利用者:たけのこ赤軍/sandbox
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Hopf代数 (Hopf algebra) とは、対蹠射 (antipode) もしくは余逆元と呼ばれる特別な射を備えた双代数である。
以後、特に断らない限り $\bbK$ は標数 $0$ の体、$H$ は $\bbK$ ベクトル空間であるとし、$\bbK$ 上のテンソル積を単に $\otimes$ と書く。また、$\bbK$ ベクトル空間とその間の $\bbK$ 線形写像のなす圏を $\Vect_{\bbK}$ と書く。
定義
定義 1 ($\bbK$ 代数)
ふたつの $\bbK$ 線形写像 $\nabla\colon H\otimes H\to H,~\eta\colon\bbK\to H$ が与えられているとき、組 $(H,\nabla,\eta)$ が $\bbK$ 代数 ($\bbK$-algebra) であるとは、以下の図式が可換であることをいう:
- 結合律:
\[\xymatrix{ H\otimes H\otimes H \ar[r]^-{\nabla\otimes\id} \ar[d]_-{\id\otimes\nabla} & H\otimes H \ar[d]^-{\nabla}\\ H\otimes H \ar[r]_-{\nabla} & H }\]
- 単位律:
\[\xymatrix{\ {} & H\otimes H \ar[d]^-{\nabla} & {}\\ \bbK\otimes H \ar[ru]^-{\eta\otimes\id} \ar[r] & H & H\otimes \bbK\ar[lu]_-{\id\otimes\eta} \ar[l] }\] ここで単位律の底辺にある $\bbK\otimes H\to H$ と $H\otimes\bbK\to H$ は標準的な同型である。$\nabla$ を積 (product)、$\eta$ を単位射 (unit) という。文脈から判断のつく場合、しばしば積や単位射を省略して「$\bbK$ 代数 $H$」などという。
- 以上二つの図式に加えて、$a,b\in H$ に対し $\tau_{H}(a\otimes b)=b\otimes a$ とすることで定まる $H\otimes H$ の $\bbK$ 線形変換 $\tau_{H}$ を用いた図式 (可換律)
\[\xymatrix{ H\otimes H \ar[rd]_-{\nabla} \ar[r]^-{\tau_{H}} & H\otimes H \ar[d]^-{\nabla}\\ {} & H }\] も可換になるとき、$\bbK$ 代数 $H$ は可換 (commutative) であるという。
- $a,b\in H$ に対し $\nabla(a\otimes b)$ を $ab$ と書いて $H$ に定まった乗法のように思うと $\eta(1)$ はその単位元になり、したがって $\bbK$ 代数は$\bbK$ 上の多元環であると思うことができる。$H$ の可逆元 (invertible element) とは環として見たときの可逆元のこと、即ち $y\in H$ が存在して $\mu(x\otimes y)=\mu(y\otimes x)=\eta(1)$ となるような $x\in H$ のことである。
- $\bbK$ 代数 $H$ はその構造から環であると思えるが、$H$ が有限生成 (finitely generated) であるというのは環として有限生成であることを意味する。
- ふたつの $\bbK$ 代数 $(H_{1},\nabla_{1},\eta_{1}),(H_{2},\nabla_{2},\eta_{2})$ に対し、$\bbK$ 線形写像 $f\colon H_{1}\to H_{2}$ が $\bbK$ 代数の射 (morphism) もしくは準同型 (homomorphism) であるとは、それぞれの積および単位射との整合性があること、即ち図式
\[\xymatrix{ H_{1}\otimes H_{1} \ar[r]^-{\nabla_{1}} \ar[d]_-{f\otimes f} & H_{1} \ar[d]^-{f}\\ H_{2}\otimes H_{2} \ar[r]_-{\nabla_{2}} & H_{2} }\qquad\xymatrix{ \bbK \ar[r]^-{\eta_{1}} \ar[rd]_-{\eta_{2}} & H_{1} \ar[d]^-{f}\\ {} & H_{2} }\] が可換になることをいう。また、同様の状況下で一つ目の図式の代わりに \[\xymatrix{ H_{1}\otimes H_{1} \ar[rr]^-{\nabla_{1}} \ar[d]_-{f\otimes f} && H_{1} \ar[d]^-{f}\\ H_{2}\otimes H_{2} \ar[r]_-{\tau_{H_{2}}} & H_{2}\otimes H_{2} \ar[r]_-{\nabla_{2}} & H_{2} }\] が可換になるとき $f$ を $\bbK$ 代数の反準同型 (anti-homomorphism) という。
- $\bbK$ は明らかに $\bbK$ 代数である (積は体としての積構造を持ってきて、単位射を恒等写像にすればよい)。
- $\bbK$ 代数のなす圏 (射は $\bbK$ 代数の準同型) をしばしば $\Alg_{\bbK}$ と書く。
命題 2
$\bbK$ 代数 $(H,\nabla,\eta)$ に対し、$H\otimes H$ には $\bbK$ 代数の構造が入る。
証明
$H\otimes H$ の積を $(\nabla\otimes\nabla)\circ(\id\otimes\tau_{H}\otimes\id)$ と定め、単位射を $\eta\otimes\eta$ と定めるとよい。
□定義 3 ($\bbK$ 余代数)
ふたつの線形写像 $\Delta\colon H\to H\otimes H,~\epsilon\colon H\to\bbK$ が与えられているとき、組 $(H,\Delta,\epsilon)$ が $\bbK$ 余代数 ($\bbK$-coalgebra) であるとは、以下の図式が可換であることをいう:
- 余結合律:
\[\xymatrix{ H\otimes H\otimes H & H\otimes H \ar[l]_-{\Delta\otimes\id}\\ H\otimes H \ar[u]^-{\id\otimes\Delta} & H \ar[l]^-{\Delta} \ar[u]_-{\Delta} }\]
- 余単位律:
\[\xymatrix{\ {} & H\otimes H \ar[ld]_-{\epsilon\otimes\id} \ar[rd]^-{\id\otimes\epsilon} & {}\\ \bbK\otimes H & H \ar[u]_-{\Delta} \ar[l] \ar[r] & H\otimes\bbK }\] ここで余単位律の底辺にあるのは標準的な同型である。$\Delta$ を余積 (coproduct)、$\epsilon$ を余単位射 (counit) という。代数のときと同様、余積や余単位射の情報を落として台集合の記号 $H$ を $\bbK$ 余代数ということがある。
- $H$ が $\bbK$ 余代数であって、図式 (余可換律)
\[\xymatrix{ H\otimes H & H\otimes H \ar[l]_-{\tau_{H}}\\ {} & H \ar[lu]^-{\Delta} \ar[u]_-{\Delta} }\] が可換になるとき $H$ を余可換 (cocommutative) であるという ($\tau_{H}$ は代数の可換律で用いたものと同様)。
- ふたつの $\bbK$ 余代数 $(H_{1},\Delta_{1},\epsilon_{1}),(H_{2},\Delta_{2},\epsilon_{2})$ と $\bbK$ 線形写像 $f\colon H_{1}\to H_{2}$ に対し、$f$ が $\bbK$ 余代数の射もしくは準同型であるとは
\[\xymatrix{ H_{1}\otimes H_{1} \ar[d]_-{f\otimes f} & H_{1} \ar[d]^-{f} \ar[l]_-{\Delta_{1}}\\ H_{2}\otimes H_{2} & H_{2} \ar[l]^-{\Delta_{2}} }\qquad\xymatrix{ \bbK & H_{1} \ar[d]^-{f} \ar[l]_-{\epsilon_{1}}\\ {} & H_{2} \ar[lu]^-{\epsilon_{2}} }\] というふたつの図式が可換になることをいう。また、同様の状況下で一つ目の図式の代わりに \[\xymatrix{ H_{1}\otimes H_{1} \ar[rr]^-{\nabla_{1}} \ar[d]_-{f\otimes f} && H_{1} \ar[d]^-{f}\\ H_{2}\otimes H_{2} \ar[r]_-{\tau_{H_{2}}} & H_{2}\otimes H_{2} \ar[r]_-{\nabla_{2}} & H_{2} }\] が可換になるとき $f$ を $\bbK$ 余代数の反準同型という。
- $\bbK$ は明らかに $\bbK$ 余代数である (余積を $a\mapsto a(1\otimes 1)$ とし、余単位射を恒等写像にすればよい)。
- 余積をテンソルとして表示して議論したいとき、記号が煩雑になるのを避けるため $x\in H$ に対し $\Delta(x)=\sum x_{(1)}\otimes x_{(2)}$ のように書いたり、あるいは和の記号も省略して $\Delta(x)=x_{(1)}\otimes x_{(2)}$ と略記することがある。これはしばしばSweedlerの記法といわれる。これを用いて余結合律と余単位律を書きなおすとそれぞれ \[x_{(1)(1)}\otimes x_{(1)(2)}\otimes x_{(2)}=x_{(1)}\otimes x_{(2)(1)}\otimes x_{(2)(2)},\qquad x_{(1)}\epsilon(x_{(2)})=x=\epsilon(x_{(1)})x_{(2)}\] のようになる。
命題 4
$\bbK$ 余代数 $(H,\Delta,\epsilon)$ に対し、$H\otimes H$ には $\bbK$ 余代数の構造が入る。
証明
$H\otimes H$ の余積を $(\id\otimes\tau_{H}\otimes\id)\circ(\Delta\otimes\Delta)$ と定め、余単位射を $\epsilon\otimes\epsilon$ と定めるとよい。
□$\bbK$ ベクトル空間 $H$ の双対空間 $H^{\vee}$ を $\bbK$ 線形写像 $H\to\bbK$ 全体の集合として定義する (これには自然に $\bbK$ ベクトル空間としての構造が入る)。また $\underbrace{H\otimes\cdots\otimes H}_{m}$ を $H^{\otimes m}$ と書く。
補題 5
$H$ が有限次元ならば任意の正整数 $m$ に対し $(H^{\vee})^{\otimes m}\simeq (H^{\otimes m})^{\vee}$ である。
証明
$H$ の基底 $(h_{1},\ldots,h_{n})$ をひとつ固定し、正整数 $m$ と $i_{1},\ldots,i_{m}\in\{1,\ldots,n\}$ に対し $h_{i_{1}}\otimes\cdots\otimes h_{i_{m}}$ の双対基底を $\phi_{i_{1},\ldots,i_{m}}$ と書くことにする (これはもちろん $(H^{\vee})^{\otimes m}$ の元である)。このとき $\bbK$ 線形写像 $F_{m}\colon(H^{\vee})^{\otimes m}\to (H^{\otimes m})^{\vee}$ を $\phi_{i_{1}}\otimes\cdots\otimes\phi_{i_{m}}\mapsto\phi_{i_{1},\ldots,i_{m}}$ から定めると、これが全単射になることが定義よりわかる。
□以後、この補題の同型写像 $F_{m}$ を略記する: たとえば $f,g\in H^{\vee}$ に対し $f\otimes g$ の引数として断りなく $H\otimes H$ の元をとったりする。
命題 6
$H$ を $\bbK$ ベクトル空間とする。このとき
- 組 $(H,\nabla,\eta)$ が $\bbK$ 代数のとき、$H$ が有限次元ならば $H^{\vee}$ には $\bbK$ 余代数の構造が入る。
- 組 $(H,\Delta,\epsilon)$ が $\bbK$ 余代数のとき $H^{\vee}$ には $\bbK$ 代数の構造が入る。
証明
1. において、各 $f\in H^{\vee}$ に対し $\Delta^{\vee}(f)=f\circ\nabla,~\epsilon^{\vee}(f)=f(\eta(1))$ と定め、これらがそれぞれ余積と余単位射になっていることをいえばよい。
1. の余結合律を示す。任意に $f\in H^{\vee}$ をとり、$f\circ\nabla=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}\phi_{i,j}$ と書く。このとき $L(f)=(\Delta^{\vee}\otimes\id)(\Delta^{\vee}(f))$ とおくとこれは $(H^{\vee})^{\otimes 3}$ の元であるが、任意に $x=\sum_{p,q,r=1}^{n}a_{p,q,r}(h_{i}\otimes h_{j}\otimes h_{k})\in H^{\otimes 3}$ をとると
\begin{align}
L(f)(x)
&=\sum_{p,q,r=1}^{n}a_{p,q,r}(\Delta^{\vee}\otimes\id)(f\circ\nabla)(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=\sum_{i,j,p,q,r=1}^{n}a_{p,q,r}c^{(f)}_{i,j}(\Delta^{\vee}(\phi_{i})\otimes\phi_{j})(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=\sum_{i,j,p,q,r,k,l=1}^{n}a_{p,q,r}c^{(f)}_{i,j}c^{(\phi_{i})}_{k,l}\phi_{k,l,j}(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=\sum_{i,p,q,r=1}^{n}a_{p,q,r}c^{(f)}_{i,r}c^{(\phi_{i})}_{p,q}
\end{align}
を得る。一方で
\begin{align}
(f\circ\nabla\circ(\nabla\otimes\id))(x)
&=\sum_{i,s=1}^{n} c^{(f)}_{i,s}\phi_{i,s}((\nabla\otimes\id)(x))\\
&=\sum_{i,p,q,r,s=1}^{n} c^{(f)}_{i,s}a_{p,q,r}\phi_{i,s}(\nabla(h_{p}\otimes h_{q})\otimes h_{r})\\
&=\sum_{i,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{i,r}a_{p,q,r}\phi_{i,r}(\nabla(h_{p}\otimes h_{q})\otimes h_{r})
\end{align}
であるが、$\nabla(h_{p}\otimes h_{q})=\sum_{u=1}^{n}d_{p,q,u}h_{u}$ と書いておくと定義より
\[\phi_{i,r}(\nabla(h_{p}\otimes h_{q})\otimes h_{r})=\sum_{u=1}^{n}d_{p,q,u}\phi_{i,r}(h_{u}\otimes h_{r})=d_{p,q,i}\]
となるから
\[(f\circ\nabla\circ(\nabla\otimes\id))(x)=\sum_{i,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{i,r}a_{p,q,r}d_{p,q,i}\]
を得る。ここで任意にとった $H^{\otimes 2}$ の元 $y=\sum_{p,q=1}^{n}g_{p,q}(h_{p}\otimes h_{q})$ に対し
\[\left(\sum_{p,q=1}^{n}d_{p,q,u}\phi_{p,q}\right)(y)=\sum_{p,q=1}^{n}\phi_{u}(\nabla(h_{p}\otimes h_{q}))g_{p,q}=\phi_{u}(\nabla(y))\]
となるから $d_{p,q,u}=c^{(\phi_{u})}_{p,q}$ がいえた。したがって $f\circ\nabla\circ(\nabla\otimes\id)=L(f)$ となり、積 $\nabla$ の結合則を用いることで $L(f)=f\circ\nabla\circ(\id\otimes\nabla)$ もわかる。このとき再び任意にとった $x\in H^{\otimes 3}$ に対し (上と同じ記号を用いる)
\begin{align}
(f\circ\nabla\circ(\id\otimes\nabla))(x)
&=\sum_{i,j=1}^{n} c^{(f)}_{i,j}\phi_{i,j}((\id\otimes\nabla)(x))\\
&=\sum_{i,j,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{i,j}a_{p,q,r}\phi_{i,j}(h_{p}\otimes \nabla(h_{q}\otimes h_{r}))\\
&=\sum_{j,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{p,j}a_{p,q,r}\phi_{p,j}(h_{p}\otimes \nabla(h_{q}\otimes h_{r}))\\
&=\sum_{j,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{p,j}a_{p,q,r}\sum_{u=1}^{n}d_{q,r,u}\phi_{p,j}(h_{p}\otimes h_{u})\\
&=\sum_{j,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{p,j}a_{p,q,r}d_{q,r,j}\\
&=\sum_{j,p,q,r=1}^{n} c^{(f)}_{p,j}a_{p,q,r}c^{(\phi_{j})}_{q,r}\\
&=\sum_{i,j,p,q,r,k,l=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}a_{p,q,r}c^{(\phi_{j})}_{k,l}(\phi_{i}\otimes\phi_{k}\otimes\phi_{l})(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=\sum_{i,j,p,q,r=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}a_{p,q,r}(\phi_{i}\otimes\Delta^{\vee}(\phi_{j}))(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=\sum_{i,j,p,q,r=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}a_{p,q,r}((\id\otimes\Delta^{\vee})(\phi_{i})\otimes\phi_{j}))(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=\sum_{p,q,r=1}^{n}a_{p,q,r}((\id\otimes\Delta^{\vee})(f\circ\nabla))(h_{p}\otimes h_{q}\otimes h_{r})\\
&=((\id\otimes\Delta^{\vee})(\Delta^{\vee}(f)))(x)
\end{align}
を得る。以上のことから $\Delta^{\vee}$ の余結合律が得られた。
1. の余単位律を (余結合律の証明と同じ記号を用いて) 示す: 任意に $i\in\{1,\ldots,n\}$ をとると単位律によって任意の $z=\sum_{j=1}^{n}g_{j}h_{j}$ に対し
\begin{align}
\eta(1)g_{i}
&=\phi_{i}\left(\sum_{j=1}^{n}\eta(1)g_{j}h_{j}\right)\\
&=(\phi_{i}\circ\nabla\circ(\eta\otimes\id))(1\otimes y)\\
&=\sum_{p,q=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}(\phi_{p,q})(\eta(1)\otimes y)\\
&=\sum_{p,q=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}\phi_{p}(\eta(1))\phi_{q}(y)
\end{align}
を得る。これは標準的な線形同型写像 $\bbK\otimes H^{\vee}\to H^{\vee}$ による $\sum_{p,q=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}\phi_{p}(\eta(1))\otimes\phi_{q}$ の像による $y$ の像である。一方で
\begin{align}
(\epsilon^{\vee}\otimes\id)(\Delta^{\vee}(\phi_{i}))
&=\sum_{p,q=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}(\epsilon^{\vee}\otimes\id)(\phi_{p}\otimes\phi_{q})\\
&=\sum_{p,q=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}\phi_{p}(\eta(1))\otimes\phi_{q}
\end{align}
であるから余単位律を表す可換図式の左半分がいえた。右半分も全く同様にできる。
2. では、$f,g\in H^{\vee},a\in\bbK$ に対し積と単位射をそれぞれ $\nabla^{\vee}(f\otimes g)=(f\otimes g)\circ\Delta,~\eta^{\vee}(a)=a\epsilon$ と定めて所定の条件を証明すればよい。
2. の結合律を示す。Sweedlerの記法を使うと、$f,g\in H^{\vee}$ と $x\in H$ に対し
\[\nabla^{\vee}(f\otimes g)(x)=(f\otimes g)(\Delta(x))=f(x_{(1)})g(x_{(2)})\]
が成り立つから、任意に $f_{1},f_{2},f_{3}\in H^{\vee}$ と $x\in H$ をとると
\begin{align}
\nabla^{\vee}((\nabla^{\vee}\otimes\id)(f_{1}\otimes f_{2}\otimes f_{3}))(x)
&=\nabla^{\vee}(f_{1}\otimes f_{2})(x_{(1)})f_{3}(x_{(2)})\\
&=f_{1}(x_{(1)(1)})f_{2}(x_{(1)(2)})f_{3}(x_{(2)})\\
&=f_{1}(x_{(1)})f_{2}(x_{(2)(1)})f_{3}(x_{(2)(2)})\\
&=f_{1}(x_{(1)})\nabla^{\vee}(f_{2}\otimes f_{3})(x_{(2)})\\
&=\nabla^{\vee}((\id\otimes\nabla^{\vee})(f_{1}\otimes f_{2}\otimes f_{3}))(x)
\end{align}
を得る。ここで三つ目の等号に $H$ の余結合性を使った。
2. の単位律を示す。任意に $f\in H^{\vee}$ と $a\in\bbK$ をとると
\[\nabla^{\vee}(\eta^{\vee}(a)\otimes f)=a\nabla^{\vee}(\epsilon\otimes f)=aF_{2}(\epsilon\otimes f)\circ\Delta\]
であるが、ここで任意に $x\in H$ をとると $H$ の余単位律によって $\epsilon(x_{(1)})x_{(2)}=x$ であるから
\[\nabla^{\vee}(\eta^{\vee}(a)\otimes f)(x)=a\epsilon(x_{(1)})f(x_{(2)})=af(\epsilon(x_{(1)})x_{(2)})=af(x)\]
となって結論を得る。右半分の図式も同様にできる。
定義 7 (双代数)
組 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon)$ が $\bbK$ 双代数 ($\bbK$-bialgebra) であるとは、$(H,\nabla,\eta)$ が $\bbK$ 代数、$(H,\Delta,\epsilon)$ が $\bbK$ 余代数になっていて、さらに以下四つの整合性を表す図式
- 積と余積の整合性: \[\xymatrix{ & H \ar[rd]^-{\Delta} & \\ H\otimes H \ar[ru]^-{\nabla} \ar[d]_-{\Delta\otimes\Delta} && H\otimes H \\ H\otimes H\otimes H\otimes H \ar[rr]_-{\id\otimes\tau_{H}\otimes\id} && H\otimes H\otimes H\otimes H \ar[u]_-{\nabla\otimes\nabla} }\]
- 単位射と余単位射の整合性: \[\xymatrix{ \bbK \ar[r]^-{\eta} \ar[rd]_-{\id} & H \ar[d]^-{\epsilon}\\ {} & \bbK }\]
- 積と余単位射の整合性: \[\xymatrix{ H\otimes H \ar[r]^-{\nabla} \ar[d]_-{\epsilon\otimes\epsilon} & H \ar[d]^-{\epsilon}\\ \bbK\otimes\bbK \ar[r] & \bbK }\]
- 余積と単位射の整合性: \[\xymatrix{ H\otimes H & H \ar[l]_-{\Delta}\\ \bbK\otimes\bbK \ar[u]^-{\eta\otimes\eta} & \bbK \ar[u]_-{\eta} \ar[l] }\]
が可換になることをいう。ここで後半ふたつの図式の底辺は標準的な同型である。$\bbK$-双代数が可換、余可換であるとはそれぞれ $\bbK$ 代数、$\bbK$ 余代数として可換/余可換であることをいう。
- これらの図式はそれぞれ余積 $\Delta$ と余単位射 $\epsilon$ が $\bbK$ 代数の射、あるいは同値なことであるが積 $\Delta$ と単位射 $\eta$ が $\bbK$ 余代数の射であるということに他ならない。
- 文献によっては $\epsilon$ の存在および二つ目、三つ目の図式を仮定することなく双代数とし、それらがある場合を別途余単位的双代数と呼ぶ場合がある。本記事では常に余単位性を仮定するものとする。
- 双代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon)$ が与えられたとき、$x\in H$ が群的元 (group-like element) もしくは対角元 (diagonal element) であるとは $\Delta(x)=x\otimes x$ を満たすことをいい、$x$ が原始元 (primitive element) であるとは $\Delta(x)=1\otimes x+x\otimes 1$ を満たすことをいう。
- 双代数の射とは、代数の射であり余代数の射でもあるようなものである。
補題 8
双代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon)$ に対し $\bbK$ ベクトル空間の直和分解 $H=\bbK\cdot\eta(1)\oplus\Ker(\epsilon)$ が成り立つ。
証明
任意の $x\in H$ は $x=\eta(\ep(x))+x-\eta(\ep(x))$ という表示を持つが、余単位性により $\ep(\eta(\ep(x)))=\ep(x)$ となるから $x-\eta(\ep(x))\in\Ker(\ep)$ であり、$\eta(\ep(x))\in\bbK\cdot\eta(1)$ は明らかである。直和になっていることは $a\in\bbK$ に対して $\ep(\eta(a))=a$ であることことよりわかる。
□命題 9
$\bbK$ 双代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon)$ に対し、$H$ が $\bbK$ ベクトル空間として有限次元ならば $H^{\vee}$ には双代数の構造が入る。
証明
準備された $H$ の双代数構造を用いて $f,g\in H^{\vee},a\in\bbK$ に対し
\[\Delta^{\vee}(f)=f\circ\nabla,\qquad\epsilon^{\vee}(f)=f(\eta(1)),\qquad\nabla^{\vee}(f\otimes g)=(f\otimes g)\circ\Delta,\qquad\eta^{\vee}(a)=a\epsilon\]
と定めることで $(H^{\vee},\nabla^{\vee},\eta^{\vee})$ が $\bbK$ 代数、$(H^{\vee},\Delta^{\vee},\epsilon^{\vee})$ が $\bbK$ 余代数になることを命題 6で見た。以後、$(H^{\vee},\nabla^{\vee},\eta^{\vee},\Delta^{\vee},\epsilon^{\vee})$ が $\bbK$ 双代数になっていることを示す。
積と余積の整合性を示す。さて $i,j\in\{1,\ldots,n\}$ を任意にとると
\begin{align}
&((\nabla^{\vee}\otimes\nabla^{\vee})\circ(\id\otimes\tau_{H^{\vee}}\otimes\id)\circ(\Delta^{\vee}\otimes\Delta^{\vee}))(\phi_{i}\otimes\phi_{j})\\
&=((\nabla^{\vee}\otimes\nabla^{\vee})\circ(\id\otimes\tau_{H^{\vee}}\otimes\id))((\phi_{i}\circ\nabla)\otimes (\phi_{j}\circ\nabla))\\
&=\sum_{p,q,k,l=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}c^{(\phi_{j})}_{k,l}((\nabla^{\vee}\otimes\nabla^{\vee})\circ(\id\otimes\tau_{H^{\vee}}\otimes\id))(\phi_{p}\otimes\phi_{q}\otimes\phi_{k}\otimes\phi_{l})\\
&=\sum_{p,q,k,l=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}c^{(\phi_{j})}_{k,l}(\nabla^{\vee}\otimes\nabla^{\vee})(\phi_{p}\otimes\phi_{k}\otimes\phi_{q}\otimes\phi_{l})\\
&=\sum_{p,q,k,l=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}c^{(\phi_{j})}_{k,l}((\phi_{p}\otimes\phi_{k})\circ\Delta)\otimes((\phi_{q}\otimes\phi_{l})\circ\Delta)\\
&=\sum_{p,q,k,l=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}c^{(\phi_{j})}_{k,l}(\phi_{p,k}\circ\Delta)\otimes(\phi_{q,l}\circ\Delta)\\
\end{align}
である。$x,y\in H$ を任意にとると、最右辺による $x\otimes y$ の像は
\begin{align}
\sum_{p,q,k,l=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{i,j}c^{(\phi_{j})}_{k,l}g_{u,v}\phi_{p,k}(x_{(1)}\otimes x_{(2)})\phi_{q,l}(y_{(1)}\otimes y_{(2)})
&=\sum_{p,q,k,l=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{i,j}c^{(\phi_{j})}_{k,l}g_{u,v}\phi_{p}(x_{(1)})\phi_{k}(x_{(2)})\phi_{q}(y_{(1)})\phi_{l}(y_{(2)})
\end{align}
のように書ける。一方で、
\begin{align}
(\Delta^{\vee}\circ\nabla^{\vee})(\phi_{i}\otimes\phi_{j})
&=\Delta^{\vee}((\phi_{i}\otimes\phi_{j})\circ\Delta)\\
&=(\phi_{i}\otimes\phi_{j})\circ\Delta\circ\nabla\\
&=\phi_{i,j}\circ(\nabla\otimes\nabla)\circ(\id\otimes\tau_{H}\otimes\id)\circ(\Delta\otimes\Delta)
\end{align}
である (三つ目の等号に $H$ における積と余積の整合性を使った) が、これによる $x\otimes y$ の像は
\begin{align}
(\phi_{i,j}\circ(\nabla\otimes\nabla)\circ(\id\otimes\tau_{H}\otimes\id)\circ(\Delta\otimes\Delta))(x\otimes y)
&=\sum_{u,v=1}^{n}g_{u,v}(\phi_{i,j}\circ(\nabla\otimes\nabla)\circ(\id\otimes\tau_{H}\otimes\id))(x_{(1)}\otimes x_{(2)}\otimes y_{(1)}\otimes y_{(2)})\\
&=\sum_{u,v=1}^{n}g_{u,v}(\phi_{i,j}\circ(\nabla\otimes\nabla))(x_{(1)}\otimes y_{(1)}\otimes x_{(2)}\otimes y_{(2)})\\
&=\sum_{u,v=1}^{n}g_{u,v}\phi_{i,j}(\nabla(x_{(1)}\otimes y_{(1)})\otimes\nabla(x_{(2)}\otimes y_{(2)}))\\
&=\sum_{u,v=1}^{n}g_{u,v}\phi_{i}(\nabla(x_{(1)}\otimes y_{(1)})\phi_{j}(\nabla(x_{(2)}\otimes y_{(2)})))\\
&=\sum_{u,v=1}^{n}g_{u,v}\sum_{p,q=1}^{n}c^{(\phi_{i})}_{p,q}\phi_{p,q}(x_{(1)}\otimes y_{(1)})\sum_{k,l=1}^{n}c^{(\phi_{j})}_{k,l}\phi_{k,l}(x_{(2)}\otimes y_{(2)})\\
&=\sum_{u,v,p,q,k,l=1}^{n}g_{u,v}c^{(\phi_{i})}_{p,q}c^{(\phi_{j})}_{k,l}\phi_{p}(x_{(1)})\phi_{q}(y_{(1)})\phi_{k}(x_{x(2)})\phi_{l}(y_{(2)})
\end{align}
となり、右辺の和の中身はすべて $\bbK$ の元であるから自由に入れ替えてよい。したがって $\Delta^{\vee}\circ\nabla^{\vee}=(\nabla^{\vee}\otimes\nabla^{\vee})\circ(\id\otimes\tau_{H^{\vee}}\otimes\id)\circ(\Delta^{\vee}\otimes\Delta^{\vee})$ がいえた。
単位射と余単位射の整合性を示す。任意に $a\in\bbK$ をとると $(\epsilon^{\vee}\circ\eta^{\vee})(a)=\epsilon^{\vee}(a\epsilon)=a\epsilon(\eta(1))$ であるが、$H$ が双代数であることからくる整合性 $\epsilon\circ\eta=\id$ を用いることでこれは $a$ に等しくなる。
積と余単位射の整合性を示す。任意に $f,g\in H^{\vee}$ をとると
\begin{align}
(\epsilon^{\vee}\circ\nabla^{\vee})(f\otimes g)
&=\epsilon^{\vee}((f\otimes g)\circ\Delta)\\
&=((f\otimes g)\circ\Delta)(\eta(1))\\
&=(f\otimes g)(\eta(1)_{(1)}\otimes\eta(1)_{(2)})
\end{align}
となるが、$H$ における余積と単位射の整合性によって (該当の図式を $1$ から始めることで) $\eta(1)_{(1)}\otimes\eta(1)_{(2)}=\eta(1)\otimes\eta(1)$が得られる。したがって $(\epsilon^{\vee}\circ\nabla^{\vee})(f\otimes g)$ は標準的な同型 $\bbK\otimes\bbK\to\bbK$ による $(\epsilon^{\vee}\otimes\epsilon^{\vee})(f\otimes g)$ の行き先に等しい。
余積と単位射の整合性を示す。任意に $a\in\bbK$ をとると
\[(\Delta^{\vee}\circ\eta^{\vee})(a)=\Delta^{\vee}(a\epsilon)=a(\epsilon\circ\nabla)\]
となるが、標準的な同型 $\bbK\to\bbK\otimes\bbK$ による $a$ の像を $\eta^{\vee}\otimes\eta^{\vee}$ で送ると $a\eta^{\vee}(1)\otimes\eta^{\vee}(1)=a(\epsilon\otimes\epsilon)$ となる。一方 $H$ における積と余単位射の整合性によって $\epsilon\otimes\epsilon=\epsilon\circ\nabla$ であるから結論を得る。
命題 10
余積と余単位射を備えた $\bbK$ 代数 $H$ に対し、左 $H$ 加群の圏が $\mathsf{Vect}(\bbK)$ の結合則および単位則によってモノイダル圏になることと $H$ が双代数になることは同値である。
証明
正確な主張及び証明はモノイダル圏の記事における同項目を参照。
□定義 11 (Hopf代数)
組 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S)$ が $\bbK$ 上のHopf代数 (Hopf $\bbK$-algebra) であるとは、$(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon)$ が $\bbK$ 双代数であって、$S$ は $H$ の線形変換であり \[\xymatrix{ & H\otimes H \ar[rr]^-{S\otimes\id} && H\otimes H \ar[rd]^-{\nabla} &\\ H \ar[ru]^-{\Delta} \ar[rr]^-{\epsilon} \ar[rd]_-{\Delta} && \bbK \ar[rr]^-{\eta} && H\\ & H\otimes H \ar[rr]_-{\id\otimes S} && H\otimes H \ar[ru]_-{\nabla} & }\] が可換になることをいう。$S$ は対蹠射や余逆元 (antipode) と呼ばれる。
- Hopf代数の可換性、余可換性は双代数としての性質に準ずる。また、$\bbK$ 代数として有限生成なとき単にHopf代数を有限生成であるという。
- Hopf代数 $H$ の群的元や原始元とは $H$ を双代数として見たときそうなる元のことである。
- Hopf代数[1] $(H,S),(H',S')$ の射とは、双代数の射 $f\colon H\to H'$ であって $f\circ S=S'\circ f$ を満たすものである。
- $\bbK$ 上のHopf代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S)$ が次数付けを持つ (having grading)、あるいは次数付き (graded) であるとは $H$ が線形空間として直和分解 $H=\bigoplus_{n\in\bbZ}H_{n}$ を持ち、任意の $i,j,n\in\bbZ$ に対し \[\Delta(H_{n})\subseteq\bigoplus_{a+b=n} H_{a}\otimes H_{b},\qquad\nabla(H_{i}\otimes H_{j})\subseteq H_{i+j},\qquad S(H_{n})\subseteq H_{n}\] を満たすことをいう。$H_{n}$ の元は次数 $n$ であるという。負の次数をもつ元が $0$ のみであり $H_{0}=\bbK$ を満たすとき $H$ は連結 (connected) であるという。
定理 12 (Larson-Sweedler1Proposition 2)
$\bbK$ 上のHopf代数 $H$ (の下部ベクトル空間) が有限次元ならば対蹠射は全単射である。
命題 13
Hopf代数の対蹠射は常に $\bbK$ 代数の反準同型であり、$\bbK$ 余代数の反準同型でもある。
証明
$\nabla$ を通常の積のように書くことにする: $\nabla(x\otimes y)$ を単に $xy$ と書く ($\nabla$ から誘導される $H\otimes H$ の積も同様に $(x\otimes y)(w\otimes v)=(xw\otimes yv)$ のように書く)。このとき $\eta(1)$ は $H$ における単位元 $1$ だからしばしば省略される。この記法 (およびSweedlerの記法) を用いると対蹠射の満たすべき条件は $S(x_{(1)})x_{(2)}=\epsilon(x)=x_{(1)}S(x_{(2)})$ ($x\in H$) と書ける。また、このとき $1=\eta(1)$ は $\Delta(1)=1\otimes 1$ を満たすことに注意する。$x,y\in H$ を任意にとると \begin{eqnarray} S(xy) &\stackrel{\text{余単位律}}{=}& S(x_{(1)}y)\epsilon(x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}& S(x_{(1)}y)x_{(2)(1)}S(x_{(2)(2)})\\ &\stackrel{\text{余単位律}}{=}& S(x_{(1)}y_{(1)})\epsilon(y_{(2)})x_{(2)(1)}S(x_{(2)(2)})\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}& S(x_{(1)}y_{(1)})x_{(2)(1)}y_{(2)(1)}S(y_{(2)(2)})S(x_{(2)(2)})\\ &\stackrel{\text{余結合性}}{=}& S(x_{(1)(1)}y_{(1)(1)})x_{(1)(2)}y_{(1)(2)}S(y_{(2)})S(x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{積と余積の整合性}}{=}& S((x_{(1)}y_{(1)})_{(1)})(x_{(1)}y_{(1)})_{(2)}S(y_{(2)})S(x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=} & \epsilon(x_{(1)}y_{(1)})S(y_{(2)})S(x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{積と余単位射の整合性}}{=} & \epsilon(y_{(1)})S(y_{(2)})\epsilon(x_{(1)})S(x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}& S(y)S(x) \end{eqnarray} となる。$S(\eta(a))=aS(1)=aS(1)1=a\epsilon(1)=a$ も簡単にわかる (三つ目の等号は対蹠射の公理と $1\otimes 1=\Delta(1)$ から、四つ目は単位射と余単位射の整合性から)。余積に関する主張についても \begin{eqnarray} \Delta(S(x)) &\stackrel{\text{余単位律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)}\epsilon(x_{(2)})))(1\otimes 1)\\ &=& \Delta(S(x_{(1)}))(\epsilon(x_{(2)})\otimes 1)\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}& \Delta(S(x_{(1)}))(x_{(2)(1)}S(x_{(2)(2)})\otimes 1)\\ &\stackrel{\text{余単位律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)}))(x_{(2)(1)}\epsilon(x_{(2)(2)(1)})S(x_{(2)(2)(2)})\otimes 1)\\ &\stackrel{\text{余単位律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)}))(x_{(2)(1)}S(x_{(2)(2)(2)})\otimes x_{(2)(2)(1)(1)}S(x_{(2)(2)(1)(2)}))\\ &\stackrel{\text{余結合律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)(1)}))(x_{(1)(2)}S(x_{(2)(2)})\otimes x_{(2)(1)(1)}S(x_{(2)(1)(2)}))\\ &\stackrel{\text{余結合律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)(1)}))(x_{(1)(2)}S(x_{(2)(2)(2)})\otimes x_{(2)(1)}S(x_{(2)(2)(1)}))\\ &\stackrel{\text{余結合律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)(1)(1)}))(x_{(1)(1)(2)}S(x_{(2)(2)})\otimes x_{(1)(2)}S(x_{(2)(1)}))\\ &\stackrel{\text{余結合律}}{=}& \Delta(S(x_{(1)(1)}))(x_{(1)(2)(1)}S(x_{(2)(2)})\otimes x_{(1)(2)(2)}S(x_{(2)(1)}))\\ &=& \Delta(S(x_{(1)(1)}))\Delta(x_{(1)(2)})(S(x_{(2)(2)})\otimes S(x_{(2)(1)}))\\ &\stackrel{\text{積と余積の整合性}}{=}& \Delta(S(x_{(1)(1)})x_{(1)(2)})(S(x_{(2)(2)})\otimes S(x_{(2)(1)}))\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}& \Delta(\epsilon(x_{(1)}))(S(x_{(2)(2)})\otimes S(x_{(2)(1)}))\\ &\stackrel{\text{余積と単位射の整合性}}{=}& \epsilon(x_{(1)})(S(x_{(2)(2)})\otimes S(x_{(2)(1)}))\\ &\stackrel{\text{余結合性}}{=}& (S(x_{(2)})\otimes S(\epsilon(x_{(1)(1)})x_{(1)(2)}))\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}& (S(x_{(2)})\otimes S(x_{(1)}))\\ \end{eqnarray} のようにいえる。最後に余単位射との整合性を示す: $\epsilon(S(x))1=S(x)_{(1)}S(S(x)_{(2)})=\nabla((\id\otimes S)(S(x)_{(1)}\otimes S(x)_{(2)}))$ の右辺に先ほど示した余積に対する反準同型性を使えば $\epsilon(S(x))=\nabla((\id\otimes S)(S(x_{(2)})\otimes S(x_{(1)})))=S(x_{(2)})S(S(x_{(1)}))$ となり、ここに積に関する反準同型性も併用することで $\epsilon(S(x))=S(S(x_{(1)})x_{(2)})$ を得る。ここに対蹠射の公理と $S(1)=1$ を適用することで目的の式 $\epsilon(S(x))=\epsilon(x)$ を得る。
□補題 14
$\bbK$ 上のHopf代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S)$ において $\epsilon=\epsilon\circ S$ が成り立つ。
証明
任意の $x\in H$ に対し \begin{eqnarray} \epsilon(S(x)) &\stackrel{\text{余単位律}}{=}& \epsilon(S(x_{(1)}\epsilon(x_{(2)})))\\ &\stackrel{\text{対蹠射の線形性}}{=}&\epsilon(S(x_{(1)})\epsilon(x_{(2)}))\\ &\stackrel{\text{余単位射の線形性}}{=}&\epsilon(S(x_{(1)}))\epsilon(x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{余単位射の準同型性}}{=}&\epsilon(S(x_{(1)})x_{(2)})\\ &\stackrel{\text{対蹠射の公理}}{=}&\epsilon(\eta(\epsilon(x)))\\ &\stackrel{\text{単位射と余単位射の整合性}}{=}&\epsilon(x) \end{eqnarray} となる。
□命題 15
$\bbK$ 上のHopf代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S)$ に対し、$H$ が $\bbK$ ベクトル空間として有限次元ならば $H^{\vee}$ にはHopf代数の構造が入る。
証明
双代数としての構造は命題 9のとおりである。$H^{\vee}$ の対蹠射を与えられた $f\in H^{\vee}$ に対し $S^{\vee}(f)=f\circ S$ と定め、六角形の図式の上半分を示す。$f\in H^{\vee}$ に対し $(H\otimes H)^{\vee}$ の基底 $(\phi_{i,j})_{i,j=1,\ldots,n}$ を用いて $f\circ\nabla=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}\phi_{i,j}$ と書いておくと \begin{align} (\nabla^{\vee}\circ(S^{\vee}\otimes\id)\circ\Delta^{\vee})(f) &=(\nabla^{\vee}\circ(S^{\vee}\otimes\id))(f\circ\nabla)\\ &=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}(\nabla^{\vee}\circ(S^{\vee}\otimes\id))(\phi_{i}\otimes\phi_{j})\\ &=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}\nabla^{\vee}((\phi_{i}\circ S)\otimes\phi_{j})\\ &=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}((\phi_{i}\circ S)\otimes\phi_{j})\circ\Delta \end{align} である。したがって $x\in H$ を任意にとると \begin{align} (\nabla^{\vee}\circ(S^{\vee}\otimes\id)\circ\Delta^{\vee})(f)(x) &=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}((\phi_{i}\circ S)\otimes\phi_{j})(x_{(1)}\otimes x_{(2)})\\ &=\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}\phi_{i}(S(x_{(1)}))\otimes\phi_{j}(x_{(2)})\\ &=\left(\sum_{i,j=1}^{n}c^{(f)}_{i,j}(\phi_{i}\otimes\phi_{j})\right)(S(x_{(1)})\otimes x_{(2)})\\ &=(f\circ\nabla)(S(x_{(1)})\otimes x_{(2)})\\ &=f(\eta(\epsilon(x)))\\ &=f(1)\epsilon(x)\\ &=\eta^{\vee}(f(1))(x)\\ &=\eta^{\vee}(\epsilon^{\vee}(f))(x) \end{align} を得る。
□準双代数
定義 16 (準双代数; Drinfel'd1)
$(H,\nabla,\eta)$ を $\bbK$ 代数とし、$\Delta\colon H\to H\otimes H$ と $\epsilon\colon H\to\bbK$ は $\bbK$ 線形写像であって積 $\nabla$ および単位射 $\eta$ と整合的なもの[3]とする。また、$\Phi$ は $H^{\otimes 3}$ の可逆元[4]であって \[(\id\otimes\id\otimes\Delta)(\Phi)(\Delta\otimes\id\otimes\id)(\Phi)=(1\otimes\Phi)(\id\otimes\Delta\otimes\id)(\Phi)(\Phi\otimes 1)\] を満たすものとし、$l,r$ は $H$ の $\nabla$ に関する可逆元であって \[(\id\otimes\epsilon\otimes\id)(\Phi)=r\otimes l^{-1}\] を満たすものとする。このとき組 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,\Phi,l,r)$ が $\bbK$ 上の準双代数 (quasi-bialgebra) であるとは、等式
- 準余結合律 $(\id\otimes\Delta)(\Delta(x))=\Phi(\Delta\otimes\id)(\Delta(x))\Phi^{-1}$
- 準余単位律 $(\epsilon\otimes\id)(\Delta(x))=l^{-1}xl,\qquad (\id\otimes\epsilon)(\Delta(x))=r^{-1}xr$
を任意の $x\in H$ に対して満たすものである。$\Phi$ はDrinfel'd結合子 (Drinfel'd associator) と呼ばれ、$l,r$ はそれぞれ左単位元 (left unit)、右単位元 (right unit) と呼ばれる。
命題 17
余積と余単位射を備えた $\bbK$ 代数 $H$ に対し、左 $H$ 加群の圏がモノイダル圏になることと $H$ が準双代数になることは同値である。
証明
正確な主張及び証明はモノイダル圏の記事における同項目を参照。
□完備Hopf代数
完備Hopf代数の定義をする前に、一般の対称モノイダル圏におけるHopf代数を定義しておく。
定義 18
$(\cC,\otimes,a,I,l,r,c)$ を対称モノイダル圏とする。このとき $\cC$ におけるHopf代数とは、$\cC$ の対象 $H$ および射 \begin{align}\nabla\colon H\otimes H\to H,&\qquad \eta\colon I\to H,\\ \Delta\colon H\to H\otimes H,&\qquad \epsilon\colon H\to I,\qquad S\colon H\to H \end{align} の組 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S)$ であって、$(H,\nabla,\eta)$ が $\cC$ におけるモノイド対象かつ $(H,\Delta,\epsilon)$ が $\cC$ における余モノイド対象であり、図式
- \[\xymatrix{ & H \ar[rd]^-{\Delta} & \\ H\otimes H \ar[ru]^-{\nabla} \ar[d]_-{\Delta\otimes\Delta} && H\otimes H \\ (H\otimes H)\otimes (H\otimes H) \ar[d]_-{a_{H,H,H\otimes H}} && (H\otimes H)\otimes (H\otimes H) \ar[u]_-{\nabla\otimes\nabla}\\ H\otimes (H\otimes (H\otimes H)) \ar[d]_-{\id_{H}\otimes a_{H,H,H}^{-1}} && H\otimes (H\otimes (H\otimes H)) \ar[u]_-{a_{H,H,H\otimes H}^{-1}}\\ H\otimes ((H\otimes H)\otimes H) \ar[rr]_-{\id_{H}\otimes (c_{H,H}\otimes\id_{H})} && H\otimes ((H\otimes H)\otimes H) \ar[u]_-{\id_{H}\otimes a_{H,H,H}}\\ }\]
- \[\xymatrix{ I \ar[r]^-{\eta} \ar[rd]_-{\id_{I}} & H \ar[d]^-{\epsilon}\\ {} & I }\]
- \[\xymatrix{ H\otimes H \ar[r]^-{\nabla} \ar[d]_-{\epsilon\otimes\epsilon} & H \ar[d]^-{\epsilon}\\ I\otimes I \ar[r]_-{l_{I}} & I }\]
- \[\xymatrix{ H\otimes H & H \ar[l]_-{\Delta}\\ I\otimes I \ar[u]^-{\eta\otimes\eta} & I \ar[u]_-{\eta} \ar[l]^-{l_{I}^{-1}} }\]
- \[\xymatrix{ & H\otimes H \ar[rr]^-{S\otimes\id_{H}} && H\otimes H \ar[rd]^-{\nabla} &\\ H \ar[ru]^-{\Delta} \ar[rr]^-{\epsilon} \ar[rd]_-{\Delta} && I \ar[rr]^-{\eta} && H\\ & H\otimes H \ar[rr]_-{\id_{H}\otimes S} && H\otimes H \ar[ru]_-{\nabla} & }\]
が可換になることをいう[5]。
- この定義を用いれば、$\bbK$ 上のHopf代数とは対称モノイダル圏 $\Vect_{\bbK}$ におけるHopf代数に他ならない。
定義 19
$\bbK$ ベクトル空間 $V$ が次数付け (grading) をもつ、あるいは次数付き (graded) であるとは、直和分解 $V=\bigoplus_{n=0}^{\infty}V_{n}$ をもつ[6]ことである。次数付き $\bbK$ ベクトル空間 \[V=\bigoplus_{n=0}^{\infty}V_{n},\qquad W=\bigoplus_{n=0}^{\infty}W_{n}\] に対し $f\colon V\to W$ が次数付きベクトル空間の射であるとは、$\bbK$ 線形写像であり任意の $n\ge 0$ に対し $f(V_{n})\subseteq W_{n}$ を満たすことをいう。
射を定義したときと同様に、ふたつの次数付き $\bbK$ ベクトル空間 \[V=\bigoplus_{n=0}^{\infty}V_{n},\qquad W=\bigoplus_{n=0}^{\infty}W_{n}\] が与えられているとき、各 $n\ge 0$ に対し $(V\otimes W)_{n}=\bigoplus_{i=0}^{n} V_{i}\otimes W_{n-i}$ とおくことで $V\otimes W=\bigoplus_{n=0}^{\infty}(V\otimes W)_{n}$ は次数付きベクトル空間となる。また、$\bbK=\bbK\oplus\{0\}\oplus\cdots$ は明らかに次数付きベクトル空間である。この定義により次数付き $\bbK$ ベクトル空間とその射のなす圏 $\Gr\Vect_{\bbK}$ は (結合則と可換則、左右の恒等則は $\Vect_{\bbK}$ のものを用いて[7]) 単位対象を $\bbK$ とした対称モノイダル圏となる。
補題 20
上と同じ条件で、次数付きベクトル空間の射 $f\colon V\to W$ が ($\Gr\Vect_{\bbK}$ における) 同型射であることの必要十分条件は各成分に誘導される $\bbK$ 線形写像 $V_{n}\to W_{n}$ が同型射になることである。
証明
誘導される $\bbK$ 線形写像を $f_{n}$ と書く。必要性を示す: $f^{-1}$ から誘導される $\bbK$ 線形写像 $W_{n}\to V_{n}$ は $f^{-1}$ の $W_{n}$ への制限となるから、これは $f_{n}$ の逆写像を与えている。十分性を示す: $g\colon W\to V$ を各 $w\in W_{n}$ に対し $g(w)=f_{n}^{-1}(w)$ と定めることでこれは $f$ の逆写像となる。
□定義 21
$\bbK$ ベクトル空間 $V$ 上の (下降) フィルター (filtration) とは部分空間の下降列 $V=F_{0}V\supseteq F_{1}V\supseteq\cdots$ のことである。ベクトル空間 $V$ とその上のフィルター $\{F_{n}V\}_{n}$ の組を フィルター付きベクトル空間 (filtered module[8]) と呼び、文脈から明らかなときはフィルターの情報を略して $V$ と書く。フィルター付きベクトル空間 $V,W$ の射[9]とは $\bbK$ 線形写像であって $f(F_{n}V)\subseteq F_{n}W$ が任意の $n\ge 0$ で成り立つものを指す。
フィルター付きベクトル空間 $V,W$ が与えられると、$F_{n}(V\otimes W)=\sum_{i=0}^{n}F_{i}V\otimes F_{n-i}W$ とすることで $V\otimes W$ には自然にフィルター構造が入る。これをテンソル積とし、$\Vect_{\bbK}$ と同じ結合則、恒等則、可換則を用いることでフィルター付きベクトル空間の圏 $\Fil\Vect_{\bbK}$ には対称モノイダル構造が入る。
- フィルター付きベクトル空間 $V$ が与えられたとき $E_{n}^{0}V=F_{n}V/F_{n+1}V$ とおくことで $\bigoplus_{n=0}^{\infty}E^{0}_{n}V$ は自然に次数付きベクトル空間となる。これをしばしば $E^{0}V$ と書く。このときフィルター付きベクトル空間の射 $f\colon V\to W$ に対し $f(F_{n}V)\subseteq F_{n}W$ であることから、$f$ より誘導される射 $E_{n}^{0}V\to E_{n}^{0}W$ はwell-definedとなり次数付きベクトル空間の射 $E^{0}f\colon E^{0}V\to E^{0}W$ が得られる。この構成より $E^{0}$ は関手 $\Fil\Vect_{\bbK}\to\Gr\Vect_{\bbK}$ を与える (後に対称モノイダル関手になっていることを示す)。
- フィルター付きベクトル空間 $V$ において、$0$ の基本近傍系を $\{F_{n}V\}_{n}$ と定めること[10]で $V$ は位相群となり、さらに係数体 $\bbK$ が離散空間の場合は $V$ は位相ベクトル空間となる。
補題 22
フィルター付き $\bbK$ ベクトル空間 $V,W$ に対し、その間の射 (即ちフィルターを保存する $\bbK$ 線形写像) $f\colon V\to W$ はフィルターによって $V,W$ を位相空間だと思ったとき連続である。
証明
基本近傍系による連続性の言い換えにより、任意に $x\in V$ と $n\ge 0$ を取ったときある $m\ge 0$ が存在して $f(x+F_{m}V)\subseteq f(x)+F_{n}W$ となることをいえばよい。$f$ がフィルターを保存することおよび線形性により $f(x+F_{n}V)=f(x)+f(F_{n}V)\subseteq f(x)+F_{n}W$ となるためこれがいえる。
□補題 23
フィルター付き $\bbK$ ベクトル空間 $V$ と非負整数 $n$ に対し \[\xymatrix{ 0 \ar[r] & E_{n}^{0}V \ar[r] & V/F_{n+1}V \ar[r] & V/F_{n}V \ar[r] & 0 }\] は $\bbK$ ベクトル空間の完全列となる。
証明
まず包含 $F_{n}V\hookrightarrow V$ から誘導される $a\colon E_{n}^{0}V\to V/F_{n+1}V$ は明らかに単射であり、また $F_{n+1}V\subseteq F_{n}V$ によってwell-definedとなる射 $b\colon V/F_{n+1}V\to V/F_{n}V$ は明らかに全射であるから $\Im(a)=\Ker(b)$ を示せばよい。まず $\Im(a)$ の任意の元は $x\in F_{n}V$ を用いて $x+F_{n+1}V$ と書ける。これの $b$ による像は $x+F_{n}V$ であるから、これは $V/F_{n}V$ において $0$ に等しい。逆に $\Ker(b)$ の任意の元は $x\in F_{n}V$ を用いて $x+F_{n+1}V$ と書けるが、これは $x+F_{n}V$ の $a$ による像である。以上より完全性がいえた。
□補題 24
フィルター付き $\bbK$ ベクトル空間 $V,W$ と整数 $n\ge 0$ に対し自然な写像 \[\bigoplus_{i=0}^{n}E^{0}_{i}V\otimes E^{0}_{n-i}W\to E^{0}_{n}(V\otimes W)\] は同型を誘導する。
証明
$n\ge 1$ を固定する ($n=0$ のときは明らかである)。直和の普遍性によって、$i+j=n$ を満たすような $i,j\ge 0$ に対し $\bbK$ 線形写像 $\phi_{i,j}\colon E^{0}_{i}V\otimes E^{0}_{j}W\to E^{0}_{n}(V\otimes W)$ が存在して、任意に $\bbK$ ベクトル空間 $A$ および各 $i,j$ ごとに線形写像 $\mu_{i,j}\colon E^{0}_{i}V\otimes E^{0}_{j}W\to A$ が与えられているならば ($i,j$ によらない) $g\colon E^{0}_{n}(V\otimes W)\to A$ が存在して $g\circ\phi_{i,j}=\mu_{i,j}$ を満たすことをいえばよい。まず $\phi_{i,j}$ を構成する: 任意に与えられた $v+F_{i+1}V\in E^{0}_{i}V$ および $w+F_{j+1}W\in E^{0}W$ に対し \[\phi_{i,j}((v+F_{i+1}V)\otimes (w+F_{j+1}W))=v\otimes w+F_{n+1}(V\otimes W)\] とおく。これはwell-definedである: 任意の $v'\in F_{i+1}V$ および $w'\in F_{j+1}W$ に対し \[\phi_{i,j}((v+v'+F_{i+1}V)\otimes (w+w'+F_{j+1}W))=v\otimes w+v'\otimes w+(v+v')\otimes w'+F_{n+1}(V\otimes W)\] であるが、$v'\otimes w\in F_{i+1}V\otimes F_{j}W$ かつ $(v+v')\otimes w'\in F_{i}V\otimes F_{j+1}W$ である。一方で定義により $F_{n+1}(V\otimes W)=\sum_{i=0}^{n+1}F_{i}V\otimes F_{n+1-i}W$ であるから結局この像は $v\otimes w$ の代表する剰余類である。さて上に述べたような $A$ および $\mu_{i,j}$ があるとする。任意の $E^{0}_{n}(V\otimes W)$ の元 $X$ は $F_{i}V\otimes F_{j}W$ の元 $X_{i,j}$ ($i+j=n$) を用いて $X=\sum_{i=0}^{n}X_{i,n-i}+F_{n+1}(V\otimes W)$ と書ける。自然な全射 $\pi_{i,j}\colon F_{i}V\otimes F_{j}W\to E^{0}_{i}V\otimes E^{0}_{j}W$ が存在するが、これを用いて $g(X)=\sum_{i=0}^{n}\mu_{i,j}(\pi(X_{i,n-i}))$ とおく。これがwell-definedである ($X_{i,j}$ たち[11]や代表元の取り方によらない) ことを示す: $n=0$ のときは明らかなので 異なる対 $(i,j)$ および $(i',j')$ (これらの和はともに $n$) が存在して $X_{i,j}\in F_{i'}V\otimes F_{j'}W$ となるとする。$i-i'\ge 1$ として一般性を失わない。このとき $F_{i+1}V\supseteq F_{i'}V$ であるから、$\pi_{i',j'}(X_{i,j})=0$ となる。したがって $g(X)$ における該当部分も $0$ であるから $X_{i,j}$ の取り方によらない。最初に取った $X$ の代表元に $F_{n+1}(V\otimes W)$ の元が現れているときにそこが $\pi$ で消えることは明らかである。図式の可換性及び普遍射 $g$ の一意性もroutine verificationである。
□系 25
補題 24から来る次数付きベクトル空間としての同型 $E^{0}(V)\otimes E^{0}(W)\to E^{0}(V\otimes W)$ を $\phi_{V,W}$ と書くと $(E^{0},\id,\phi)$ は $\Fil\Vect_{\bbK}$ から $\Gr\Vect_{\bbK}$ への対称モノイダル関手となる。
定義 26
フィルター付きベクトル空間 $V$ の (フィルターに沿った) 完備化 (completion) とは $\bbK$ ベクトル空間の射影極限 $\varprojlim_{n\ge 0}V/F_{n}V$ のことである。これをしばしば $\widehat{V}$ と書く。射影極限の定義より自然な $\bbK$ 線形写像 $V\to\widehat{V}$ が得られる。
定義 27
完備フィルター付きベクトル空間 (complete filtered module) とはフィルター付きベクトル空間 $V$ であって $\varprojlim_{n\ge 0}V/F_{n}V\simeq V$ を満たすものである。完備フィルター付きベクトル空間の射は単にフィルター付きベクトル空間としての射を指す。
- 完備フィルター付きベクトル空間 $V,W$ どうしのテンソル積には上に述べたようにフィルターが備わるものの一般に完備にならない。しかし、それを完備化したものはしばしば完備テンソル積と呼ばれ $V\hotimes W$ と書かれる。これをテンソル積だと思うことで、完備フィルター付きベクトル空間のなす圏 $\CFil\Vect_{\bbK}$ は対称モノイダル圏 (射は変わらないので $\Fil\Vect_{\bbK}$ の充満部分圏でもある) となる。
補題 28
フィルター付きベクトル空間 $V$ の完備化 $\hV$ において、射影極限の定義による標準的な $\bbK$ 線形写像 $\hV\to V/F_{n}V$ を $\pi_{n}$ と書いたとき $F_{n}\hV=\Ker(\pi_{n})$ とおくと自然な同型 $V/F_{n}V\simeq\hV/F_{n}\hV$ が成り立つ。
証明
射影極限の定義より自然な射 $\pi\colon V\to\hV$ があるが、これを用いて $a\in V$ に対し $a+F_{n}V\mapsto\pi(a)+F_{n}\hV$ で[12]定まる写像 $f\colon V/F_{n}V\to\hV/F_{n}\hV$ が同型であることを示す。まず $a\in V$ に対し射影極限の定義より $(\pi_{n}\circ\pi)(a)=a+F_{n}V$ であるから、とくに $a\in F_{n}V$ のとき $\pi(a)\in\Ker(\pi_{n})=F_{n}\hV$ となって $f$ はwell-definedである。全射性を示す: $a\in\hV$ を任意にとり、$\pi_{n}(a)=b+F_{n}V$ なる $b\in V$ (つまり $\pi_{n}(a)$ の代表元) をとる。このとき \[\pi_{n}(\pi(b)-a)=(b+F_{n}V)-\pi_{n}(a)=0\] であるから $\pi(b)-a\in\Ker(\pi_{n})=F_{n}\hV$ となり $f(b+F_{n}V)=a+F_{n}\hV$ がいえた。単射性を示す: $a\in V$ であって $f(a+F_{n}V)=F_{n}\hV$ なるものをとると $\pi(a)\in F_{n}\hV$ ということになるから $\pi_{n}(\pi(a))=F_{n}V$ ということになるが、これの左辺は射影極限の定義より $a+F_{n}V$ であるから $a\in F_{n}V$ がいえた。
□系 29
フィルター付きベクトル空間 $V$ に対し $\hV$ は完備フィルター付きベクトル空間となる。
命題 30
フィルター付きベクトル空間 $V,W$ および射 $f\colon V\to W$ が与えられており、$W$ は完備であるとする。このとき射 $\hf\colon\hV\to W$ が一意に存在して $\hf\circ\pi=f$ が成り立つ。ここで $\pi$ は自然な射 $V\to\hV$ である。
証明
$f$ がフィルター付きベクトル空間の射であることから $f(F_{n}V)\subseteq F_{n}W$ が成り立ち、したがって $f$ からwell-definedな $\bbK$ 線形写像 $V/F_{n}V\to W/F_{n}W$ が誘導される。これを $f_{n}$ と書くと、完備化の定義による $\pi_{n}\colon\hV\to V/F_{n}V$ との合成 $f_{n}\circ\pi_{n}$ は $\bbK$ 線形写像 $\hV\to W/F_{n}W$ が得られる。したがって $\bbK$ 線形写像 $\hf\colon\hV\to\hW$ が一意に存在して $\sigma_{n}\circ\hf=f_{n}\circ\pi_{n}$ が成り立つ。ここで $\sigma_{n}$ は $\hW$ の定義による射 $\hW\to W/F_{n}W$ である。この $\hf$ と同型 $W\simeq\hW$ の合成も $\hf$ と書くことにすると、これが求めるものである。一意性は構成から明らかである。
□補題 31
完備フィルター付きベクトル空間の射 $f\colon V\to W$ が ($\CFil\Vect_{\bbK}$ における) 同型射であることの必要十分条件は各成分に誘導される $\bbK$ 線形写像 $V/F_{n}V\to W/F_{n}W$ が同型射になることである。
証明
誘導される $\bbK$ 線形写像を $f_{n}$ と書く (well-defined性は $f$ がフィルターを保存することから明らかである)。必要性は $f^{-1}$ から誘導される $\bbK$ 線形写像 $W/F_{n}W\to V/F_{n}V$ が $f_{n}$ の逆写像を与えることからわかる。十分性を示す: 仮定より得られる $f_{n}^{-1}$ と自然な射影 $W\to W/F_{n}W$ の合成 $W\to V/F_{n}V$ によって、射影極限の定義から $\bbK$ 線形写像 $W\to\hV\simeq V$ が構成できて、これは定義より明らかに $f$ の逆写像である。
□補題 32
完備フィルター付きベクトル空間 $V,W$ の射 $f\colon V\to W$ が同型射になることの必要十分条件は $f$ から誘導される次数付きベクトル空間の射 $E^{0}f\colon E^{0}V\to E^{0}W$ が同型射になることである。
証明
必要性は $E^{0}$ が関手であることよりわかる。十分性を示すため、誘導される $f_{n}\colon V/F_{n}V\to W/F_{n}W$ が同型写像であることを帰納法によって示す。$n=0$ のときは明らかである。ある $n\ge 0$ に対しこれの同型性を仮定する。$E^{0}f\colon E^{0}V\to E^{0}W$ が同型射であることから補題 20によって同型 $E^{0}_{n}f\colon E_{n}^{0}V\to E_{n}^{0}W$ が誘導される。また補題 23によって \[\xymatrix{ 0 \ar[r] & E_{n}^{0}V \ar[d]^-{E_{n}^{0}f} \ar[r] & V/F_{n+1}V \ar[d]^-{f_{n+1}} \ar[r] & V/F_{n}V \ar[d]^-{f_{n}} \ar[r] & 0 \\ 0 \ar[r] & E_{n}^{0}W \ar[r] & W/F_{n+1}W \ar[r] & W/F_{n}W \ar[r] & 0 }\] の上下がともに完全列であることがいえるため、五項補題によって $f_{n+1}$ は同型射となる。したがって帰納法により $f_{n}$ はすべて同型となり、補題 31によって $f$ は同型射となる。
□補題 33
フィルター付きベクトル空間 $V,W$ に対し標準的な射 $V\otimes W\to\hV\hotimes\hW$ から命題 30によって誘導される射 $\widehat{V\otimes W}\to\hV\hotimes\hW$ は同型射である。
証明
補題 28により $E^{0}_{n}(\widehat{V\otimes W})\simeq E^{0}_{n}(V\otimes W)$ であり、これと補題 24を併せることで同型 \[E^{0}_{n}(\widehat{V\otimes W})\simeq\bigoplus_{i=0}^{n}E^{0}_{i}V\otimes E^{0}_{n-i}W\] が得られる。まったく同じ議論を $V,W$ のかわりに $\hV,\hW$ でも行うことで \[E^{0}_{n}(\hV\hotimes\hW)\simeq\bigoplus_{i=0}^{n}E^{0}_{i}\hV\otimes E^{0}_{n-i}\hW\] となり、再び補題 28を使えば $E^{0}_{n}(\widehat{V\otimes W})\simeq E^{0}_{n}(\hV\hotimes\hW)$ を得る。これと補題 32によって目的の主張を得る。
□系 34
補題 33によって、完備化を与える関手 $V\to\hV$ は対称モノイダル関手 $\Fil\Vect_{\bbK}\to\CFil\Vect_{\bbK}$ となる。
定義 35
$\bbK$ 上の完備Hopf代数 (complete Hopf algebra) とは、$\bbK$ 上の完備フィルター付きベクトル空間の圏におけるHopf代数であって付随する次数付き空間が連結であるものをいう。即ち、完備Hopf代数の定義とは、通常のHopf代数の定義において「ベクトル空間」であったものをすべて「完備フィルター付きベクトル空間」に差し替え、「線形写像」であったものをすべて「フィルター付きベクトル空間の射」に差し替え、テンソル積をすべて完備テンソル積に差し替えたうえで $H/F_{1}H\simeq\bbK$ を満たすということである。ここで $\bbK$ は自明なフィルター $\bbK=F_{0}\bbK\supset 0\supset\cdots$ を備えており、これについて完備だと思っている。
完備フィルター付きベクトル空間 $V\simeq\varprojlim_{n}V/F_{n}V$ において、$V/F_{n}V$ に離散位相を導入することで $V$ には自然に射影極限による位相が入る。この位相は射影極限の明示的な表示 \[V\simeq\left\{\left.(a_{n}+F_{n}V)\in\prod_{n=0}^{\infty}V/F_{n}V~\right|~a_{n+1} - a_{n}\in F_{n}V~(n\ge 0)\right\}\] によって $V$ を直積空間 $\prod_{n=0}^{\infty}V/F_{n}V$ の部分空間だと考えることで得られる。構成より明らかに $V$ はHausdorff空間である。
補題 36
完備フィルター付きベクトル空間 $V$ において、射影極限から定まる位相とフィルターから定まる位相 (定義 21の直後を参照) は一致する。
証明
$P=\prod_{n}V/F_{n}V$ と書く。$0$ の基本近傍系を指定することにより位相群としての構造が一意に定まる、という事実により、$V$ の射影極限から定まる位相による $0$ の基本近傍系が $\{F_{n}V\}_{n}$ になることをいえばよい。$V$ における $0$ の開近傍を任意にとると、部分空間の定義によってこれは必ず $P$ の開集合 $U$ を用いて $U\cap V$ と書ける。また、$V/F_{n}V$ が離散空間であったことから、直積位相の定義より $P$ の開基は $\prod_{n=1}^{\infty}S_{n}$ ($S_{n}$ は $V/F_{n}V$ の任意の部分集合であり、有限個の $n$ を除いて $S_{n}=V/F_{n}V$) の形をした集合全体である。この集合族は (無限個でもよい) 合併に関して閉じているため、$P$ の任意の開集合は (したがって $U$ も) この形をしている。ここで改めて $U=\prod_{n=0}^{\infty}S_{n}$ と書くと、今の事実から「$n\ge N$ ならば $V/F_{n}V=S_{n}$」になるような $N$ が必ず存在する (有限個の例外をすべて集めた集合の最大値を取り $+1$ すればよい)。一方で補題 28により、自然な射影 $\hV\to V/F_{n}V$ の核が $F_{n}V$ に一致する、即ち \[F_{n}V=\left\{\left.(a_{n}+F_{n}V)_{n}\in\prod_{n=0}^{\infty}V/F_{n}V~\right|~a_{0}=\cdots=a_{n}=0,~a_{m+1} - a_{m}\in F_{m}V~(m\ge n)\right\}\] であるから、$F_{N}V\subseteq U$ となるため $0\in F_{N}V\subseteq U\cap V$ を得る。これは $V$ における $0$ の基本近傍系として $\{F_{n}V\}_{n}$ がとれるという事実に他ならない。
□以後 $\bbK$ には離散位相を入れて考える (応用上 $\bbK=\bbQ$ の場合に興味があることが多いため)。これはまた $\bbK$ 自身をフィルター付きベクトル空間だと思ったときフィルターから誘導される位相と一致する。このとき先述したように $V$ は位相ベクトル空間となり、したがって $V$ の位相的 $\bbK$ 双対 \[V^{\ast}=\{f\colon V\to\bbK\mid f\text{ は連続な }\bbK\text{ 線形写像}\}\subseteq V^{\vee}\] が定義できる。フィルター付きベクトル空間 $V,W$ およびその間の射 $f\colon V\to W$ を考えたとき、補題 22によって $f$ はフィルターから定まる位相に関して連続であるから、任意の $a\in W^{\ast}$ に対し $a\circ f\in V^{\ast}$ である。したがって位相的双対をとる操作は関手 $\Fil\Vect_{\bbK}\to\Vect_{\bbK}$ を与えており、包含関手 $\CFil\Vect_{\bbK}\to\Fil\Vect_{\bbK}$ と合成した関手 $()^{\ast}\colon\CFil\Vect_{\bbK}\to\Vect_{\bbK}$ も定まる。
補題 37
フィルター付きベクトル空間 $V$ に対し、ある $n\ge 0$ が存在して自然な写像 $V^{\ast}\to (V/F_{n}V)^{\vee}$ が定まる。
証明
$f\in V^{\ast}$ を任意にとると、$\{0\}$ が $\bbK$ の開集合であることから $\Ker(f)$ は $V$ の開集合である。したがってある $n\ge 0$ が存在して $F_{n}V\subseteq\Ker(f)$ であり、ゆえに $V/F_{n}V\to\bbK$ が $f$ から誘導される。
□補題 38
完備フィルター付きベクトル空間 $V$ の位相的双対 $V^{\ast}$ は帰納極限 $\varinjlim_{n}(V/F_{n}V)^{\vee}$ と自然に同型である。
証明
記号が大変なため $L_{n}=(V/F_{n}V)^{\vee}$ と書く。帰納極限は同型を除いて一意であるから、$V^{\ast}$ が帰納極限の図式にあてはまることをいえばよい。何度も繰り返した議論ではあるが、$F_{n+1}V\subseteq F_{n}V$ によって $V/F_{n+1}V\to V/F_{n}V$ がwell-definedに定まるため、$f\in L_{n}$ にこれを合成したものを $t(f)$ と書くと、これは $\bbK$ 線形写像 $t\colon L_{n}\to L_{n+1}$ を定める (もちろん主張にあらわれた極限には暗にこれの情報が含まれている)。さて与えられた $n\ge 0$ および $f\in L_{n}$ に対し、全射 $V\to V/F_{n}V$ をこれに合成したものを $i_{n}(f)$ と書く。最初に合成した全射により $F_{n}V$ の像が $0$ に潰れるため、これはフィルターを保存する写像 $V\to\bbK$ となる。したがって補題 22により $i_{n}(f)\in V^{\ast}$ となる。こうして $i_{n}\colon L_{n}\to V^{\ast}$ が定まり、これは任意の $n\ge 0$ に対し $i_{n}=i_{n+1}\circ t$ を満たす。次に、$\bbK$ ベクトル空間 $A$ および各 $n\ge 0$ に対し $\bbK$ 線形写像 $\iota_{n}\colon L_{n}\to A$ が与えられており $\iota_{n}=\iota_{n+1}\circ t$ を満たしているとする。このとき任意に $f\in V^{\ast}$ をとると、補題 37によりwell-definedな写像 $f_{n}\colon V/F_{n}V\to\bbK$ が誘導される。これを用いて $g(f)=\iota_{n}(f_{n})$ とおくことで $g\colon V^{\ast}\to A$ を定める。この定め方がwell-definedであること ($n$ の取り方に依らないこと) は $\{\iota_{n}\}_{n}$ の仮定よりいえて、$g$ の一意性は構成より明らかである。
□フィルター付きベクトル空間が線形コンパクトであるとは、完備かつ各 $V/F_{n}V$ が $\bbK$ ベクトル空間として有限次元であることをいう。射を $\Fil\Vect_{\bbK}$ のものと同じとすれば、線形コンパクトなフィルター付きベクトル空間のなす圏 $\LCFil\Vect_{\bbK}$ は $\CFil\Vect_{\bbK}$ の充満部分圏となり、さらに $\CFil\Vect_{\bbK}$ の構造に由来して対称モノイダル圏となる。
補題 39
線形コンパクトなフィルター付きベクトル空間 $V,W$ に対し自然な同型 $(V\hotimes W)^{\ast}\simeq V^{\ast}\otimes W^{\ast}$ が存在する。
証明
テンソル積は普遍性により定義すると同型を除いて一意であるから、$(V\hotimes W)^{\ast}$ がテンソル積の普遍性の図式に合うことを示す。まず $V^{\ast}\times W^{\ast}$ の元 $(f,g)$ に対し $f\otimes g\colon V\otimes W\to\bbK$ が定まるが、補題 37によってある $n$ に対し $(V\otimes W)/F_{n}(V\otimes W)\to\bbK$ が誘導される。自然な射影 $\pi_{n}\colon V\hotimes W\to (V\otimes W)/F_{n}(V\otimes W)$ と合成すると $V\hotimes W\to\bbK$ が得られる。これを $\phi(f,g)$ と書くことで $\bbK$ 双線形写像 $\phi\colon V^{\ast}\times W^{\ast}\to (V\hotimes W)^{\ast}$ が定まる。この $\phi$ が全射であることを示す: 任意に $F\in (V\hotimes W)^{\ast}$ をとると、再び補題 37によってある $m$ に対し $(V\hotimes W)/\Ker(\pi_{m})\to\bbK$ が誘導される。これの定義域は補題 28により $(V\otimes W)/F_{m}(V\otimes W)$ と同型であるから、自然な全射と合成して $F$ から $G\colon V\otimes W\to\bbK$ が得られたことになる。これは連続である: 任意に $x\in V\otimes W$ と $G(x)$ の $\bbK$ における近傍 $U$ をとると、$V\otimes W$ における $x$ の近傍として $x+F_{m}(V\otimes W)$ をとったときこれの $G$ による像は一点 $\{G(x)\}$ であるから $U$ に入って連続である。線形代数の基本的な事実 $V^{\vee}\otimes W^{\vee}\simeq (V\otimes W)^{\vee}$ によって $f\otimes g=G$ なる $f\in V^{\vee}$ と $g\in W^{\vee}$ がある。$G$ の連続性により、ある $n\ge 0$ が存在して \[G\left(\sum_{i=0}^{n}F_{i}V\otimes F_{n-i}W\right)=\sum_{i=0}^{n}f(F_{i}V)\otimes g(F_{n-i}W)=\{0\}\] であるから各 $i=0,\ldots,n$ に対し $f(F_{i}V)\otimes g(F_{n-i}W)=\{0\}$ である。ゆえに $f(F_{i}V)$ か $g(F_{n-i}W)$ のいずれかは常に $\{0\}$ に一致するが、もし $i,j\in\{0,\ldots,n\}$ であって $f(F_{i}V)=g(F_{j}W)=\{0\}$ なるものが存在するならば $f,g$ はともに連続である。また、$g(F_{j}W)=\{0\}$ なる $j$ が存在しないのであれば $f(F_{0}V)=f(V)=\{0\}$ より $G$ は恒等的に $0$ であるから、$g$ として連続なもの (例えば恒等写像 $0$ ) をとりなおせる。同様に $f(F_{i}V)=\{0\}$ なる $i$ がないときも $f$ を連続なものにとりなおせるから、結局どうあっても $f\otimes g=G$ なる $f,g$ であってともに連続なものが存在することがわかった。したがって $\phi$ は全射である。さて $\bbK$ ベクトル空間 $A$ と $\bbK$ 双線形写像 $\mu\colon V^{\ast}\times W^{\ast}\to A$ が与えられているとする: このとき $\phi$ の全射性によって、任意の $F\in (V\hotimes W)^{\ast}$ に対し $\phi(f,g)=F$ なる $(f,g)\in V^{\ast}\times W^{\ast}$ があり、これを使って $s(F)=\mu(f,g)$ とおけば $s\circ\phi=\mu$ を得る。またこのような $s$ は明らかに一意である。
□系 40
補題 39によって、位相的双対を与える関手 $V\to V^{\ast}$ は対称モノイダル関手 $\LCFil\Vect_{\bbK}^{\mathrm{op}}\to\Vect_{\bbK}$ となる。
系 41
線形コンパクトな完備Hopf代数 $H$ の位相的双対 $H^{\ast}$ には自然にHopf代数の構造が入る。
命題 42
$\bbK$ 上のHopf代数 $(H,\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S)$ に対し $J=\Ker(\epsilon)$ と書く。このとき $J$ の冪によるフィルトレーション $F_{n}H=J^{n}$ に関する $H$ の完備化 \[\hH=\varprojlim_{n} H/J^{n}\] は完備Hopf代数になる。
証明
定義より $H/F_{1}H=H/J\simeq\bbK$ であるから、系 34より、$H$ に備わっているHopf代数構造の射 $\nabla,\eta,\Delta,\epsilon,S$ がフィルターを保存することをいえば十分である (これらがすべて $\Fil\Vect_{\bbK}$ の射になることをいえれば、完備化が対称モノイダル関手であることからHopf代数の公理にある図式が保存されることがいえるため)。
- 積がフィルターを保存すること: 任意の $0\le i\le n$ に対し、$x\in J^{i}$ と $y\in J^{n-i}$ はそれぞれ $J$ の元 $i$ 個、$n-i$ 個の積の有限和であるから $xy$ は $J$ の元 $n$ 個の積の有限和、即ち $xy\in J^{n}$ である。したがって $\nabla(F_{n}(H\otimes H))\subseteq F_{n}H$ がいえる。
- 単位射がフィルターを保存すること: $a\in\bbK$ に対し $\eta(a)\in H$ であるから $\eta(F_{0}\bbK)\subseteq F_{0}H$ であり、$\eta$ が $\bbK$ 線形写像であることと $F_{n}H$ が $\bbK$ ベクトル空間であることから $\eta(0)=0\in F_{n}H$ であり $n\ge 1$ でも $\eta(F_{n}\bbK)=F_{n}H$ がいえる ($\bbK$ のフィルターは $\bbK\supseteq\{0\}\supseteq\cdots$ のように定まっていたことに注意)。
- 余積がフィルターを保存すること: 補題 8によって直和分解 $H=\bbK\oplus J$ が成り立つ[13]ため
\[\Delta(H)\subseteq H\otimes H\simeq\bbK\otimes\bbK\oplus J\otimes\bbK\oplus\bbK\otimes J+J\otimes J\] となり、したがって任意の $x\in H$ に対しある $a,b,c\in\bbK$ および $y,z\in J$ と $X\in J\otimes J$ が一意に存在して \[\Delta(x)=a(1\otimes 1)+b(1\otimes y)+c(z\otimes 1)+X\] と書ける。ここから $x\in J$ とする。両辺の $\id\otimes\epsilon$ による像を見ると、余単位性と $\id=\epsilon\circ\eta$ により $x=a+cz$ が成り立つが、$x,z\in J$ より $a\in J$ (正確には $a\eta(1)\in J$) ということになる。もし $a\neq 0$ なら $\bbK$ が体であるから $1\in J$ すなわち $J=H$ となり $\Delta$ がフィルターを保存することがすぐにいえる。以後 $a=0$ を仮定する。同じことを $\epsilon\otimes\id$ でも行うことで $x=by$ が得られて、結局 $\Delta(x)=x\otimes 1+1\otimes x+X$ と書けることになる。この事実を用いて、$J$ の元 $n$ 個の積の余積が $\bigoplus_{i=0}^{n}J^{i}\otimes J^{n-i}$ に入ることを $n$ の帰納法で示す。$n=0$ のときは $\Delta(H)\subseteq H\otimes H$ だから明らかである。ある $n$ でこれが正しいとすると、$x_{1},\ldots,x_{n+1}\in J$ を任意にとったとき $X\in J\otimes J$ が一意に存在して \[\Delta(x_{1}\cdots x_{n+1})\subseteq\left(\bigoplus_{i=0}^{n}J^{i}\otimes J^{n-i}\right)\cdot (x_{n+1}\otimes 1+1\otimes x_{n+1}+X)\subseteq\bigoplus_{i=0}^{n+1}J^{i}\otimes J^{n+1-i}\] となって ($\Delta$ が $\bbK$ 代数としての準同型であることは用いて) 結論がいえる。
- 余単位射がフィルターを保存すること: $n=0$ のとき明らかに $\epsilon(F_{0}H)=\epsilon(H)\subseteq \bbK=F_{0}\bbK$ がいえるため $n\ge 1$ で包含を示す。余積のときと同様に $\epsilon$ は $\bbK$ 代数の準同型である。したがって $x\in J^{n}$ を $x=\sum_{j}\prod_{i=1}^{n}x_{i,j}$ と書いておくと $J(x)=\sum_{j}\prod_{i=1}^{n}\eta(x_{i,j})$ となるが $x_{i,j}\in J$ より $J(x)=0\in F_{n}\bbK$ がいえる。
- 対蹠射がフィルターを保存すること: $S(H)\subseteq H$ は定義より明らかである。さて $x\in J$ に対し補題 14により $\epsilon(S(x))=\epsilon(x)=0$ だから $S(x)\in J$ となり、したがって $x\in J^{n}$ なら命題 13より $S(x)\in J^{n}$ がいえる。
脚注
- ↑ 積、単位射、余積、余単位射の情報は省略している。
- ↑ 一般に、対蹠射の二回合成が恒等写像になるようなHopf代数はときおり対合Hopf代数 (involutive Hopf algebra) と呼ばれることがある。
- ↑ 定義 7にある四つの図式が満たされている、という意味。$\Delta,\epsilon$ が $\bbK$ 代数の射になっていると言い換えてもよいが、余結合性と余単位性は要求していないことに注意。
- ↑ $H^{\otimes 3}$ の積はもちろん $\nabla$ から誘導される (命題 2) ものである。
- ↑ 三つ目と四つ目で用いている $l_{I}$ は $r_{I}$ にしても ($\cC$ の射として等しいため) 同じことである。
- ↑ 非負整数以外で添え字づけられたものは本記事では扱わないため、ここでは単に次数付きといえばこれを意味するものとする。
- ↑ 整数で次数付けられている状況では可換則の定義に符号の変化を加えることがあるが、本記事で扱っているものはそれではない。
- ↑ この用語は1による。moduleと書いているがこれは $\bbK$-moduleの略であり、即ち単なる $\bbK$ ベクトル空間を指している。
- ↑ これはまたフィルターを保存する (preserve filtration) $\bbK$ 線形写像と呼ばれることもある。
- ↑ $0$ の基本近傍系を指定するだけで位相構造が定まることは位相群の一般論による。
- ↑ 定義より、もし $F_{n}(V\otimes W)$ が直和 $\bigoplus_{i=0}^{n}F_{i}V\otimes F_{j}W$ であるならば $X_{i,j}$ の取り方がそもそも一意であるからこの心配をする必要はない。一般には和空間にしかならないため考慮が必要。
- ↑ $a+F_{n}V$ は $a$ で代表される剰余類を表す記号である。
- ↑ 慣例によって $H$ の乗法単位元 $\eta(1)$ を省略している。
情報源
- ^ | | B. Fresse. "Homotopy of operads and Grothendieck-Teichmüller groups. Part 1. The algebraic theory and its topological background". Mathematical Surveys and Monographs, 217. American Mathematical Society, Providence, RI. (2017).