群の表示

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群の表示

群の表示(presentation of group)とは、群の構造を明示的に与える方法の一つであり群に対する操作が簡潔に表せるなどの利点をもつ。特に、高々可算濃度の群の表示は群の組合せ論的扱いを可能にする。

定義

集合 $X$ で生成される自由群 $F(X)$ を,部分集合 $R\subset F(X)$ を含む最小の正規部分群($R$ の正規閉包) $N(R)$ によって割ることで群 $\langle X \mid R \rangle\colon=F(X)/N(R)$ が得られる。与えられた群 $G$ をある集合 $X$ と $R \subset F(X)$ により $G \cong \langle X \mid R \rangle$ と表すことを群 $G$ の表示という。あらゆる群は表示をもつ。実際、任意の群 $G$ は十分大きな自由群、例えば $F(G)$ の全射準同型の像として表せて、そのを $R$ とすれば準同型定理により表示を得る。ただし、一般に群の表示は一意的ではなく、また異なる表示で与えられた2つの群の差異を具体的に知ることは難しい問題である。正しく述べるならば「与えられた群の表示の与えられた2つの語が同じ群の元かどうか」という問題は決定不可能命題であり、これを判定するアルゴリズムは存在しないことが知られている。詳しくはword problemも参照されたい。とはいえ、具体的な群の表示の一方を変形することで他方に帰着し、両者が互いに同型であることを示せる場合も多い。例えば $3$次ブレイド群 は $\langle a,b\mid a^3(b^2)^{-1}\rangle$ と $\langle x,y\mid xyx(yxy)^{-1}\rangle$ の異なる2つの表示をもつが、$x=ab,y=bab$、$a=x^{2}y^{-1},b=yx^{-1}$ という変換によって両者は同型であることが示される。実際に下で説明する有限表示群に対しては、二つの群の表示が群として同型であることとTietze変換と呼ばれる2つの組み合わせ的な操作を繰り返してもう一方に移せることは同値である。詳しくはTietze変換を参照されたい。

群の表示 $\langle X \mid R\rangle$に対して

  • $X$ が有限集合のとき有限生成(finitely generated)
  • $R$ が有限集合のとき有限関係(finitely related)
  • 有限生成かつ有限関係のとき有限表示(finitely presented)

と呼ぶ。抽象的な群 $G$ に対して"ある"群の表示 $G\cong \langle X \mid R\rangle$が存在して上の条件を満たすとき $G$ はそれぞれ有限生成、有限関係、有限表示を持つという。何度も言うように表示の仕方は一意ではなく、有限表示を持つ群であっても $X$ や $R'$ が無限集合である表示も存在する。

またいくつかの関係式には名前がついている。

  • 対合(involution) : $x^2$
  • 交換子(commutator) : $[x,y]\colon=xyx^{-1}y^{-1}$ これは非標準的には $xy=yx$ と表せる。
  • ブレイド関係式 : $x_{i}x_{i+1}x_{i}=x_{i+1}x_{i}x_{i+1}$
  • ダミーの関係式として : $u^{\infty}$ と表記されるものがある。これは実際には何の役には立たないが,この形式的な関係式によって関連の見通しが良い場合がある。例えば、位数 $n$ の巡回群は $\langle x\mid x^{n}\rangle$ と表されるが、これをそのまま $n=\infty$ に拡張し $\langle x\mid x^{\infty}\rangle=\langle x\mid \varnothing\rangle$ と表記できる。

計算の具体例

例えば $\langle x,y,z\mid x^2,y^2z^{-1},z^3x \rangle$ [1]を考える。 ここで $z^{5}y^{-1}xy$ と $yz^{2}xy^{3}$ の積を計算してみよう。(単位元は $e$ で表すこととする。) $$(z^{5}y^{-1}xy)(yz^{2}xy^{3})$$ $$=z^{5}y^{-1}xy^{2}z^2xy^{3}$$ $$=z^{5}y^{-1}xy^{2}(z^{-1}z)z^{2}xy^{3}$$ $$=z^{5}y^{-1}x\underline{y^{2}z^{-1}}z^{3}xy^{3}$$ $$=z^{5}y^{-1}xez^{3}xy^{3}$$ $$=z^{5}y^{-1}x\underline{z^{3}x}y^{3}$$ $$=z^{5}y^{-1}xey^{3}$$ $$=z^{2}z^{3}(xx^{-1})y^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{2}\underline{z^{3}x}x^{-1}y^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{2}ex^{-1}y^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{2}x^{-1}(x^{-1}x)y^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{2}(\underline{x^2})^{-1}xy^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{2}(e)^{-1}xy^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{2}xy^{-1}xy^{3}$$ $$=(z^{-1}z)z^{2}xy^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{-1}\underline{z^{3}x}y^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{-1}ey^{-1}xy^{3}$$ $$=z^{-1}y^{-1}xy^{3}(z^{-1}z)$$ $$=z^{-1}y^{-1}xy\underline{y^{2}z^{-1}}z$$ $$=z^{-1}y^{-1}xyez$$ $$=z^{-1}y^{-1}xyz$$

この操作は標語的に言えば「関係式を単位元だと見なす」と解釈できる。この計算例では下線のところが関係式になっており、この群において単位元 $e$ に等しい。また、たびたび登場するように、2つ目の関係式 $y^2z^{-1}=e$ から $y^2=z$ を得る。これを用いれば、計算例の3、4行目での操作はまとめて $y^2$ は $z$ への置き換えの操作として扱うことができる。$uv^{-1}$ の形の関係式を $u=v$ と書くことも多い。この書き方を用いれば,項の書き換えとして積を扱うことができる。この表記を採用すれば,この具体例は $\langle x,y,z\mid x^2,y^2=z,z^3=x^{-1}\rangle$ となる。さらに関係式 $x^2=e$ から $x=x^{-1}$ が得られ,$\langle x,y,z\mid x^2,y^2=z,z^3=x>$ と書き換えられる。

群のアーベル化,群の直積,半直積,自由積,融合積

群の表示を用いると群同士の演算も簡潔に表すことができる。ここでは $[X,Y]\colon=\{[x,y]\colon=xyx^{-1}y^{-1}\mid x\in X, y\in Y\}$ とする。(ここでは記号の衝突がないよう $X,X_1,X_2,Y$ は全て共通部分を持たないものとする。)

  • アーベル化 : $(\langle X|R\rangle)^{\rm{ab}}\cong \langle X\mid R\cup [X,X]\rangle$
  • 直積 : $\langle X_1\mid R_1\rangle\times\langle X_2\mid R_2\rangle\cong \langle X_1\cup X_2\mid R_1\cup R_2 \cup [X_1,X_2]\rangle$
  • 半直積 : $\langle X\mid R\rangle{\rtimes}_{\phi}\langle Y\mid Q\rangle\cong\langle X\cup Y\mid R\cup Q \cup \{" xy=\phi_{y}(x)y"\mid x\in X,y\in Y \} \rangle$
  • 自由積 : $\langle X_1\mid R_1\rangle\ast \langle X_2\mid R_2\rangle\cong \langle X_1\cup X_2\mid R_1\cup R_2\rangle$
  • 融合積 : $I_i \colon \langle Y\mid Q\rangle\to \langle X_i\mid R_i\rangle$ に対して $\langle X_1\mid R_1\rangle{\ast}_{\langle Y\mid Q\rangle} \langle X_2\mid R_2\rangle\cong \langle X_1\cup X_2\mid R_1\cup R_2 \cup \{I_1(y)(I_2(y))^{-1}\mid y\in Y\}\rangle=\langle X_1\cup X_2\mid R_1\cup R_2 \cup \{"I_1(y)=I_2(y)"\mid y\in Y\}\rangle$

群の表示の具体例

何度も繰り返すが表示は一意でなく、それらが同じ群を定めるかは一般には簡単でないことに注意されたい。

  • 自明群 : $\langle x\mid x\rangle$
  • $n$ 次巡回群 : $\langle x\mid x^{n}\rangle$
  • 整数 : $\langle x\mid \varnothing\rangle$
  • ランク $n$ の自由群 : $\langle x_1,\cdots x_n\mid \varnothing\rangle$
  • 位数 $2n$ の二面体群 : $\langle x,r\mid x^n,r^2,rxr^{-1}x\rangle$
  • $n$次対称群 : $\langle s_1,\cdots s_{n-1}\mid s_{i}^2 \ (0\leq i\leq n-1), s_{i}s_{j}=s_{j}s_{i} \ (1 \lt |i-j|),s_{i}s_{i+1}s_{i}=s_{i+1}s_{i}s_{i+1} \ (0\leq i,i+1\leq n-1)\rangle$
  • $n$ 次ブレイド群 : $\langle s_1,\cdots s_{n-1}\mid s_{i}s_{j}=s_{j}s_{i} \ (1 \lt |i-j| ),s_{i}s_{i+1}s_{i}=s_{i+1}s_{i}s_{i+1} \ (0\leq i,i+1\leq n-1)\rangle$
  • $\rm{PSL}(2,\mathbb{Z})$ : $\langle a,b\mid a^2,b^3\rangle$
  • 種数 $g$ の向き付け可能閉曲面基本群 : $\langle a_1,b_1\cdots a_g,b_g\mid \prod_{i=1}^{g} [a_i,b_i] \rangle$
  • 種数$g$の向き付け不可能閉曲面の基本群 : $\langle a_1,\cdots a_g\mid \prod_{i=1}^{g} a_i^{2} \rangle$
  • $(p,q)$トーラス結び目の補空間の基本群 : $\langle a,b\mid a^p=b^q\rangle$
  • 8の字結び目の補空間の基本群 : $\langle a,b\mid bab^{-1}ab=aba^{-1}ba\rangle$
  • Prüfer $p$-群 : $\langle \{x_i \mid i\in \mathbb {N}\}\mid \{x_0 \}\cup\{"x_{i+1}^p=x_i"\mid i\in \mathbb{N} \} \rangle$
  • 位数 $pq$ のFrobenius群(ただし$p>q$とする) : $\langle x,y\mid x^p,y^q,y^{-1}xy=x^{(m^{\frac{p-1}{q}})}\rangle$ただし $m$ は $(\mathbb{Z}/p\mathbb{Z})^{\times}$ の位数 $q$ の元である。
  • $\rm{SL}(2,\mathbb{Z})$ またはトーラス写像類群 : $\langle a,b\mid aba=bab,(aba)^4\rangle$ 
  • 種数 $2$ の向き付け可能閉曲面の写像類群 : $\langle \{T_{i} \mid i=1,2,3,4,5 \} \mid T_{i}T_{j}=T_{j}T_{i}(1 < \mid i-j\mid ),T_{i}T_{i+1}T_{i}=T_{i+1}T_{i}T_{i+1}\ (0\leq i,i+1\leq 5),(T_1T_2T_3T_4T_5)^{6},{\iota}^2,[T_1,\iota]\rangle$ (ただし $\iota\colon=T_1T_2T_3T_4T_5T_5T_4T_3T_2T_1$ である。これは超楕円対合である。)

関連項目

  1. 厳密に上の定義にのっとると$\langle \{x,y,z\}\mid \{(x,x),(y,y,z^{-1}),(z,z,z,x)\}\rangle$と書くべきであるが、"$\langle$","$\rangle$"内の中括弧は省略されることが多く、語も通常の積のように表すのが一般的である。この例でもそれにならう。