レベル2多重ゼータ値

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レベル $2$ の多重ゼータ値 (multiple zeta values of level two) とは和の範囲を $\mathrm{mod}~2$ で細かくした多重ゼータ値の部分級数である。中でも、Hoffman1とKaneko-Tsumura2によってそれぞれ導入された多重 $t$ 値 (multiple $t$-values)、多重 $T$ 値 (multiple $T$-values) という対象が中心的である。

定義

許容インデックス $\bk=(k_{1},\ldots,k_{r})$ に対し \[t(\bk)=\sum_{0<n_{1}<\cdots<n_{r}}\frac{1}{(2n_{1}-1)^{k_1}\cdots (2n_{r}-1)^{k_r}},\qquad T(\bk)=2^{r}\sum_{\substack{0<n_{1}<\cdots<n_{r}\\ n_{i}\equiv i~(\mathrm{mod} ~2)}}\frac{1}{n_{1}^{k_{1}}\cdots n_{r}^{k_{r}}}\] とおく。写像 $t$ や $T$ を線形に延長したものも同じ記号で表し、$t(\emp)=T(\emp)=1$ とおく。Yuan-Zhao3において色 $\balpha=(\alpha_{1},\ldots,\alpha_{r})\in(\bbZ/N\bbZ)^{N}$ のレベル $N$ 多重ゼータ値 (multiple zeta values at level $N$ with colors $\balpha$) が \[\zeta_{N}(\bk;\balpha)=\sum_{\substack{0<n_{1}<\cdots<n_{r}\\ n_{i}\equiv\alpha_{i}~(\mathrm{mod}~N)}}\frac{1}{n_{1}^{k_{1}}\cdots n_{r}^{k_{r}}}\] のように定義されているが、これを用いると $t(\bk)=\zeta_{2}(\bk;\{1\}^{r})$ や $T(\bk)=2^{r}\zeta_{2}(\bk;1,\ldots,r)$ のように書ける。多重 $t$ 値は定義よりHurwitz型多重ゼータ値 \[\zeta^{(t)}(\bk)=\sum_{0<n_{1}<\cdots<n_{r}}\frac{1}{(n_{1}+t)^{k_{1}}\cdots(n_{r}+t)^{k_{r}}}\] を用いて $t(\bk)=2^{\wt(\bk)}\zeta^{(-1/2)}(\bk)$ と書くこともできる。


関係式族

先に述べた多重 $t$ 値のHurwitz型の表示によって次が成り立つ。

定理 1 (調和関係式; Hoffman1Theorem 3.1)

許容インデックス $\bk,\bl$ に対し \[t(\bk\ast\bl)=t(\bk)t(\bl)\] が成り立つ。

これに基づいて、調和正規化のような現象もみられる1(Theorem 3.3)[1]。また、調和関係式から代数的に従う次の定理もすぐにわかる。

2 (Hoffman1Theorem 3.2)

高さ極大 (即ちすべての成分が $2$ 以上) のインデックス $(k_1,\ldots,k_r)$ に対し \[\sum_{\sigma\in S_r}t(k_{\sigma(1)},\ldots,k_{\sigma(r)})=\sum_{B_1,\ldots,B_N}(-1)^{r-N}\prod_{i=1}^{N}(b_{i}-1)!t(k_{b_{i}})\] が成り立つ。ここで $S_{r}$ は $r$ 次の対称群であり、$\{B_1,\ldots,B_N\}$ は $\{1,\ldots,r\}$ の分割全体を渡り、$b_i=\sum_{j\in B_i}k_j$ とおいた。


一方で、$\{\ep_{1},\ldots,\ep_{k}\}\in\{0,1\}$ に対し \[I_{T}(0;\ep_1,\ldots,\ep_k;1)=\int_{0<t_1<\cdots<t_k<1}\prod_{i=1}^k \left((1-\ep_i)\frac{1}{t_i}+\ep_i\left(\frac{1}{1-t_i}+\frac{1}{1+t_i}\right)\right)dt_i\] とおけば多重 $T$ 値は積分表示 \[T(k_1,\ldots,k_r)=I_T(0;1,\{0\}^{k_1-1},\ldots,1,\{0\}^{k_r-1};1)\] をもつことから、次の二つが得られる。

定理 3 (シャッフル関係式; Kaneko-Tsumura1)

許容インデックス $\bk,\bl$ に対し \[T(\bk\sh\bl)=T(\bk)T(\bl)\] が成り立つ。

定理 4 (双対性; Kaneko-Tsumura1Theorem 3.1)

許容インデックス $\bk$ に対し \[T(\bk)=T(\bk^{\dagger})\] が成り立つ。


また、多重 $T$ 値にはOhno-Zagierの定理の対応物が存在し、系として重み付き和公式の類似が証明されている。

定理 5 (Takeyama1Theorem 1.1)

冪級数の等式 \[1-\sum_{1\le r<k}\left(\sum_{s=1}^r\frac{1}{2^r}\sum_{\bk\in I_0(k,r,s)}T(\bk)\right)x^{k-r}y^r=\exp\left(\sum_{k\ge 2}\frac{T(k)}{2k}(x^k+y^k-(x+y)^k)\right)\] が成り立つ。

6 (Kaneko-Tsumura1Theorem 3.2)

整数 $k\ge 3$ に対し \[\sum_{j=1}^{k-2} 2^{k-j-1}T(j,k-j)=(k-1)T(k)\] が成り立つ。

定理 7 (Berger-Chandra-Jain-Xu-Xu-Zhao1Theorem 1.1)

整数 $k\ge 4$ に対し \[\sum_{\bk=(k_1,k_2,k_3)\in I_0(k,3)}2^{k_2}(3^{k_3-1}-1)T(\bk)=\frac{2}{3}(k-1)(k-2)T(k)\] が成り立つ。

定理 8 (Kaneko-Tsumura1Theorem 3.3)

整数 $k\ge 4$ に対し \[\sum_{\bk\in I_{0}(k,3)}T(\bk)+\sum_{j=2}^{k-2}T(1,k-1-j,j)=\frac{2}{3}T(2)T(k-2)\] が成り立つ。

$t$ 値や $T$ 値の空間

空間どうしの包含

レベル $2$ の多重ゼータ値は明らかに交代多重ゼータ値 (alternating multiple zeta value) \[\zeta(k_1,\ldots,k_r;\ep_1,\ldots,\ep_r)=\sum_{0<n_1<\cdots<n_r}\frac{(-1)^{\ep_1n_1+\cdots+\ep_rn_r}}{n_1^{k_1}\cdots n_r^{k_r}}\qquad \left(\begin{array}{c} \ep_1,\ldots,\ep_r\in\{0,1\},\\ (k_1,\ldots,k_r)\in\cI_0,\end{array}~(k_r,\ep_r)\neq(1,1)\right)\] の張る $\bbQ$ 代数 (こちらが調和関係式を満たすことも簡単な計算でわかる) に入っているが、より強く次が予想されている。

予想 9 (Kaneko-Tsumura1Conjecture 5.1)

すべての多重 $T$ 値の張る $\bbQ$ 代数 $\cT^{\sh}$ は $\cZ$ を含むであろう。ここで $\cZ$ はすべての多重ゼータ値が張る $\bbQ$ 代数である。

調和関係式によって多重 $t$ 値の張る $\bbQ$ 代数が $\cZ$ を含むことはMurakami4(Theorem 2)で証明されており、より強く任意の多重ゼータ値が $t(k_1,\ldots,k_r)$ ($k_1,\ldots,k_r\in\{2,3\}$) の $\bbQ$ 係数線型和で書けることも言えている。逆 (MZVs $\stackrel{?}{\subseteq}$ MtVs) についても同論文Theorem 1が「高さ極大のインデックス $\bk$ に対し $t(\bk)\in\cZ$ である」という部分的な回答を与えている。

重さごとの予想

整数 $k\ge 2$ に対し \[\cT^{\ast}_{k}=\mathrm{span}_{\bbQ}\{t(\bk)\mid \bk\in\cI'_{0},~\wt(\bk)=k\}\] とおき、$\cT^{\ast}_{0}=\bbQ,~\cT^{\ast}_{1}=\{0\}$ とする。このとき次が予想されている:

予想 10

整数 $k\ge 0$ に対し $\dim_{\bbQ}\cT^{\ast}_{k}=F_{k-1}$ が成り立つであろう。ここで $F_{k-1}$ はFibonacci数列 ($F_{0}=F_{1}=1$ と $F_{k}=F_{k-1}+F_{k-2}$ ($k\ge 2$) で定まる) である。

交代多重ゼータ値とレベル $2$ の多重ゼータ値の場合は重さ $k$ での次元がともに $F_{k}$ であると予想されている (Yuan-Zhao5) ことを付記しておく。対照的に、多重 $T$ 値の場合は簡明な漸化式が予想されていない: 上の $\cT^{\ast}_{k}$ の定義で $t$ 値を $T$ 値へ取り換えたものを $\cT^{\sh}_{k}$ と書くことにすると、Kaneko-Tsumura2による数値計算は次のように示唆している。

$k=$ $0$ $1$ $2$ $3$ $4$ $5$ $6$ $7$ $8$ $9$ $10$ $11$ $12$ $13$ $14$ $15$
$\mathrm{dim}_{\bbQ}\cT^{\sh}_{k}\stackrel{?}{=}$ $1$ $0$ $1$ $1$ $2$ $2$ $4$ $5$ $9$ $10$ $19$ $23$ $42$ $49$ $91$ $110$

さらに、多重ゼータ値におけるHoffmanの基底予想に対応するものとして、次の予想がある (MZVではBrownの結果があるのと異なり、Sahaの基底が $\cT^{\ast}_{k}$ を生成することも2021年現在で未解決である。)

予想 11 (Saha1)

$\{t(k_{1},\ldots,k_{r-1},k_{r}+1)\mid k_{1},\ldots,k_{r}\in\{1,2\},~1\le r\le k-1\}$ は $\cT^{\ast}_{k}$ の $\bbQ$ ベクトル空間としての基底となるであろう。

微分構造

多重 $t$ 値には「微分構造が入る」という予想がなされている。

予想 12 (Hoffman1Conjecture 2.1)

$\bbQ$ 線型写像 $\theta\colon\fH^{0}\to\bbR$ を $z_{\bk}\mapsto t(\bk)$ ($\bk\in\cI'_0$) と定めると、$\mathcal{T}^{\ast}$ 上の導分 $d$ が存在して任意の $w\in\fH^{0}$ に対し $(d\circ\theta)(w)=(\theta\circ A_{-})(w)$ が成り立つ. ここで $A_{-}\colon\fH^{0}\to\fH^{0}$ は \[A_{-}(z_{\bk})=\begin{cases}z_{\bl} & (\bk=(1,\bl)~(\exists \bl\in\cI'_0))\\ 0 & (\text{otherwise})\end{cases}\] から定まる $\bbQ$ 線型写像である。

興味深いことに, このような導分の候補として「$\log 2$ による微分」が挙げられている: たとえば \[t(1,1,2)=\frac{11}{60}t(4)+\frac{1}{4}\zeta(1,3;0,1)-\frac{1}{2}t(3)\log 2+\frac{1}{2}t(2)(\log 2)^{2}\stackrel{\text{‘‘}d/d\log 2\text{’’}}{\longrightarrow}-\frac{1}{2}t(3)+t(2)\log 2=t(1,2)\] となる。

多重 $T$ 値の双対性の一般化

定理 4にパラメータを付けた広範な一般化がHirose-Iwaki-Sato-Tasaka6で示されている。空でないインデックス $\bk=(k_1,\ldots,k_r)$ と $\bep=(\ep_1,\ldots,\ep_r)\in\{0,1\}^r$ が $(k_r,\ep_r)\neq (1,1)$ を満たすとき、組 $\tilde{\bk}=(\bk;\bep)$ をadmissible augmented indexと呼ぶことにし、 \[e_{\tilde{\bk}}=(-1)^r\prod_{i=1}^r ((-1)^{\ep_i}e_z+\ep_ie_1)e_0^{k_i-1}\] とおく。ここで右辺は $\fH_{(z)}=\bbQ\langle e_0,e_1,e_z\rangle$ の元である。$\fH_{(z)}$ 上の反自己同型 $\tau_{(z)}$ を $e_0\mapsto e_z-e_1,~e_1\mapsto e_z-e_0,~e_z\mapsto e_z$ から定め、$\tau_{(z)}(e_{\tilde{\bk}})=e_{\tilde{\bk}^{\dagger}}$ が成り立つ唯一のadmissible augmented index $\tilde{\bk}^{\dagger}$ を $\tilde{\bk}$ の双対と呼ぶ。このとき次が成り立つ。

定理 13 (Hirose-Iwaki-Sato-Tasaka1Theorem 1.1)

admissible augmented index $\tilde{\bk}=(\bk;\bep)$ と $z\in\bbC\setminus[0,1]$ に対し \[\Li(\tilde{\bk};z)=\sum_{0=n_0<n_1<\cdots<n_r}\prod_{i=1}^r\frac{\ep_i+(-1)^{\ep_i}z^{n_i-n_{i-1}}}{n_i^{k_i}}\qquad (\bk=(k_1,\ldots,k_r),~\bep=(\ep_1,\ldots,\ep_r))\] とおくと \[\Li(\tilde{\bk};z)=\Li(\tilde{\bk}^{\dagger};z)\] が成り立つ。

定義より $\Li(k_1,\ldots,k_r;\{1\}^r;-1)=T(k_1,\ldots,k_r)$ であるから、これは多重 $T$ 値の双対性の一般化である。原論文では $\Li(\tilde{\bk};z)$ の積分表示を用いて変数変換により双対性を証明している一方で、Yamamoto7ではSeki-Yamamoto8連結和法に変数をつける形で証明がなされている[2]

脚注


参考文献

  • 1 M. Kaneko, C. Xu and S. Yamamoto. (2021) "A generalized regularization theorem and Kawashima's relation for multiple zeta values". J. Algebra 580 : 247-263.

  1. Kaneko-Xu-Yamamoto1で一般のHurwitz型多重ゼータ値に対し定義された正規化はこれの拡張になっている。
  2. $\Li(\tilde{\bk};z)$ はもともと反復積分によって定義されており、級数による表示もYamamoto2によって与えられたものである。