius群
- 累アーベル群
- エクストラスペシャル群
- 自由群:初等的な定義は詳細のページを参照されたい。群の圏 $\mathsf{Grp}$ から集合の圏 $\mathsf{Set}$ への忘却函手の左随伴による像として得られる群のことといえる。
- 対称群:とある集合の置換全体の為す群と同型な群のこと。任意の有限群は有限対称群の部分として埋め込める(Cayleyの定理)。
- 交代群:偶置換の為す対称群の部分群と同型な群のこと。
- ブレイド群
アーベル群に関するクラスは次の通り。
- 可徐群:任意の元 $g$ と任意の整数 $n$ について $g=nh$ を満たす元 $h$ が存在するアーベル群のこと。可徐群は次の二つの群の直和に同型である(可徐群の構造定理)。
- 被約群:可除部分群が自明である群のこと。任意のアーベル群が可除群と被約群とに直和分解できることが重要である。可算な被約準素アーベル群はUlmの定理により完全不変量が知られている。
- 自由アーベル群:$\mathbb{Z}$ の直和と同型なアーベル群のこと。
- 射影アーベル群:自由群の部分群と同型なアーベル群のこと。
- 無捻群:すべての元の位数が無限である群のこと。有限生成アーベル群は捻れ群と無捻群とに直和分解できることは基本的である。一般にこの分解は成り立たない。
- 混合群:捻れ群でも無捻群でもない群のこと。アーベル群 $A$ は最大捻れ部分群 $\mathop{\mathsf{T}}(A)$ が存在し、$0\rightarrow\mathop{\mathsf{T}}(A)\rightarrow A \rightarrow A/\mathop{\mathsf{T}}(A)\rightarrow 0$ なる完全列が得られる。
- 分裂混合群:混合群であって最大捻れ部分群が直和因子であるもののこと。分裂混合群の内部構造に関しては捻れ群の理論と無捻群の理論とで尽きているため、いつ分裂的であるかが焦点になる。
- Whitehead群:${\mathop{\mathsf{Ext}}\nolimits}^1_{\mathbb{Z}}(A,\mathbb{Z})=0$ が成り立つような群 $A$ のこと。Whitehead群が自由アーベル群であるか否かは $\mathsf{ZFC}$ 上独立である。
アーベル群は元を $n$ 回足すという作用が自然に定まっているため $\mathbb{Z}$-加群と見做せ、 それ故にアーベル群に関する概念の多くはただちに一般の環上の加群に定義される。 それのみならず、アーベル群論の結果の一部は単項イデアル整域上の加群論の結果に一般化される。
他の構造が加わった群
- 収束群:収束構造が追加され、積と逆元を取る操作が収束空間の射であるもののこと。
- 位相群:位相構造が追加され、積と逆元を取る操作が連続であるもののこと。
- Lie群:可微分構造が追加され、積と逆元を取る操作が滑らかであるもののこと。
- 代数群:代数多様体の構造が追加され、積と逆元を取る操作が正則であるもののこと。
- 測度群
群論に関する事項
群論に関する事項を参照されたい。
- ↑ ここで三つ組 $\langle G, \times, 1\rangle$ が群であるときの集合 $G$ を群 $\langle G, \times, 1\rangle$ の台集合という。より一般に、群に限らず集合とその上の二項演算などの構造とを併せた数学的対象 $X$ について考えているときに、組ではなく集合を指して $X$ の台集合と呼ぶことがある。