入門テキスト「単体複体の二元体係数ホモロジー」

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入門テキスト「単体複体の二元体係数ホモロジー」

本テキストでは、ホモロジー理論に親しみのない方を主なターゲットとし、単体複体の二元体係数ホモロジーという最もシンプルなホモロジー理論の一つを紹介する。

テキストを読むにあたっては、集合と写像・線型代数の基本的な取り扱いに慣れているとよい。 たとえば、部分集合族・線型写像の核と像・ベクトル空間の商空間といった概念は頻繁に登場する。 しかし、位相空間論・環上の加群論の知識は全く必要としない。それは以下の理由による。

まず、ホモロジー理論とは代数的トポロジーと呼ばれる分野の一種である。代数的トポロジーとは、幾何的対象[1]から代数的な量を取り出し、それを用いて元々の幾何的対象を調べる分野の総称である。 このとき、ホモロジー理論で扱われる代数的な量のことをホモロジーあるいはホモロジー群というが、ホモロジー群にも様々な種類が存在する。 種類の区別の仕方として、以下に挙げる二つの判断基準がある:

  • 第一に、取り扱う幾何的対象の範囲である。最も素朴にはすべての位相空間が考えられるが、扱う範囲を制限することで議論が進みやすくなる。本テキストでは、位相空間の知識がなくてもホモロジー理論に親しめるよう、単体複体と呼ばれる組合せ的な対象を取り扱う。
  • 第二に、代数的量であるホモロジー群の複雑さである。ホモロジーは一般に環上の加群であるが、環を簡単なものにすることでホモロジー群の計算・その結果が簡単になる。本テキストでは、二元体と呼ばれる環の上でホモロジー理論を展開する。二元体は特に体であるので、ホモロジー群は二元体上のベクトル空間ということになる。

現代の代数的トポロジーは、代数的にも幾何的にも大きく抽象化を受けて発展している。 それを学ぶとき、最も抽象的と思われる理論から勉強をスタートすることも一つの道であるが、最も原始的と思われる例から触れてみることも、親しみを持つためには有効なことがある。 本テキストで得た知識・経験が、数学を面白いと思える理由の一つ、あるいはこの先にあるホモロジー理論・代数的トポロジーを学ぶ際の助けとなれば幸いである。

ちなみに、ホモロジー(homology)は英語で「相同性」を表す言葉である。

テキストの構成

本テキストでは、幾何的なモチベーションを主軸に置き、必要に応じて代数的な道具を紹介する。 理論を説明した後に、あるいはしながら、具体例の計算を促していく。

本テキストの構成は以下の通りである。扱う内容で章を区切っているので、分量の多い章も存在する。適宜休息を挟んで読んでもらいたい。 2022年4月現在でテキストは未完成のため、順番を変更したり内容を追加・削除したりする可能性があります。

この章では、二元体に親しみがない読者のため、速習コースを用意する。 二元体とは唯二つの要素のみから成る体のことであり、その計算規則の特異さから、実数体 $\mathbb{R}$ や複素数体 $\mathbb{C}$ 上の線型代数とは異なる部分を生む。

この章では、本テキストを通して扱う幾何的対象である単体複体について、諸々の定義を行う。 単体複体とは、単体と呼ばれる図形のピースを"きっちり"と貼り合わせて作られる組合せ的な図形である。

単体複体が与えられたとき、その多面体が目に見えるとは限らない。 あるいは目に見えたとしても、その"かたち"を把握することは一般に難しい。 そこで我々は、与えられた単体複体からホモロジーと呼ばれる代数的な量を取り出し、観察することを考える。

この章では、その準備として、単体複体という幾何的対象に対して鎖複体という代数的対象を対応づける。

この章では、前章で導入した鎖複体を用いて、遂にホモロジー群を定義する。ホモロジーは単体複体に対して定まるベクトル空間の集まりのことである。

この章では、ホモロジー群の持つ基本的な性質を紹介する。主なトピックは以下の三点である。

-$0$ 次ホモロジー群の幾何的な意味
-錐のホモロジー群
-擬多様体のホモロジー群

この章では、単体複体の対というものを考え、そのホモロジー群である相対ホモロジー群について紹介する。 一見取っつきにくい概念かもしれないが、非常に有用な考え方であることが今後明らかとなる。

この章では、単体写像という幾何的写像に対して、鎖写像と呼ばれる代数的写像を導入し、それがホモロジー群の間の写像を誘導することを述べる。

ここまでの内容で、ホモロジー群の取り扱いに際して代数的な大道具は用意しなかった。 この章では、蛇の補題という強力な定理を紹介する。この章のみ、幾何的な議論を排除する。

この章では、蛇の補題から従う偉大な系として、ホモロジー長完全列およびMayer-Vietorisの原理を紹介する。得られる連結射の幾何的な解釈についても紹介する。

色々な単体複体に対してホモロジー群を求めてみると、同じ計算結果を与えるものたちが見つかる。 この章では、単体複体に対する縮約という改変操作を導入し、縮約によってホモロジー群が変化しないことを紹介する。

二つの単体複体間の単体写像に対して誘導射を求めてみると、同じ計算結果を与えるものたちが見つかる。 この章では、単体写像の間の近接関係という関係を導入し、近接関係にある単体写像は同じ誘導射を与えることを紹介する。

これまで、単体複体のホモロジー理論を解説してきた。 この章では、ホモロジーに酷似した、しかしホモロジーよりも豊かな代数的構造を持つコホモロジーと呼ばれる量を導入する。

参考文献

関連項目

脚注

  1. 実は、対象が幾何的でなくてもよい。たとえば群に対する(コ)ホモロジー理論が存在する。