演算と代数構造
演算と代数構造
演算とは
高校までの数学で我々はたくさんの「演算」を考えてきた。たとえば数の集合における四則演算($1+1$ 、 $2-3$ 、 $2 \times 3$ 、 $3 \div 5$)やベクトルの内積($\overrightarrow{a} \cdot \overrightarrow{b} $)、他にもベクトルの定数倍($k \overrightarrow{a}$)等もあった。ここではこのような演算を、集合と写像を用いて定式化する。その前にもう少し上記の例を考察する。
- 四則演算はふたつの数から新しい数を得る演算であったが、引き算と割り算は演算結果が初めに与えられた数の集合からはみ出る場合がある。~
たとえば $2$ と $3$ はともに自然数であるとすると、それらを掛けた $2 \times 3 =6$ も自然数である。このような状況を「演算で閉じている」という。
- 一方、引き算を考えると $2-3=-1$ はもはや自然数ではなく整数の元となっている。ただし、初めから整数がふたつ与えられていたと思うと、計算結果も整数なので引き算を考えても演算は閉じている。このように、初めに考えている集合が何かによって状況が変わってくる。
- 割り算も同様で自然数どうしの割り算は一般には有理数の元となっていが、有理数同士の割り算と思うと割り算は($0$ で割ることを除いて)有理数で閉じている。
- 上でも触れたが、割り算は任意の数同士で割り算ができるわけではなく $0$ で割ることは定義されていない。もちろん $0$ を $0$ 以外の数で割ることはできる。
演算の定義と例
- $n+1$ 個の集合 $S_1$、$S_2$、$\cdots$、$S_n$ および $S$ と写像 $f:S_1 \times S_2 \times \cdots S_n \longrightarrow S$ が与えられたとき、$f$ を演算という。
- 集合 $S$ と $S$ に値を持つ有限個の演算 $\{ f_k \} _k$ および $S$ の有限個の元 $\{ e_n \} _n$ の組 $(S, \{ f_k \} _k, \{ e_n \} _n)$ を代数系といい、集合 $S$ を台集合という。
しかし、たいていの場合はここまで一般的な状況はあまりなく、$n=1$ か $n=2$ の場合が多く、$S_i$ も $S$ に一致しているパターンが多い。また、演算という用語は代数的な議論をする文脈で使われる。
- $n=1$ のとき、演算 $f:S_1 \longrightarrow S$ は特に単項演算と呼ばれる。例えば以下のようなものがある。
- 負の数を与える演算 $f:\mathbb{R} \ni x \longmapsto -x \in \mathbb{R}$ は単項演算である。
- 逆数を与える演算 $f:\mathbb{R} \setminus \{ 0 \} \ni x \longmapsto x^{-1} \in \mathbb{R}$ は単項演算である。
単項演算は写像の形ではなく$-x$ や $x^{-1}$ など「単項演算子」が使われることが多い。
- $n=2$ のとき、演算 $f:S_1 \times S_2 \longrightarrow S$ は特に $2$ 項演算と呼ばれる。例えば以下のようなものがある。また、$2$ 項演算は写像の形ではなく、$2$ 項演算子をふたつの引数で挟む形が多い。
- 数の四則演算は $2$ 項演算である。
- (加法) $+:\mathbb{R} \times \mathbb{R} \ni (a,b) \longmapsto a+b \in \mathbb{R}$
- (減法) $-:\mathbb{R} \times \mathbb{R} \ni (a,b) \longmapsto a-b \in \mathbb{R}$
- (乗法) $\times:\mathbb{R} \times \mathbb{R} \ni (a,b) \longmapsto a \times b \in \mathbb{R}$
- (除法) $/:\mathbb{R} \times ( \mathbb{R} \setminus \{ 0 \} ) \ni (a,b) \longmapsto a/b \in \mathbb{R}$
- 上記の例では、定義域は「終域で使われた集合の直積(またはその部分集合)など」であったが、ベクトルの内積や定数倍(スカラー倍ともいう)のように定義域や終域が「変則的」なこともある。
- (内積) $\langle \cdot , \cdot \rangle:\mathbb{R}^{2} \times \mathbb{R}^{2} \ni ( ( a_1 , a_2 ) , ( b_1 , b_2 ) ) \longmapsto \langle ( a_1 , a_2 ) , ( b_1 , b_2 ) \rangle := a_1 b_1 + a_2 b_2 \in \mathbb{R}$
- (定数倍) $\mathbb{R} \times \mathbb{R}^{2} \ni ( k , ( a_1 , a_2 ) ) \longmapsto (k a_1 , k a_2 ) \in \mathbb{R}^{2}$
定数倍のように演算を表すのに特別な記号を用いない場合もある。また、$X$ を集合として $S \times X \longrightarrow X $ の形の演算はよく使われて、追加的な条件を課すことによって作用と呼ばれることがある。以下の、「よく使われる構造」の「結合律」を参照のこと。
代数系を考える理由
なぜこのように、高校までの数学ですでになじみのある概念をわざわざ小難しく言い直すのであろうか。(代数系に限った話ではないが)それは「仮定と結論をパッケージ化するため」である。~ 例えば整数全体 $\mathbb{Z}$ と実数係数の一変数多項式全体($\mathbb{R}[x]$ と書く。$x^2 +1$ や $x^5 +3.02x -\pi$ などは $\mathbb{R}[x]$ の元である)はある意味で非常によく似た性質を持っている。雑な表現だが $\mathbb{Z}$ と $\mathbb{R}[x]$ はともに「商と余りを出す割り算ができる」という性質を持つ。実はこのために「ユークリッドの互除法」が使え、「最大公約数(あるいは最大公約式)」の存在が言える。しかも証明は両方とも同じ論理展開でなされる。~ このように同じような性質から同じような結果を得るための、ほぼパラレルに進行する証明を何度も行う手間を省くため、あらかじめ「数学でよく出てくるいくつかの性質」を公理という形でまとめて議論の出発点とし、そこからわかることを一般論として調べておく。すると未知の対象を考えるときに出発点となる性質が成り立つことをを確認すれば自動的に一般論で得た結論を「考えている未知の対象」でも得ることができるのである。~ 代数系では、基本的で重要なパッケージとして群、環、加群、体などがある。
よく使われる構造
演算を定義するだけでは多くの結果は得られないので、(慣れ親しんだ数の演算を念頭に置いて)いくつかの条件を付加することが多い。次のような条件がよく使われる。以下、集合 $S$ といくつかの $2$ 項演算 「$\circ:S \times S \longrightarrow S$」、 「$\times:S \times S \longrightarrow S$」、 「$+:S \times S \longrightarrow S$」 を考える。
- (結合律、結合法則) 任意の $a,b,c \in S$ に対して、 $(a \circ b ) \circ c =a \circ (b \circ c) $~
- 結合律が成り立つと、かっこの付け方によらないので、かっこを省略して $a \circ b \circ c$ と書いてよい(ただし、一般的に $a \circ b \ne b \circ a$ なので元の順番を変えてはいけない)。元の数が $4$ 個以上でも(数学的帰納法を使って)かっこの順番に依存しないのでかっこを省略できる。
- 演算 $\circ:S \times S \longrightarrow S$ が結合律をみたすとする。さらに $X$ を集合とし、$\circ:S \times X \longrightarrow X$ (ふたつの $\circ$ は異なる演算であるが、混乱の恐れはないので記号を乱用している)が結合律をみたすとき、つまり「任意の $a,b \in S$ と 任意の $x \in X$ に対して、$(a \circ b )\circ x = a \circ (b \circ x)$」をみたすとき演算「 $\circ:S \times X \longrightarrow X$ 」を「$S$ から $X$ への左作用」という。演算 $\circ:X \times S \longrightarrow X$ に対しても同様に結合律をみたすときこれを「$S$ から $X$ への右作用」という。左作用だけを考えてこれを単に作用ということも多く、式を見ればどちらから作用しているかわかるので混乱の恐れはない。通常、代数系を考えるとき $S$ には結合律だけでなくさらに条件を要請することが多いので、作用も結合律だけでなく条件を追加したものを作用ということが多い。例えば群の作用など。
- (交換律、交換法則) 任意の $a,b \in S$ に対して、 $a \circ b =b \circ a $~
交換律が成り立つとき、この演算 $\circ$ は可換であるという。また、$2$ 項演算子 $+$ は可換であるというニュアンスを持つことがあり、しばしば可換な演算に演算子 $+$ が使われる。
次のように、集合 $S$ の特別な元に対する条件もある。
- (単位元の存在) ある $e \in S$ が存在して、次をみたす。「任意の $a \in S$ に対して、$a \circ e = e \circ a = a$ が成り立つ」~
このような $e$ を 代数系 $(S,\circ)$ の単位元という。~ 例えば実数 $\mathbb{R}$ において、任意の $a \in \mathbb{R}$ に対して、$a +0 =0+a=a$ および $a \times 1 = 1 \times a =a$ が成り立つ。したがって、 $0$ は $(\mathbb{R} , +)$ の単位元であり、$1$ は$(\mathbb{R} , \times)$ の単位元である。
- (逆元の存在) 単位元を持つ代数系 $(S,\circ,e)$ に対して次が成り立つ。「任意の $a \in S $ に対して、ある $a^{-1} \in S$ が存在して、$a \circ a^{-1} = a^{-1} \circ a = e$ が成り立つ」~
$a \in S$ が逆元を持つとき $a$ を可逆元あるいは単元などという。また、演算子 $+$ を使った代数系 $(S,+,e)$ における逆元はしばしば負元と呼ばれ $-a$ と書く。
また、演算がふたつ与えられたとき、ふたつの演算を結ぶ関係として次もよく使われる。
- (分配律、分配法則) 代数系 $(S, + , \times)$ に対して次が成り立つ。「任意の $a,b,c \in S$ に対して、$a \times (b +c) =a \times b + a \times c$ が成り立つ」~
これは標語的に「足してからかけるのと、かけてから足すのは同じ」と言える。
集合論の初歩
論理と命題 / 集合の基本的な用語、集合の演算 / 全称記号と存在記号 / 写像、像、逆像、写像のグラフ / 写像の合成、写像の拡大と制限 / 選択公理について / 単射、全射、全単射、逆写像 / 部分集合族、べき集合 / ( 演算と代数構造 ) / ( 関係、同値関係、商集合 ) / ( 初歩的な順序集合 ) / ( Zornの補題 ) / ( 集合の濃度 )
参考文献
- 松本眞「代数系への入門」:http://www.math.sci.hiroshima-u.ac.jp/~m-mat/TEACH/daisu-nyumon2014.pdf(広島大学の松本先生のPDF。参照した日付 2020/09/20)
- 森田康夫「代数概論」:https://amzn.to/32a2Aee