ベクトル解析5:多様体の向き

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この章では多様体の向きと、向き付けられた超曲面上の単位法線ベクトル場、向き付けられた多様体内の滑らかな境界を持つ開集合の境界上の外向き単位法線ベクトル場について述べる。

ベクトル解析

19. 多様体の向きと体積要素

定義19.1(互いに同じ向きの局所座標)

$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体とする。$M$ の局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ と $(V,y_1,\ldots,y_n)$ が互いに同じ向きであるとは、$U\cap V\neq \emptyset$ であり、 $$ {\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}>0\quad(\forall p\in U\cap V) $$ が成り立つことを言う。

定義19.2(互いに同じ向きの局所座標からなるアトラス、向き付け可能性)

$M$ をEuclid空間内の多様体とする。$M$ のアトラス(定義2.1)が互いに同じ向きの局所座標からなるアトラスであるとは、そのアトラスに属するどの $2$ つの局所座標もそれらが交わる限り互いに同じ向きであることを言う。 $M$ が向き付け可能であるとは、互いに同じ向きの局所座標からなるアトラスが取れることを言う。

定義19.3(多様体の向き、向き付けられた多様体の正の向きの局所座標)

$M$ をEuclid空間内の向き付け可能な多様体とし、$\mathcal{A}_1$ と $\mathcal{A}_2$ がそれぞれ互いに同じ向きの局所座標からなる $M$ のアトラスとする。$\mathcal{A}_1\cup \mathcal{A}_2$ が互いに同じ向きの局所座標からなるアトラスであるとき、$\mathcal{A}_1\sim \mathcal{A}_2$ と表すこととする。$U\cap V\cap W\neq \emptyset$ なる 任意の $M$ の局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$, $(V,y_1,\ldots,y_n)$, $(W,z_1,\ldots,z_n)$ に対し、 $$ \left(\frac{\partial z_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}=\left(\sum_{k=1}^{n}\frac{\partial z_i}{\partial y_k}(p)\frac{\partial y_k}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}\quad(\forall p\in U\cap V\cap W) $$ であるから、 $$ {\rm det}\left(\frac{\partial z_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}= {\rm det}\left(\frac{\partial z_i}{\partial y_j}(p)\right)_{i,j}{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j} $$ である。よって $\sim$ は互いに同じ向きの局所座標からなるアトラス全体における同値関係である。この同値関係による同値類のそれぞれを $M$ の向きと言う。 そして $M$ の向きが $1$ つ指定されているとき $M$ は向き付けられていると言う。$M$ が向き付けられているとき、$M$ の向きに属するアトラス全ての合併は $M$ の向きに属する最大のアトラスである。このアトラスに属する局所座標を $M$ の正の向きの局所座標と言う。

定義19.4(向き付けられた多様体の開集合の向き)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた多様体とし、$D\subset M$ を空でない開集合とする。$D$ の局所座標は定義域が $D$ に含まれる $M$ の局所座標である。よって $D$ には、その正の向きの局所座標が $M$ の正の向きの局所座標となるような自然な向きが定まる(定義域が $D$ に含まれるような $M$ の正の向きの局所座標全体からなる $D$ のアトラスを考え、その同値類を $D$ の向きと定めればよい)。以後、特に断らない限り向き付けられた多様体の開集合はこうして向き付けられているものとする。

定義19.5(Euclid空間の向き)

Euclid空間 $\mathbb{R}^N$ の向きを標準座標 $(x_1,\ldots,x_N)$ が正の向きとなるように定義する。

注意19.6

定義13.6で述べた正の向きの直交座標はEuclid空間の正の向きの局所座標である。

命題19.7(向き付けられた多様体の体積要素の一意存在)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた $n$ 次元多様体とする。このとき $M$ の $n$ 階微分形式 $\Omega_M$ で $M$ の任意の正の向きの局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ に対し、 $$ \Omega_{M,p}=\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)} dx_{1,p}\wedge\ldots\wedge dx_{n,p}\quad(\forall p\in U) $$ を満たすものが唯一つ存在する。ただし $G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)$ は $(U,x_1,\ldots,x_n)$ に対する計量行列の行列式(定義12.2)である。

Proof.

$U\cap V\neq\emptyset$ を満たす $M$ の任意の正の向きの局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$, $(V,y_1,\ldots,y_n)$ と任意の $p\in U\cap V$ に対し、 $$ \sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)} dx_{1,p}\wedge\ldots\wedge dx_{n,p} =\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)} dy_{1,p}\wedge \ldots \wedge dy_{n,p} $$ が成り立つことを示せばよい。$(U,x_1,\ldots,x_n)$, $(V,y_1,\ldots,y_n)$ が互いに同じ向きであることと命題12.3より、 $$ \begin{aligned} \sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)}&=\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}\left\lvert{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}\right\rvert\\ &=\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j} \end{aligned} $$ である。また、 $$ dy_{i,p}=\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)dx_{j,p} $$ であることと外積の反対称性より、 $$ dy_{1,p}\wedge \ldots\wedge dy_{n,p}={\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}dx_{1,p}\wedge \ldots\wedge dx_{n,p} $$ である。よって、 $$ \begin{aligned} \sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)}dx_{1,p}\wedge\ldots\wedge dx_{n,p} &=\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}dx_{1,p}\wedge\ldots\wedge dx_{n,p}\\ &=\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}dy_{1,p}\wedge\ldots\wedge dy_{n,p} \end{aligned} $$ である。

定義19.8(向き付けられた多様体の体積要素)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた$n$次元多様体とする。命題19.7における $M$ の$n$ 階 微分形式 $\Omega_M$ を $M$ の体積要素と呼ぶ。

$U\ni p\mapsto \sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)}\in(0,\infty)$ は $C^\infty$ 級であるから体積要素 $\Omega_M$ は $C^\infty$級である。

命題19.9(正の向きの局所座標であるための条件)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた $n$ 次元多様体とし、$\Omega_M$ をその体積要素とする。このとき $M$ の局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ に対し次は互いに同値である。

  • $(1)$ $(U,x_1,\ldots,x_n)$ は $M$ の正の向きの局所座標である。
  • $(2)$ 任意の $p\in U$ に対し $\Omega_{M,p}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right)>0$.
Proof.

$(1)\Rightarrow(2)$ を示す。$(1)$ が成り立つならば、 $$ \Omega_{M,p}=\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)}dx_{1,p}\wedge \ldots\wedge dx_{n,p}\quad(\forall p\in U) $$ であるから、 $$ \Omega_{M,p}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right)=\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_n)}(p)}>0\quad(\forall p\in U) $$ である。よって $(2)$ が成り立つ。
$(2)\Rightarrow(1)$ を示す。$(2)$ が成り立つとする。$U\cap V\neq\emptyset$ なる $M$ の任意の正の向きの局所座標 $(V,y_1,\ldots,y_n)$ を取る。任意の $p\in U\cap V$ に対し、 $$ dy_{i,p}=\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)dx_{j,p} $$ であることと外積の反対称性より、 $$ \begin{aligned} \Omega_{M,p}&=\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}dy_{1,p}\wedge\ldots\wedge dy_{n,p}\\ &=\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}dx_{1,p}\wedge\ldots\wedge dx_{n,p} \end{aligned} $$ であるから、 $$ 0<\Omega_{M,p}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right) =\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_n)}(p)}{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j} $$ である。よって、 $$ {\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j}\quad(\forall p\in U\cap V) $$ である。ゆえに $(U,x_1,\ldots,x_n)$ は $M$ の任意の正の向きの局所座標と(交わる限り)同じ向きであるから正の向きの局所座標である。

20. 向き付けられた超曲面上の正の向きの単位法線ベクトル場

命題20.1(向き付けられた超曲面上の単位法線ベクトル場の存在)

$M$をEuclid空間 $\mathbb{R}^N$ 内の向き付けられた超曲面(向き付けられた $N-1$ 次元多様体)とする。このときベクトル場 $\nu\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ で $M$ の任意の正の向きの局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_{N-1})$ に対し、 $$ \nu(p)=\frac{1}{\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p\times\ldots\times \frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right)\quad(\forall p\in U) $$ を満たすものが唯一つ存在する(右辺はベクトル積(定義11.1)である)。そしてこの $\nu\colon M\rightarrow\mathbb{R}^N$ は $C^\infty$ 級であり、 $$ \nu(p)\in (T_p(M))^{\perp},\quad\lvert\nu(p)\rvert=1\quad(\forall p\in M) $$ を満たす。

Proof.

条件を満たす $\nu\colon M\rightarrow\mathbb{R}^N$ が一意存在することを示すためには $U\cap V\neq\emptyset$ なる $M$ の任意の正の向きの局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_{N-1})$, $(V,y_1,\ldots,y_{N-1})$ と任意の $p\in U\cap V$ を取り、 $$ \frac{1}{\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p\times\ldots\times \frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right) =\frac{1}{\sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial y_1}p\times\ldots\times \frac{\partial}{\partial y_{N-1}}p\right)\quad\quad(*) $$ が成り立つことを示せばよい。$(U,x_1,\ldots,x_{N-1})$, $(V,y_1,\ldots,y_{N-1})$ が互いに同じ向きであることと命題12.3より、 $$ \sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}={\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j} \sqrt{G_{(V,y_1,\ldots,y_{N-1})}(p)} $$ である。また、 $$ \frac{\partial }{\partial x_j}p=\sum_{i=1}^{N-1}\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\frac{\partial}{\partial y_i}p $$ であることとベクトル積の反対称性より, $$ \left(\frac{\partial}{\partial x_1}p\times\ldots\times \frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right) ={\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j} \left(\frac{\partial}{\partial y_1}p\times\ldots\times \frac{\partial}{\partial y_{N-1}}p\right) $$ である。よって $(*)$ が成り立つ。 $\nu(p)\in (T_p(M))^{\perp}$ であることは命題11.2の $(3)$ による。$\lvert \nu(p)\rvert=1$ であることについては定義12.2を参照。 $\nu:M\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $C^\infty$ 級であることは $U\ni p\mapsto \frac{\partial }{\partial x_j}p\in \mathbb{R}^N$ や $U\ni p\mapsto G_{U,x_1,\ldots,x_{N-1}}(p)\in (0,\infty)$ が $C^\infty$ 級であることによる。

定義20.2(向き付けられた超曲面上の正の向きの単位法線ベクトル場)

$M$ をEuclid空間 $\mathbb{R}^N$ 内の向き付けられた超曲面とする。このとき命題20.1よりベクトル場 $\nu\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ で $M$ の任意の正の向きの局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_{N-1})$ に対し、 $$ \nu_M(p)=\frac{(-1)^{N-1}}{\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p\times\ldots\times \frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right)\quad(\forall p\in U) $$ を満たすものが一意的に定まる。そしてこの $\nu_M\colon M\rightarrow\mathbb{R}^N$ は $C^\infty$ 級であり、 $$ \nu_M(p)\in (T_p(M))^{\perp},\quad\lvert\nu_M(p)\rvert=1\quad(\forall p\in M) $$ を満たす。$\nu:M\rightarrow \mathbb{R}^N$ を向き付けられた超曲面 $M$ 上の正の向きの単位法線ベクトル場と呼ぶ。

21. 多様体内の滑らかな境界を持つ開集合

定義21.1(直方体局所座標)

$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体とする。$M$ の局所座標 $(U,\varphi)$ が直方体局所座標であるとは $\mathbb{R}^n$ の開集合 $\varphi(U)$ が $n$個の有界開区間の直積であることを言う。

注意21.2(直方体局所座標と向き)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた $n$ 次元多様体とし、$(U,\varphi,x_1,\ldots,x_n)$ を $M$ の任意の直方体局所座標とする。このとき $(U,x_1,\ldots,x_n)$ か $(U,-x_1,x_2,\ldots,x_n)$ のいずれか一方は $M$ の正の向きの局所座標である。実際、直方体 $\varphi(U)$ の連結性ゆえ $U$ は連結であるから、$M$ の体積要素 $\Omega_M$ に対し連続関数 $$ U\ni p\mapsto \Omega_{M,p}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right)\in \mathbb{R}\backslash \{0\}\quad\quad(*) $$ は常に正か常に負である。もし $(*)$ が常に正ならば命題19.9より $(U,x_1,\ldots,x_n)$ は正の向きであり、$(*)$ が常に負ならば、 $$ \Omega_{M,p}\left(\frac{\partial}{\partial (-x_1)}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right) =-\Omega_{M,p}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right)>0 $$ であるから $(U,-x_1,x_2\ldots,x_n)$ は正の向きである。


定義21.3(多様体内の滑らかな境界を持つ開集合)

$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体とする。開集合 $D\subset M$ が滑らかな境界を持つとは、任意の $p\in \partial D=\overline{D}\backslash D$ に対し $p$ の周りの $M$ の直方体局所座標 $(U,\varphi)$ で、 $$ \begin{aligned} &\varphi(U\cap \partial D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{n-1}\times \{0\}),\\ &\varphi(U\cap D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{n-1}\times (0,\infty))\quad\quad(*) \end{aligned} $$ を満たすものが取れることを言う。このとき命題2.5より $\partial D$ は $M$ の $n-1$ 次元部分多様体である。

補題21.4

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた $n$ 次元多様体とし、$D\subset M$ を滑らかな境界を持つ開集合とする。このとき任意の $p\in \partial D$ に対し $p$ の周りの $M$ の正の向きの直方体局所座標 $(U,\varphi)$ で定義21.3の $(*)$ を満たすものが取れる。

Proof.

定義21.3より任意の $p\in \partial D$ に対し $p$ の周りの $M$ の直方体局所座標 $(U,\varphi,x_1,\ldots,x_n)$ で定義21.3の $(*)$ を満たすものが取れる。$(U,x_1,\ldots,x_n)$ が $M$ の正の向きの局所座標ではないとすると、注意21.2より $(U,-x_1,x_2\ldots,x_n)$ は正の向きの直方体局所座標である。そしてこれは定義21.3の $(*)$ を満たす。

命題21.5(滑らかな境界の向き付け可能性)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた $n$ 次元多様体とし、$D\subset M$ を滑らかな境界を持つ開集合とする。そして $M$ の正の向きの直方体局所座標 $(U,\varphi,x_1,\ldots,x_n)$ で、 $$ \varphi(U\cap \partial D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{n-1}\times \{0\}),\quad \varphi(U\cap D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{n-1}\times (0,\infty))\quad\quad(*) $$ を満たすもの全体を $\mathcal{A}$ とおく。このとき、 $$ \{(U\cap \partial D, x_1,\ldots,x_{n-1}): (U,x_1,\ldots,x_n)\in \mathcal{A}\}\quad\quad(**) $$ は $n-1$ 次元部分多様体 $\partial D\subset M$ の互いに同じ向きの局所座標からなるアトラスである。

Proof.

$(**)$ が $\partial D$ のアトラスであることは補題21.4による。$(**)$ が互いに同じ向きの局所座標からなることを示す。任意の $(U,x_1,\ldots,x_n), (V,y_1,\ldots,y_n)\in \mathcal{A}$ と任意の $p\in U\cap V\cap\partial D$ を取る。$(*)$ より、 $$ \frac{\partial y_n}{\partial x_j}(p)=0\quad(j=1,\ldots,n-1),\quad \frac{\partial y_n}{\partial x_n}(p)>0 $$ であるから、 $$ {\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j=1,\ldots,n-1}=\left(\frac{\partial y_n}{\partial x_n}(p)\right)^{-1}{\rm det}\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\right)_{i,j=1,\ldots,n}>0 $$ である。よって $(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{n-1})$, $(V\cap\partial D,y_1,\ldots,y_{n-1})$ は互いに同じ向きであるので $(**)$ は $\partial D$ の互いに同じ向きの局所座標からなるアトラスである。

定義21.6(滑らかな境界の向き)

$M$ をEuclid空間内の向き付けられた $n$ 次元多様体とし、$D\subset M$ を滑らかな境界を持つ開集合とする。このとき命題21.5より $n-1$ 次元部分多様体 $\partial D\subset M$ は向き付け可能であり、命題21.5における $\mathcal{A}$ に対し、 $$ \{(U\cap \partial D, (-1)^{n}x_1,\ldots,x_{n-1}): (U,x_1,\ldots,x_n)\in \mathcal{A}\} $$ の要素が $\partial D$ の正の向きの局所座標となるような $\partial D$ の向きが定義できる。この $\partial D$ の向きを $M$ の向きに整合する $\partial D$ の向きと言う。

22. 外向き単位法線ベクトル場

定義22.1(外向き単位法線ベクトル場)

$D\subset \mathbb{R}^N$ を滑らかな境界を持つ開集合(定義21.3)とする。そして $\partial D$ に $\mathbb{R}^N$ の向き(定義19.5)に整合する向き(定義21.6)を入れる。このとき超曲面 $\partial D$ の正の向きの単位法線ベクトル場(定義20.2) $\nu\colon\partial D\rightarrow \mathbb{R}^N$ を $D$ の境界 $\partial D$ 上の外向き単位法線ベクトル場と言う。この名称の妥当性は次による。任意の $p\in \partial D$ に対し $p$ の周りの $\mathbb{R}^N$ の正の向きの直方体局所座標 $(U,\varphi,x_1,\ldots,x_N)$ で、 $$ \varphi(U\cap \partial D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{N-1}\times\{0\}),\quad \varphi(U\cap D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{N-1}\times(0,\infty))\quad\quad(*) $$ を満たすものが取れる。定義21.6より $(U\cap\partial D,(-1)^Nx_1,x_2,\ldots,x_{N-1})$ は $\partial D$ の正の向きの局所座標であるから、正の向きの単位法線ベクトル場の定義(定義20.2)より、 $$ \begin{aligned} \nu(p)&=\frac{(-1)^{N-1}}{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,(-1)^Nx_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial(-1)^{N}x_1}p\times\ldots\times\frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right)\\ &=\frac{-1}{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p\times\ldots\times\frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right) \end{aligned} $$ である。$(*)$ より $\frac{\partial}{\partial x_N}p\in\mathbb{R}^N$ は $p\in \partial D$ から $D$の内側を向いており、ベクトル積の性質(命題11.2)より、 $$ \nu(p)\cdot\frac{\partial}{\partial x_N}p=\frac{-1}{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}{\rm det}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_N}p\right)<0 $$ である[1]。 よって $\nu(p)$ は $p\in \partial D$ から $D$ の外側を向いている。

命題22.2(外向き単位法線ベクトル場と勾配)

$f\colon\mathbb{R}^N\rightarrow \mathbb{R}$ を $C^\infty$ 級関数とする。$\mathbb{R}^N$ の開集合 $D=\{p\in \mathbb{R}^N:f(p)>0\}$ に対し、 $$ \partial D=\{p\in \mathbb{R}^N:f(p)=0\},\quad df_p\neq0\quad(\forall p\in\partial D)\quad\quad(*) $$ が成り立つと仮定する。このとき $D$ は滑らかな境界を持つ開集合であり、$\partial D$ 上の外向き単位法線ベクトル場(定義22.1)$\nu\colon \partial D\rightarrow \mathbb{R}^N$ に対し、 $$ {\rm grad}_p(f)=-\lvert {\rm grad}_p(f)\rvert \nu(p)\quad(\forall p\in\partial D) $$ が成り立つ。

Proof.

$(*)$ と定理8.2より任意の $p_0\in\partial D$ に対し $p_0$ の周りの $\mathbb{R}^N$ の局所座標 $(U,\varphi;x_1,\ldots,x_N)$ で、 $$ x_N(p)=f(p)\quad(\forall p\in U)\quad\quad(**) $$ なるものが取れる。必要ならば $p_0$ の開近傍 $U$ を小さく取り直し $(U,\varphi)$ は $\mathbb{R}^N$ の直方体局所座標であるとしてよい。$(**)$ より、 $$ \begin{aligned} &\varphi(U\cap D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{N-1}\times(0,\infty)),\\ &\varphi(U\cap\partial D)=\varphi(U)\cap (\mathbb{R}^{N-1}\times\{0\}) \end{aligned} $$ である。$p_0\in\partial D$ は任意であるから $D$ は滑らかな境界を持つ開集合である。上述した $p_0\in\partial D$ の周りの局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_N)$ について必要ならば $x_1$ を $-x_1$ に置き換えることにより $(U,x_1,\ldots,x_N)$ は $\mathbb{R}^N$ の正の向きの直方体局所座標であるとする。$(U,x_1,\ldots,x_N)$ に対する計量行列(定義12.2) $$ \left(\frac{\partial }{\partial x_i}p\cdot\frac{\partial }{\partial x_j}p\right)_{i,j}\in\mathbb{M}_{N\times N}(\mathbb{R})\quad(\forall p\in U)\quad\quad(***) $$ の逆行列を $(g^{i,j}(p))_{i,j}$ $(\forall p\in U)$ とおくと命題12.5より、 $$ {\rm grad}_p(f)=\sum_{i,j=1}^{N}g^{i,j}(p)\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)\frac{\partial}{\partial x_i}p\quad(\forall p\in U) $$ である。ここで $(**)$ より任意の $p\in U$ に対し、 $$ \frac{\partial f}{\partial x_j}(p)=0\quad(j=1,\ldots,N-1),\quad \frac{\partial f}{\partial x_N}(p)=1 $$ であるから、 $$ {\rm grad}_p(f)=\sum_{i=1}^{N}g^{i,N}(p)\frac{\partial}{\partial x_i}p\quad(\forall p\in U)\quad\quad(****) $$ である。また $(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})$ は $\partial D$ の局所座標であるから、 $$ T_p(\partial D)=\text{span}\left\{\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right\}\quad(\forall p\in U\cap\partial D) $$ であり、勾配の定義(定義12.4)と $(****)$ より、 $$ {\rm grad}_p(f)\cdot\frac{\partial}{\partial x_j}p=\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)=0\quad(\forall p\in U,j=1,\ldots,N-1) $$ であるから、 $$ {\rm grad}_p(f)\in (T_p(\partial D))^{\perp}=\text{span}\{\nu(p)\}\quad(\forall p\in U\cap\partial D)\quad\quad(*****) $$ である。外向き単位法線ベクトル場の定義(定義22.1)より、 $$ \nu(p)=\frac{-1}{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p\times\ldots\times\frac{\partial}{\partial x_{N-1}}p\right)\quad(\forall p\in U\cap\partial D) $$ であるから、任意の $p\in U\cap\partial D$ に対し $(****)$ とベクトル積の性質(命題11.2)より、 $$ {\rm grad}_p(f)\cdot\nu(p)=-\frac{g^{N,N}(p)}{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}{\rm det}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_N}p\right) $$ となる。ここで計量行列 $(***)$ の逆行列 $(g^{i,j}(p))_{i,j}$ の $(N,N)$ 成分 $g^{N,N}(p)$ を余因子展開で表すと、 $$ G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)={\rm det}\left(\frac{\partial}{\partial x_i}p\cdot\frac{\partial}{\partial x_j}p\right)_{i,j=1,\ldots,N-1}\quad(\forall p\in U\cap\partial D) $$ より、 $$ g^{N,N}(p)=\frac{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}{G_{(U,x_1,\ldots,x_N)}(p)}\quad(\forall p\in U\cap\partial D) $$ となる。また $(U,x_1,\ldots,x_N)$ は $\mathbb{R}^N$ の正の向きの局所座標であるので計量行列 $(***)$ の行列式は、 $$ \sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_N)}(p)}=\left\lvert{\rm det}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_N}p\right)\right\rvert ={\rm det}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_N}p\right) $$ である。よって、 $$ {\rm grad}_p(f)\cdot\nu(p)=-\frac{g^{N,N}(p)}{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_N)}(p)}=-\frac{\sqrt{G_{(U\cap\partial D,x_1,\ldots,x_{N-1})}(p)}}{\sqrt{G_{(U,x_1,\ldots,x_N)}(p)}}<0 $$ である。これと $(*****)$ より、 $$ {\rm grad}_p(f)=-\lvert {\rm grad}_p(f)\rvert\nu(p)\quad(\forall p\in U\cap\partial D) $$ を得る。

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脚注

  1. $(U,x_1,\ldots,x_N)$ は $\mathbb{R}^N$ の正の向きの局所座標なので ${\rm det}\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_N}p\right)>0$である。