ベクトル解析1:Euclid空間内の多様体上の関数の微分
この章では、Euclid空間における微積分1で論じたEuclid空間の開集合上で定義された関数の微分を、Euclid空間内の多様体上で定義された関数の微分まで一般化する。
- ベクトル解析1:Euclid空間内の多様体上の関数の微分
- ベクトル解析2:微分形式
- ベクトル解析3:Euclid空間内の多様体の計量
- ベクトル解析4:Euclid空間内の多様体上の測度と積分
- ベクトル解析5:多様体の向き
- ベクトル解析6:Stokesの定理
1 Euclid空間の部分集合の局所座標の定義
定義1.1(行列のランク)
$A\in \mathbb{M}_{n\times m}(\mathbb{R})$ に対し $\text{dim} (A(\mathbb{R}^m))$ ($\leq {\rm min}(n,m)$) を $A$ のランクと言い ${\rm rank}(A)$ と表す。
命題1.2(行列のランクの基本性質)
$A\in \mathbb{M}_{n\times m}(\mathbb{R})$ に対し次は互いに同値である。
- $(1)$ ${\rm rank}(A)=k$.
- $(2)$ $A$ の列ベクトルから $k$ 本まで線形独立なベクトルが取れる。
- $(3)$ $A$ の行ベクトルから $k$ 本まで線形独立なベクトルが取れる。
Proof.
$(1)\Leftrightarrow(2)$ は $A(\mathbb{R}^m)$ が $A$ の列ベクトル全体の線型包であることと速習「線形空間論」の命題4.3による。任意の $A\in \mathbb{M}_{n\times m}(\mathbb{R})$ に対し $A$ に左右から有限個の基本行列 (測度と積分8:Lebesgue測度の基本的性質の定義37.2)を掛けることで対角成分以外 $0$ で対角成分に $1$ か $0$ のみが並ぶもの $D$ が得られる。 基本行列は正則行列であるから $A$ のランクと $D$ のランクは等しい。よって、 $$ {\rm rank}(A)={\rm rank}(D)={\rm rank}(D^t)={\rm rank}(A^t) $$ である。これより$(2)\Leftrightarrow(3)$ が成り立つ。
□定義1.3(局所座標)
$M\subset \mathbb{R}^N$ とする。 $M$ の開集合 $U$ と $U$ から $\mathbb{R}^n$ への写像 $\varphi$ の組 $(U,\varphi)$ が $M$ の $n$ 次元局所座標であるとは次が成り立つことを言う。
- $(1)$ $U$ は $M$ の開集合で $\varphi(U)$ は $\mathbb{R}^n$ の開集合。
- $(2)$ $\varphi\colon U\rightarrow\varphi(U)$ は同相写像で $\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\ni \varphi(p)\mapsto p\in \mathbb{R}^N$ は$C^\infty$ 級。
- $(3)$ 任意の $p\in U$ に対し $\varphi^{-1}$ の $\varphi(p)$ における微分 ${\varphi^{-1}}'(\varphi(p))\in \mathbb{M}_{N\times n}(\mathbb{R})$ のランクは $n$.
$U$を局所座標 $(U,\varphi)$ の定義域と言う。$p\in M$ と $M$ の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $p\in U$ であるとき $(U,\varphi)$ を $p$ の周りの局所座標と言う。
命題1.4(局所座標の拡張)
$(U,\varphi)$を $M\subset \mathbb{R}^N$ の $n$ 次元局所座標とする。このとき任意の $p_0\in U$ に対し $\mathbb{R}^N$ の開集合 $V\ni p_0$、$\Phi(V)\ni (\varphi(p_0),0)$ と $C^\infty$ 級同相写像 $\Phi:V\rightarrow\Phi(V)$ で、 $$ \Phi(V\cap M)=\Phi(V)\cap (\mathbb{R}^n\times\{0\}),\quad \Phi(p)=(\varphi(p),0)\quad(\forall p\in V\cap M)\quad\quad(*) $$ なるものが存在する。
Proof.
$\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\ni \varphi(p)\mapsto p\in \mathbb{R}^N$ の微分 ${\varphi^{-1}}'(\varphi(p_0))\in \mathbb{M}_{N\times n}(\mathbb{R})$ のランクが $n$ であるので命題1.2より ${\varphi^{-1}}'(\varphi(p_0))$ の行ベクトルから $n$ 本の線型独立なものが取れる。よって $N$ 次の置換 $\sigma$ で$C^\infty$ 級写像 $$ \varphi(U)\times \mathbb{R}^{N-n}\ni (\varphi(p),y)\mapsto p+\sum_{j=1}^{N-n}y_je_{\sigma(n+j)}\in \mathbb{R}^N $$ の $(\varphi(p_0),0)$ における微分が正則行列となるものが取れる。ゆえに逆関数定理(Euclid空間における微積分1の定理7.1)より $\mathbb{R}^N$ の開集合 $V_1\ni p_0$、$V_2\ni p_0$ と $\mathbb{R}^{N-n}$ の開集合 $W\ni 0$ で、 $$ \varphi(V_1\cap M)\times W\ni (\varphi(p),y)\mapsto p+\sum_{j=1}^{N-n}y_je_{\sigma(n+j)}\in V_2\quad\quad(**) $$ が $C^\infty$ 級同相写像となるものが取れる。$V\colon=V_1\cap V_2$ とおき、$(**)$ の逆写像を $V$ 上に制限したものを $\Phi$ とおくと $\Phi(V)$ は $\mathbb{R}^N$ の開集合であり $(*)$ が成り立つ。
□命題1.5(局所座標の重なり)
$(U_1,\varphi_1), (U_2,\varphi_2)$ をそれぞれ $M\subset \mathbb{R}^N$ の $n_1$ 次元、$n_2$ 次元局所座標とし $U_1\cap U_2\neq\emptyset$ とする。このとき同相写像 $$ \varphi_1(U_1\cap U_2)\ni \varphi_1(p)\mapsto \varphi_2(p)\in \varphi_2(U_1\cap U_2)\quad\quad(*) $$ は $C^\infty$ 級同相写像である。特に $n_1=n_2$ である。
Proof.
任意の $p_0\in U_1\cap U_2$ に対し命題1.4より $\mathbb{R}^N$ の開集合 $V_j\ni p_0$、$\Phi_j(V_j)\ni (\varphi_j(p_0),0)$ と $C^\infty$ 級同相写像 $\Phi_j\colon V_j\rightarrow\Phi_j(V_j)$ $(j=1,2)$で、 $$ \Phi_j(V_j\cap M)=\Phi_j(V_j)\cap (\mathbb{R}^{n_j}\times \{0\}),\quad \Phi_j(p)=(\varphi_j(p),0)\quad(\forall p\in V_j,j=1,2) $$ なるものが取れる。同相写像 $$ \varphi_1(V_1\cap V_2\cap M)\ni \varphi_1(p)\mapsto \varphi_2(p)\in \varphi_2(V_1\cap V_2)\quad\quad(**) $$ は $C^\infty$ 級写像 $$ \varphi_1(V_1\cap V_2\cap M)\ni \varphi_1(p)\mapsto (\varphi_1(p),0)=\Phi_1(p)\in \Phi_1(V_1\cap V_2\cap M), $$ $$ \Phi_1(V_1\cap V_2)\ni \Phi_1(p)\mapsto \Phi_2(p)\in \Phi_2(V_1\cap V_2), $$ $$ \mathbb{R}^{N}\ni (x_1,\ldots,x_N)\mapsto (x_1,\ldots,x_{n_2})\in \mathbb{R}^{n_2} $$ を合成したものであるから $C^\infty$ 級である。 $(**)$ の逆写像も全く同様に $C^\infty$ 級であることが分かる。よって $(*)$ は$C^\infty$ 級同相写像であり、チェインルール(Euclid空間における微積分1の命題2.1)より $n_1=n_2$ である。
□2. Euclid空間内の多様体の定義とその部分多様体の特徴付け
定義2.1(Euclid空間内の多様体)
$M\subset \mathbb{R}^N$ が $\mathbb{R}^N$ 内の $n$ 次元多様体であるとは任意の $p\in M$ に対し $p$ を定義域に含む $M$ の $n$ 次元局所座標が取れることを言う。このとき命題1.5より $M$ の任意の局所座標は $n$ 次元である。$M$ の局所座標の族 $\{(U_j,\varphi_j)\}_{j\in J}$ で $M=\bigcup_{j\in J}U_j$ なるものを $M$ のアトラスと言う。
例2.2
$\mathbb{R}^N$ 自体、$\mathbb{R}^N$ 内の $N$ 次元多様体である。実際、恒等写像 ${\rm id}\colon \mathbb{R}^N\rightarrow\mathbb{R}^N$ に対し $(\mathbb{R}^N,{\rm id})$ は $\mathbb{R}^N$ の $N$ 次元局所座標である。また $\mathbb{R}^N$ 内の $n$ 次元多様体 $M$ に対し $M$ の任意の開集合 $D$ は $\mathbb{R}^N$ 内の $n$ 次元多様体である。実際、$M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $(U\cap D,\varphi)$ は $D$ の $n$ 次元局所座標である。
定義2.3(部分多様体)
$M,H\subset \mathbb{R}^N$ がそれぞれ $\mathbb{R}^N$ 内の多様体であり $H\subset M$ であるとき $H$ は $M$ の部分多様体であると言う。
命題2.4(部分多様体の特徴付け1)
$M$ を Euclid空間内の $n$ 次元多様体とし、$H$ を $M$ の $k$ 次元部分多様体とする。このとき $k\leq n$ であり、$H$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $M$ の局所座標 $(V,\psi)$ で $V\cap H\subset U$、 $$ \psi(V\cap H)=\psi(V)\cap (\mathbb{R}^k\times\{0\}),\quad \psi(p)=(\varphi(p),0)\quad(\forall p\in V\cap H) $$ なるものが存在する。
Proof.
任意の $p_0\in H$ を取り、$p_0$ の周りの $H$ の局所座標 $(U,\varphi)$ と $p_0$ の周りの $M$ の局所座標 $(V,\psi)$ を取る。命題1.4より、 $$ \varphi(U\cap V)\ni \varphi(p)\mapsto \psi(p)\in \psi(V)\quad\quad(*) $$ は $C^\infty$ 級写像である(命題1.5の証明の前半と全く同様にして示せる)。 と $C^\infty$ 級写像 $$ \psi(V)\ni \psi(p)\mapsto p\in \mathbb{R}^N $$ の合成が、 $$ \varphi(U\cap V)\ni \varphi(p)\mapsto p\in \mathbb{R}^N\quad\quad(**) $$ であり、$(**)$ の微分のランクは $k$ であるのでチェインルール(Euclid空間における微積分1の命題2.1)より $(*)$ の微分 $\in\mathbb{M}_{n\times k}(\mathbb{R})$ のランクは $k$ である。よって $k\leq n$ である。 命題1.2より $(*)$ の $\varphi(p_0)$ における微分 $\in \mathbb{M}_{n\times k}(\mathbb{R})$ の $n$ 本の行ベクトルから $k$ 本の線型独立なものが取れる。よって $n$ 次の置換 $\sigma$ で $C^\infty$ 級写像 $$ \varphi(U\cap V)\times \mathbb{R}^{n-k}\ni (\varphi(p),y)\mapsto \psi(p)+\sum_{j=1}^{n-k}y_je_{\sigma(k+j)}\in \mathbb{R}^n $$ の $(\varphi(p_0),0)$ における微分が正則行列となるものが取れる。ゆえに逆関数定理(Euclid空間における微積分1の命題7.1)より $p_0$ を含む $M$ の開集合 $V_1,V_2\subset V$ と $\mathbb{R}^{n-k}$ の開集合 $W\ni 0$ で、 $$ \varphi(U\cap V_1)\times W\ni (\varphi(p),y)\mapsto \psi(p)+\sum_{j=1}^{n-k}y_je_{\sigma(k+j)}\in \psi(V_2)\quad\quad(***) $$ が $C^\infty$ 級同相写像となるものが取れる。$V_0\colon=V_1\cap V_2$ とおき、 $(***)$ の逆写像を $\psi(V_0)$ に制限したものを $\omega$とおき $\psi_0=\omega\circ\psi:V_0\rightarrow \psi_0(V_0)$ とおけば $(V_0,\psi_0)$ は $p_0$ の周りの $M$ の局所座標であり、 $$ \psi_0(V_0\cap H)=\psi_0(V_0)\cap (\mathbb{R}^k\times\{0\}),\quad \psi_0(p)=(\varphi(p),0)\quad(\forall p\in V_0\cap H) $$ である。
□命題2.5(部分多様体の特徴付け2)
$M$ をEuclid空間 $\mathbb{R}^N$ 内の $n$ 次元多様体とし $H\subset M$ とする。もし $k\in\{1,\ldots,n\}$ が存在し任意の $p_0\in H$ に対し $p_0$ の周りの $M$ の局所座標 $(V,\psi)$ で、 $$ \psi(V\cap H)=\psi(V)\cap(\mathbb{R}^k\times\{0\})\quad\quad(*) $$ なるものが取れるならば $H$ は $M$ の $k$ 次元部分多様体である。そして $(*)$ を満たす $p_0$ の周りの $M$ の局所座標 $(V,\psi)$ に対し、 $$ (\varphi(p),0)\colon=\psi(p)\quad(\forall p\in V\cap H)\quad\quad(**) $$ として $\varphi\colon V\cap H\rightarrow \mathbb{R}^k$ を定義すると $(V\cap H,\varphi)$ は $p_0$ の周りの $H$ の $k$ 次元局所座標である。
Proof.
$(*)$ より $\varphi(V\cap H)$ は $\mathbb{R}^k$ の開集合である。また $(**)$ と点列による連続性の特徴付けより $\varphi:V\cap H\rightarrow \varphi(V\cap H)$ は同相写像である。 $$ \varphi^{-1}\colon\varphi(V\cap H)\ni \varphi(p)\mapsto p\in \mathbb{R}^N\quad\quad(***) $$ は $C^\infty$ 級写像 $$ \varphi(V\cap H)\ni \varphi(p)\mapsto (\varphi(p),0)\in \psi(V),\quad\quad(****) $$ $$ \psi(V)\ni \psi(p)\mapsto p\in \mathbb{R}^N\quad\quad(*****) $$ の合成であるから $C^\infty$ 級写像であり、$(****)$ の微分 $\in \mathbb{M}_{n\times k}(\mathbb{R})$ のランクは $k$、$(*****)$ の微分 $\in \mathbb{M}_{N\times n}(\mathbb{R})$ のランクは $n$ であるからチェインルール(Euclid空間における微積分1の命題2.1)より $(***)$ の 微分のランクは $k$ である。よって $(V\cap H,\varphi)$ は $p_0\in H$ の周りの $H$ の $k$ 次元局所座標である。$p_0\in H$ は任意であるから $H$ は $M$ の $k $次元部分多様体である。
□3. Euclid空間内の多様体上の関数の局所座標による偏微分
定義3.1(Euclid空間内の多様体上の関数の微分可能性)
$M$ をEuclid空間内の多様体とする。$f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $p_0\in M$ において微分可能であるとは $p_0$ の周りの $M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $f\circ\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $\varphi(p_0)$ において微分可能であることを言う[1]
定義3.2(Euclid空間内の多様体上の$C^k$級関数)
$M$ をEuclid空間内の多様体とする。$f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $C^k$ 級であるとは $M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $f\circ\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $C^k$ 級であることを言う[2]。
定義3.3(局所座標の成分表示)
$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体とする。$M$ の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $\varphi(p)=(x_1(p),\ldots,x_n(p))\text{ }(\forall p\in U)$ であるとき $(U,\varphi)$ を $(U,\varphi;x_1,\ldots,x_n)$ や $(U,x_1,\ldots,x_n)$ と表す。また局所座標の定義域 $U$ が本質的ではない場合、局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ を単に局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ と言うこともある。
定義3.4(Euclid空間の標準座標)
Euclid空間 $\mathbb{R}^N$ の局所座標 $(x_1,\ldots,x_N)$ で $(x_1(p),\ldots,x_N(p))=p\text{ }(\forall p\in \mathbb{R}^N)$ であるものを $\mathbb{R}^N$ の標準座標と言う。
定義3.5(局所座標に関する偏微分)
$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体、$f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ とする。 $M$ の局所座標 $(U,\varphi;x_1,\ldots,x_n)$ に対し、 $$ \frac{\partial f}{\partial x_j}(p)\colon=\partial_j(f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\quad(\forall p\in U) $$ と定義する。また、 $$ \frac{\partial^2f}{\partial x_i\partial x_j}(p)\colon=\frac{\partial}{\partial x_i}\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)=\partial_i\partial_j(f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\quad(\forall p\in U) $$ などと定義する。
命題3.6(多様体上の関数の微分の基本性質)
$M,H$ をEuclid空間内の多様体とする。
- $(1)$ $f\colon M\rightarrow H$、$g\colon H\rightarrow \mathbb{R}^N$ がそれぞれ $p_0\in M$、$f(p_0)\in H$ において微分可能であるならば $g\circ f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ は $p_0$ において微分可能である。
- $(2)$ $f\colon M\rightarrow H$、$g\colon H\rightarrow \mathbb{R}^N$ がそれぞれ $C^k$ 級であるならば $g\circ f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ は $C^k$ 級である。
- $(3)$ $f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $C^1$ 級ならば $f$ は $M$ の各点で微分可能である。
- $(4)$ $f\colon M\rightarrow\mathbb{R}^N$ が $p_0\in M$ において微分可能ならば、$p_0\in M$ の周りの $M$ の任意の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ と $(y_1,\ldots,y_n)$ に対し、
$$ \frac{\partial f}{\partial x_j}(p_0)=\sum_{i=1}^{n}\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p_0)\frac{\partial f}{\partial y_i}(p_0) $$ が成り立つ。
- $(5)$ $f\colon M\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $C^2$ 級ならば $M$ の任意の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ と任意の $i,j\in\{1,\ldots,n\}$ に対し、
$$ \frac{\partial^2f}{\partial x_i\partial x_j}=\frac{\partial^2f}{\partial x_j\partial x_i}\quad\quad(*) $$ が成り立つ。
Proof.
- $(1)$ $p_0$ の周りの $M$ の局所座標 $(U,\varphi)$ と $f(p_0)$ の周りの $H$ の局所座標 $(V,\psi)$ を取る。$f$ は $p_0$ において連続であるから $U\cap f^{-1}(V)$ は $p_0$ の近傍であり、命題1.4より、
$$ \psi\circ f\circ \varphi^{-1}\colon\varphi(U\cap f^{-1}(V))\rightarrow \psi(V)\quad\quad(**) $$ $\varphi(p_0)$ において微分可能である。よって、 $$ (g\circ f)\circ\varphi^{-1}=(g\circ \psi^{-1})\circ(\psi\circ f\circ \varphi^{-1}):\varphi(U\cap f^{-1}(V))\rightarrow\mathbb{R}^N\quad\quad(***) $$ は $\varphi(p_0)$ において微分可能であるから $g\circ f$ は $p_0$ において微分可能である。
- $(2)$ $M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ と $H$ の任意の局所座標 $(V,\psi)$ を取る。命題1.4より $(**)$ は $C^k$ 級であるから $(***)$ は $C^k$ 級である。よって $g\circ f$ は $C^k$ 級である。
- $(3)$ $M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対しEuclid空間における微積分1の命題6.1より $f\circ\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\rightarrow \mathbb{R}^N$ は各点で微分可能である。よって $f$ は $M$ の各点で微分可能である。
- $(4)$ $\varphi=(x_1,\ldots,x_n)$、$\psi=(y_1,\ldots,y_n)$ とする。チェインルールより、
$$ (f\circ\varphi^{-1})'(\varphi(p_0))=(f\circ\psi^{-1})'(\psi(p_0))(\psi\circ\varphi^{-1})'(\varphi(p_0)) $$ である。ここで行列の縦ベクトル表記で、 $$ (f\circ\varphi^{-1})'(\varphi(p_0))=\left(\frac{\partial f}{\partial x_1}(p_0),\ldots,\frac{\partial f}{\partial x_n}(p_0)\right), $$ $$ (f\circ\psi^{-1})'(\psi(p_0))=\left(\frac{\partial f}{\partial y_1}(p_0),\ldots,\frac{\partial f}{\partial y_n}(p_0)\right) $$ であり、 $$ (\psi\circ\varphi^{-1})'(\varphi(p_0))=\left(\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p_0)\right)_{i,j} $$ であるから $(*)$ が成り立つ。
- $(5)$ $\varphi=(x_1,\ldots,x_n)$ とすると、Euclid空間における微積分1の命題5.1より、
$$ \frac{\partial^2f}{\partial x_i\partial x_j}(p)=\partial_i\partial_j(f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p)) =\partial_j\partial_i(f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))=\frac{\partial^2f}{\partial x_j\partial x_i}(p) $$ である。
□4. Euclid空間内の多様体の接ベクトル空間
定義4.1(恒等写像の偏微分の表記)
$M$ を Euclid空間 $\mathbb{R}^N$ 内の $n$ 次元多様体とし、$C^\infty$ 級写像 $\iota\colon M\ni p\mapsto p\in \mathbb{R}^N$ を考える。$p\in M$ の周りの $M$ の任意の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ に対し、 $$ \frac{\partial}{\partial x_j}p\colon=\frac{\partial\iota}{\partial x_j}(p)\in \mathbb{R}^N\quad(j=1,\ldots,n) $$ と表す。$\varphi=(x_1,\ldots,x_n)$ とすると、 $$ {\varphi^{-1}}'(\varphi(p))=\left(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right)\in\mathbb{M}_{N\times n}(\mathbb{R}) $$ (右辺は縦ベクトル表記)であり局所座標の定義(定義1.3)より ${\varphi^{-1}}'(\varphi(p))$ のランクは $n$ であるから $\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p$ は線形独立である。
定義4.2(Euclid空間内の多様体の接ベクトル空間)
$M$ をEuclid空間 $\mathbb{R}^N$ 内の $n$ 次元多様体とする。任意の $p\in M$ と $p$ の周りの $M$ の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ に対し $\mathbb{R}^N$ の $n$ 次元部分空間 $$ T_p(M)\colon=\text{span}\left\{\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p\right\}\subset \mathbb{R}^N $$ を定義する[3]。$p$ の周りの $M$ の別の局所座標 $(y_1,\ldots,y_n)$ に対し命題3.6の $(4)$ より、 $$ \frac{\partial }{\partial x_j}p=\sum_{i=1}^{n}\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\frac{\partial}{\partial y_i}p $$ であるから、 $$ T_p(M)=\text{span}\left\{\frac{\partial}{\partial y_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial y_n}p\right\} $$ でもある。よって $T_p(M)$ は $p$ の周りの $M$ の局所座標の取り方によらない。$T_p(M)$ を $p\in M$ における $M$ の接ベクトル空間と言う。
注意4.3(接ベクトル空間と定義域)
$M$ の空でない開集合 $D$ と任意の $p\in D$ に対し $(x_1,\ldots,x_n)$ が $p$ の周りの $M$ の局所座標ならば $(x_1,\ldots,x_n)$ は $p$ の周りの $D$ の局所座標でもあるから $T_p(M)=T_p(D)$ である。
注意4.4(Euclid空間の標準座標と標準基底)
Euclid空間 $\mathbb{R}^N$ の標準座標(定義3.4)$(x_1,\ldots,x_N)$ と標準基底 $(e_1,\ldots,e_N)$ に対し、 $$ e_j=\frac{\partial}{\partial x_j}p\quad(\forall p\in \mathbb{R}^N, j=1,\ldots,N) $$ である。よって任意の $p\in \mathbb{R}^N$ に対し $p$ における $\mathbb{R}^N$ の接ベクトル空間は $T_p(\mathbb{R}^N)=\text{span}\{e_1,\ldots,e_N\}=\mathbb{R}^N$ である。
5. Euclid空間内の多様体上の関数の全微分
定義5.1(Euclid空間内の多様体上の関数の全微分)
$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体、$f\colon M\rightarrow\mathbb{R}^N$ を $p\in M$ において微分可能な関数(定義3.1)とする。このとき $p$ の周りの $M$ の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ に対し、 $$ df_p\colon T_p(M)\ni \sum_{j=1}^{n}a_j\frac{\partial}{\partial x_j}p\mapsto \sum_{j=1}^{n}a_j\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)\in \mathbb{R}^N $$ なる線形写像を定義する。 $p$ の周りの $M$ の別の局所座標 $(y_1,\ldots,y_n)$ に対し、 $$ \sum_{j=1}^{n}a_j\frac{\partial}{\partial x_j}p=\sum_{i=1}^{n}b_i\frac{\partial}{\partial y_i}p $$ ならば $(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial }{\partial x_n}p)$、$(\frac{\partial}{\partial y_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial y_n}p)$ がそれぞれ $T_p(M)$ の基底であることと命題3.6の $(4)$ より、 $$ \sum_{j=1}^{n}a_j\frac{\partial f}{\partial x_j}(p) =\sum_{i=1}^{n}b_i\frac{\partial f}{\partial y_i}(p) $$ である[4]。よって線形写像 $df_p\colon T_p(M)\rightarrow \mathbb{R}^N$ は $p$ の周りの $M$ の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ の取り方によらない。$df_p$ を $f$ の $p$ における全微分と言う。
命題5.2(全微分に関するチェインルール)
$M,H$ をそれぞれEuclid空間内の多様体とし関数 $f\colon M\rightarrow H$ が $p\in M$ において微分可能であるとする。このとき、 $$ df_p(T_p(M))\subset T_{f(p)}(H)\quad\quad(*) $$ が成り立つ。また関数 $g\colon H\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $f(p)$ において微分可能ならば、 $$ d(g\circ f)_p=dg_{f(p)}df_p\quad\quad(**) $$ が成り立つ。
Proof.
$p$ の周りの $M$ の局所座標 $(\varphi;x_1,\ldots,x_n)$ と $f(p)$ の周りの $H$ の局所座標 $(\psi;y_1,\ldots,y_k)$ に対しチェインルール(Euclid空間における微積分1の命題2.1)より、 $$ \begin{aligned} df_p\frac{\partial}{\partial x_j}p&=\frac{\partial f}{\partial x_j}(p) =\partial_j(f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p)) =\partial_j(\psi^{-1}\circ(\psi\circ f\circ\varphi^{-1}))(\varphi(p))\\ &=\sum_{i=1}^{k}\partial_i(\psi^{-1})(\psi(f(p)))\partial_j(y_i\circ f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\\ &=\sum_{i=1}^{k}\left(\frac{\partial(y_i\circ f)}{\partial x_j}(p)\right)\frac{\partial}{\partial y_i}f(p)\in T_{f(p)}(H)\quad(j=1,\ldots,n)\quad\quad(***) \end{aligned} $$ である。よって $(*)$ が成り立つ。そして $(***)$ と全微分の定義より、 $$ dg_{f(p)}df_p\frac{\partial}{\partial x_j}p =\sum_{i=1}^{k}\left(\frac{\partial(y_i\circ f)}{\partial x_j}(p)\right)\frac{\partial g}{\partial y_i}(f(p)) $$ であり、チェインルールより、 $$ \begin{aligned} d(g\circ f)_p\frac{\partial}{\partial x_j}p &=\frac{\partial (g\circ f)}{\partial x_j}(p) =\partial_j(g\circ f\circ \varphi^{-1})(\varphi(p)) =\partial_j( (g\circ\psi^{-1})\circ(\psi\circ f\circ\varphi^{-1}) )(\varphi(p))\\ &=\sum_{i=1}^{k}\partial_i(g\circ\psi^{-1})(\psi(f(p)) )\partial_j(y_i\circ f\circ\varphi^{-1})(\varphi(p))\\ &=\sum_{i=1}^{k}\left(\frac{\partial(y_i\circ f)}{\partial x_j}(p)\right)\frac{\partial g}{\partial y_i}(f(p) )\quad(j=1,\ldots,n) \end{aligned} $$ であるから、$(**)$ が成り立つ。
□6. Euclid空間内の多様体の余接ベクトル空間
定義6.1(Euclid空間内の多様体の余接ベクトル空間)
$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体とする。任意の $p\in M$ に対し $p$ における $M$ の接ベクトル空間 $T_p(M)$ の双対空間を $T_p^*(M)$ と表す。これを $p$ における $M$ の余接ベクトル空間と言う。
注意4.3より $p$ の周りの $M$ の任意の局所座標 $(x_1,\ldots,x_n)$ に対し $dx_{j,p}\in T_p^*(M)$ $(j=1,\ldots,n)$である。 $$ dx_{i,p}\frac{\partial}{\partial x_j}p=\frac{\partial x_i}{\partial x_j}(p)=\delta_{i,j}\quad(\forall i,j\in\{1,\ldots,n\}) $$ より $(dx_{1,p},\ldots,dx_{n,p})$ は $T_p(M)$ の基底 $(\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p)$ に対する $T_p^*(M)$ の双対基底(速習「線形空間論」の命題7.3を参照)であり、 $$ v=\sum_{j=1}^{n}(dx_{j,p}v)\frac{\partial}{\partial x_j}p\quad(\forall v\in T_p(M)) $$ である。よって $p$ において微分可能な任意の $f\colon M\rightarrow\mathbb{R}$ に対し、 $$ df_pv=\sum_{j=1}^{n}(dx_{j,p}v)\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)\quad(\forall v\in T_p(M)) $$ であるから、 $$ df_p=\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial f}{\partial x_j}(p)dx_{j,p} $$ である。
7. 多様体間の写像に関する逆関数定理, 埋め込み
定義7.1($C^k$ 級同相写像)
$M,H$ をEuclid空間内の多様体とする。$f\colon M\rightarrow H$ が全単射であり $f\colon M\rightarrow H$、$f^{-1}\colon H\rightarrow M$ がそれぞれ $C^k$ 級であるとき $f$ を $C^k$ 級同相写像と言う。
例7.2
$M$ をEuclid空間内の多様体とする。$M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $\varphi\colon U\rightarrow\varphi(U)$ は $C^\infty$ 級同相写像である。
命題7.3(多様体間の写像に関する逆関数定理)
$M,H$ をそれぞれEuclid空間内の $n$ 次元多様体とし、$f\colon M\rightarrow H$ を $C^k$ 級写像 $(k\geq1)$ とする。もし $p_0\in M$ において $df_{p_0}\colon T_{p_0}(M)\rightarrow T_{f(p_0)}(H)$ が単射ならば $p_0\in M$ の開近傍 $U\subset M$ と $f(p)\in H$ の開近傍 $V\subset H$ が存在し $U\ni p\mapsto f(p)\in V$ が $C^k$ 級同相写像となる。
Proof.
$p_0$ の周りの $M$ の局所座標 $(U,\varphi;x_1,\ldots,x_n)$ と $f(p_0)$ の周りの $H$ の局所座標 $(V,\psi;y_1,\ldots,y_n)$ を取る。命題5.2の証明より、 $$ df_{p_0}\frac{\partial}{\partial x_j}{p_0}=\frac{\partial f}{\partial x_j}(p_0) =\sum_{i=1}^{n}\frac{\partial(y_i\circ f)}{\partial x_j}(p_0)\frac{\partial}{\partial y_i}f(p_0) $$ であるから線形写像 $df_{p_0}\colon T_{p_0}(M)\rightarrow T_{f(p_0)}(H)$ の $T_{p_0}(M)$ の基底 $(\frac{\partial}{\partial x_1}p_0,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p_0)$ と $T_{f(p_0)}(H)$ の基底 $(\frac{\partial}{\partial y_1}f(p_0),\ldots,\frac{\partial}{\partial y_n}f(p_0))$ に関する行列表現は、 $$ (\psi\circ f\circ\varphi^{-1})'(\varphi(p_0))=\left(\frac{\partial(y_i\circ f)}{\partial x_j}(p_0)\right)_{i,j}\in \mathbb{M}_{n\times n}(\mathbb{R})\quad\quad(*) $$ である。$df_{p_0}\colon T_{p_0}(M)\rightarrow T_{f(p_0)}(H)$ は単射なので $(*)$ は正則行列である。よって$C^k$ 級写像 $$ \psi\circ f\circ\varphi^{-1}:\varphi(U\cap f^{-1}(V))\rightarrow \psi(V)\quad\quad(**) $$ に対して逆関数定理(Euclid空間における微積分1の定理7.1)を適用すれば $p_0$ の開近傍 $U_0\subset U\cap f^{-1}(V)$ が存在し $f(U_0)\subset V$ は $f(p_0)$ の開近傍であり、 $$ \psi\circ f\circ\varphi^{-1}:\varphi(U_0)\rightarrow \psi(f(U_0)) $$ は $C^k$ 級同相写像である。 $U_0\ni p\mapsto f(p)\in f(U_0)$ は $(**)$ と $C^\infty$ 級同相写像 $U_0\ni p\mapsto \varphi(p)\in \varphi(U_0)$、$\psi(f(U_0))\ni \psi(p)\mapsto p\in f(U_0)$ の合成なので $C^k$ 級同相写像である。
□定義7.4(埋め込み)
$M,H$ をEuclid空間内の多様体とする。$f\colon M\rightarrow H$ が $M$ の $H$ への埋め込みであるとは次が成り立つことを言う。
- $(1)$ $f$は$C^\infty$級。
- $(2)$ $M\ni p\mapsto f(p)\in f(M)$ は同相写像。
- $(3)$ 任意の $p\in M$ に対し $df_p\colon T_p(M)\rightarrow T_{f(p)}(H)$ は単射。
命題7.5(埋め込みの意味)
$M,H$ をEuclid空間内の多様体、$f\colon M\rightarrow H$ を埋め込みとする。このとき $f(M)$ は $H$ の部分多様体(定義2.3)であり、$M\ni f\mapsto f(p)\in f(M)$ は $C^\infty$ 級同相写像である。
Proof.
$M$($n$ 次元とする)の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ を取る。$\varphi\circ f^{-1}\colon f(U)\rightarrow \varphi(U)$ は同相写像であ利、 $C^\infty$ 級写像 $$ f\circ\varphi^{-1}=(\varphi\circ f^{-1})^{-1}\colon \varphi(U)\ni \varphi(p)\mapsto p\in H $$ に対し命題5.2より、 $$ d(f\circ\varphi^{-1})_{\varphi(p)}=df_pd\varphi^{-1}_{\varphi(p)}\colon\mathbb{R}^n\rightarrow T_{f(p)}(H) $$ は単射である[5]。よって $(*)$ の微分のランクは $n$ であるから局所座標の定義(定義1.3)より $(f(U),\varphi\circ f^{-1})$ は $f(M)$ の $n$ 次元局所座標である。$(U,\varphi)$ は $M$ の任意の局所座標であるから $f(M)$ は $H$ の $n$ 次元部分多様体である。$M$ の任意の局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $U\ni p\mapsto f(p)\in f(U)$ は $C^\infty$ 級同相写像 $\varphi\colon U\rightarrow\varphi(U)$ と $C^\infty$ 級同相写像 $(\varphi\circ f^{-1})^{-1}=f\circ\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\rightarrow f(U)$ の合成であるから $C^\infty$ 級同相写像である。ゆえに $M\ni p\mapsto f(p)\in f(M)$ は $C^\infty$ 級同相写像である。
□8. 陰関数定理、Lagrangeの未定乗数法
補題8.1
$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体、$U\subset M$ を開集合、$f_1,\ldots,f_n\colon U\rightarrow \mathbb{R}$ を $C^\infty$ 級関数とする。そして $p_0\in U$ に対し $df_{1,p_0},\ldots, df_{n,p_0}\in T_{p_0}^*(M)$ が線形独立であるとする。このとき $p_0$ の十分小さい開近傍 $U_0\subset U$ を取れば $(U_0,f_1,\ldots,f_n)$ は $M$ の局所座標である。
Proof.
$f(p)=(f_1(p),\ldots,f_n(p))$ $(\forall p\in U)$ として $f\colon U\rightarrow\mathbb{R}^n$ を定義する。 $$ df_{p_0}v=(df_{1,p_0}v,\ldots,df_{n,p_0}v)\in \mathbb{R}^n\quad(\forall v\in T_{p_0}(M)) $$ であるから $df_{p_0}v=0$ ならば $df_{j,p_0}v=0$ $(j=1,\ldots,n)$ である。$(df_{1,p_0},\ldots,df_{n,p_0})$ は $T_{p_0}^*(M)$ の基底であるからこれは $v=0$ を意味する。ゆえに $df_{p_0}\colon T_{p_0}(M)\rightarrow\mathbb{R}^n$ は単射であるので逆関数定理(命題7.3)より $p_0$ の開近傍 $U_0\subset U$ が存在し $f(U_0)\subset\mathbb{R}^n$ は開集合であり、$U_0\ni p\mapsto f(p)\in f(U_0)$ は $C^\infty$ 級同相写像である。よって $(U_0,f_1,\ldots,f_n)$ は $p_0$ の周りの $M$ の局所座標である。
□定理8.2(陰関数定理、Lagrangeの未定乗数法)
$M$ をEuclid空間内の $n$ 次元多様体、$h_1,\ldots,h_k\colon M\rightarrow \mathbb{R}$ $(1\leq k\leq n-1)$ を $C^\infty$ 級関数とし、 $$ H\colon=\{p\in M:h_1(p)=0,\ldots,h_k(p)=0\} $$ とする。そして任意の $p\in H$ に対し $dh_{1,p},\ldots, dh_{k,p}\in T_p^*(M)$ は線形独立であるとする。このとき、
- $(1)$(陰関数定理)$H$ は $M$ の $n-k$ 次元部分多様体であり、任意の $p_0\in H$ と $p_0$ の周りの $M$ の任意の局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ に対し、 $n$ 次の置換 $\sigma$ と $p_0\in M$ の開近傍 $U_0\subset U$ が取れて、 $(U_0\cap H, x_{\sigma(1)},\ldots,x_{\sigma(n-k)})$ が $H$ の局所座標となる。
- $(2)$(Lagrangeの未定乗数法)$C^1$ 級関数 $g\colon M\rightarrow \mathbb{R}$ の $H$ 上への制限 $H\ni p\mapsto g(p)\in \mathbb{R}$ が、$p_0\in H$ において極値を取るならば、$dg_{p_0}\in T_{p_0}^*(M)$ は $dh_{1,p_0},\dots,dh_{k,p_0}\in T_{p_0}^*(M)$ の線形結合で表せる。
Proof.
- $(1)$ 任意の $p_0\in H$ と $p_0$ の周りの $M$ の局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ を取る。$dh_{1,p_0},\ldots,dh_{k,p_0}\in T_{p_0}^*(M)$ は線形独立であるから、$T_{p_0}^*(M)$ の基底 $dx_{1,p_0},\ldots,dx_{n,p_0}$ のうち $k$ 個を $dh_{1,p_0},\ldots, dh_{k,p_0}$ に取り替えることで、ある$n$ 次の置換 $\sigma$ に対し $dx_{\sigma(1),p_0},\ldots,dx_{\sigma(n-k),p_0},dh_{1,p_0},\ldots,dh_{k,p_0}$ が $T_{p_0}^*(M)$ の基底となるようにできる。このとき補題8.1より $p_0$ の開近傍 $U_0\subset U$ が存在し $(U_0,x_{\sigma(1)},\ldots,x_{\sigma(n-k)},h_1,\cdots,h_k)$ は $p_0$ の周りの $M$ の局所座標である。
$$ U_0\cap H=\{p\in U_0:h_1(p)=\ldots=h_k(p)=0\} $$ であるから命題2.5より $(U_0\cap H,x_{\sigma(1)},\ldots,x_{\sigma(n-k)})$ は $H$ の $n-k$ 次元局所座標である。$p_0\in H$ は任意なので $H$ は $M$ の $n-k$ 次元部分多様体である。
- $(2)$ $p_0\in H$ の周りの $M$ の局所座標 $(U,x_1,\ldots,x_n)$ を取る。$(1)$ の証明より $x_{n-k+j}=h_j$ $(j=1,\ldots,k)$、
$(U\cap H, x_1,\ldots,x_{n-k})$ は $H$ の局所座標であるとしてよい。$dg_{p_0}\in T_{p_0}^*(M)$ は、 $$ dg_{p_0}=\sum_{j=1}^{n}\frac{\partial g}{\partial x_j}(p_0)dx_{j,p_0} $$ と表され、$H\ni p\mapsto g(p)\in \mathbb{R}$ は $p_0$ において極値を取るので、 $$ \frac{\partial g}{\partial x_{j}}(p_0)=0\quad(j=1,\ldots,n-k) $$ である。よって、 $$ dg_{p_0}=\sum_{j=1}^{k}\frac{\partial g}{\partial x_{n-k+j}}(p_0)dx_{n-k+j,p_0} =\sum_{j=1}^{k}\frac{\partial g}{\partial x_{n-k+j}}(p_0)dh_{j,p_0} $$ である。よって $dg_{p_0}$ は $dh_{1,p_0},\ldots,dh_{k,p_0}$ の線形結合で表せる。
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脚注
- ↑ 命題1.5より $p_0$ の周りの $M$ のある局所座標 $(U,\varphi)$ に対し $f\circ\varphi^{-1}\colon\varphi(U)\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $\varphi(p_0)$ において微分可能であるならば $p_0$ の周りの $M$ の別の局所座標 $(V,\psi)$ に対しても $f\circ\psi^{-1}\colon\psi(V)\rightarrow \mathbb{R}^N$ は $\psi(p_0)$ において微分可能である。
- ↑ 命題1.5より $M$ の $1$ つのアトラス(定義2.1) $\{(U_j,\varphi_j)\}_{j\in J}$ を取り任意の $j\in J$ に対し $f\circ\varphi_j^{-1}\colon\varphi_j(U_j)\rightarrow \mathbb{R}^N$ が $C^k$ 級ならば $f$ は $C^k$ 級である。
- ↑ 定義4.1で述べているように $\frac{\partial}{\partial x_1}p,\ldots,\frac{\partial}{\partial x_n}p$ は線形独立であるから $T_p(M)$ の基底である。
- ↑ $b_i=\sum_{j=1}^{n}a_j\frac{\partial y_i}{\partial x_j}(p)\frac{\partial}{\partial y_i}p$ $(i=1,\ldots,n)$ であることによる。
- ↑ $d\varphi^{-1}_{\varphi(p)}\colon\mathbb{R}^n\rightarrow T_p(M)$ と $df_p\colon T_p(M)\rightarrow T_{f(p)}(H)$ がいずれも単射であることによる。