絶対近傍レトラクト
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絶対近傍レトラクト
絶対近傍レトラクト(ぜったいきんぼうレトラクト、absolute neighborhood retract, ANR)とは、位相幾何学において用いられる、ホモトピー論での扱いに適した、局所的に良い振舞いをする位相空間のクラスであり、位相多様体や局所有限な CW 複体などの多くの幾何学的対象を含む。
定義
距離化可能空間 $X$ が絶対近傍レトラクト(以下、ANR と呼ぶ)であるとは、$X$ を閉部分空間にもつような任意の距離化可能空間 $Y$ に対して、$X$ の $Y$ における近傍 $U$ が存在して $X$ が $U$ のレトラクトになることをいう。さらに、上の定義において常に $U$ として $Y$ が取れるとき、$X$ は絶対レトラクト (absolute retract, AR) であるという。
なお一般に、位相空間 $X$ の部分集合 $A$ が $A$ のある近傍のレトラクトであるとき、$A$ は $X$ の近傍レトラクトであるという。この用語を用いれば、ANR とは距離化可能空間であって、それを閉部分空間にもつ任意の距離化可能空間の近傍レトラクトになるものである。
例
次に見るように、幾何学で取り扱われる空間のうちかなり多くのものが ANR となっている。
- Euclid空間 $\mathbb{R}^n$ は AR であり、$\mathbb{R}^n$ の開集合は ANR である。この事実は、本質的にTietzeの拡張定理の帰結である。
- Hilbert立方体 $[0,1]^\mathbb{N}$ は AR である。また、任意のBanach空間も AR である。
- 一般に、局所凸な実位相線型空間 $E$ に対して、$E$ の空でない凸集合は AR であり、$E$ の開集合は ANR である。この事実は、本質的にDugundjiの拡張定理の帰結である。
- (パラコンパクトな)位相多様体は ANR である。
- 局所有限なCW複体は ANR である。
性質
- 位相空間 $X$ が AR であることは、$X$ が可縮な ANR であることと同値である。
- ANR の開集合は ANR である。
- ANR の有限個の直積は ANR である。AR の可算個の直積は AR である。
- AR のレトラクトは AR である。ANR の近傍レトラクトは ANR である。
- 距離化可能空間 $X$ がその閉部分集合 $X_1, X_2$によって $X=X_1\cup X_2$ と表され、$X_1$, $X_2$, $X_1\cap X_2$ がいずれも ANR(あるいは AR)であるならば、$X$ も ANR(あるいは AR)である。
- 次の意味で ANR であるという性質は局所的である。パラコンパクト Hausdorff 空間 $X$ が、ANR による開被覆をもつならば、$X$ は ANR である。
- $X$ がコンパクト距離空間、$Y$ が ANR(あるいは AR)であるとき、$X$ から $Y$ への連続写像全体 $Y^X$ はコンパクト開位相に関して ANR(あるいは AR)である。
- $X$ が ANR であるとき、$X$ の閉集合 $A$ が $X$ の変形レトラクトになることと強変形レトラクトになることは同値である。
- 任意の ANR はある CW 複体とホモトピー同値である。逆に、任意の CW 複体はある ANR とホモトピー同値である。
参考文献
- Karol Borsuk「Theory of Retracts」
- Katsuro Sakai「Geometric Aspects of General Topology」およびその[無料電子版
- 児玉之宏「位相幾何学」
- Sze-Tsen Hu「Theory of Retracts」