導分

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導分

導分は函数の微分の代数的な一般化であり、古典的な函数の微分を「函数に対して函数を対応させる写像」として捉えたときに成立している基本的な性質を抽象化したものである。 古典的な函数の微分はEuclid空間が持つノルムの構造などに依存して定義されていたが、 ひとたび代数的に抽象化されるとEuclid空間ほどリッチな構造を持たない対象に対しても微分の類似を考えることができるようになるため、 代数幾何や代数解析などの文脈では大変基本的で有用な道具となる。

本稿では整数論での応用も考慮し、可換とは限らない環に対して導分を定義する。 一般の環に於いては、例えばOre拡大の構成に用いられ、これによりWeyl代数が構成される。 少し構造を追加した多元環論の文脈に於いては、古くから分離多元環の特徴づけ((より一般に、環拡大の分離性も一般導分を用いて行われる。))に用いられており、この特徴づけを通して1次Hochschildコホモロジーが分離多元環からのずれを測る量であると理解できる。 なお、一般の環に不慣れな場合も考慮し、冗長性を厭わず可換環の場合も記述している。

概要

故郷:作用素としての微分

滑らかな実数値函数 $f, g\colon\mathbb{R}\rightarrow\mathbb{R}$ について考えよう。 先ず仮定より $f$ および $g$ は微分可能であるから、導函数と呼ばれる二つの滑らかな函数 $(f)', (g)'\colon\mathbb{R}\rightarrow\mathbb{R}$ が定まっている。 また実数値函数は終域 $\mathbb{R}$ の加法を用いて函数どうしを足し合わせることができ、 それを $f+g$ と書くとき $f+g$ は再び滑らかであることが示される。 よって $f+g$ の導函数が存在するが、これは実は $(f+g)'=(f)'+(g)'$ と計算することができる。更に $\mathbb{R}$ の乗法を用いて函数どうしをかけあわせると、やはり滑らかであって導函数は $(fg)'=f(g)'+(f)'g$ と計算することができる。この公式をLeibniz則というのであった。

ここで、${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ を実数 $\mathbb{R}$ 上の滑らかな実数値函数全体とすれば、 終域 $\mathbb{R}$ の演算を用いて定まる二つの二項演算 $+$ および $\times$ によりこれは環を為している。 函数の微分は ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ の元から ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ の元を対応させる写像 $(-)'$ であって、 ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ の演算 $+$ および $\times$ との整合性があるものと理解することができる。 このような性質を抽象化することによって、位相的構造(正確にはノルム空間の構造)が入っておらず極限演算が定義できないような環に対しても、 a prioriに写像を与えてしまうことで微分に似た演算を考えられるようになる。 ((ここでは簡単に「a prioriに写像を与える」と書いたが、実際に具体的な環 $A$ を与えたときに“何らかの意味のある導分” $D\colon A\rightarrow A$ を見出すことは一般に容易なことではない。しかし、これが大変重要であることもまた事実である。例えば滑らかな実数値函数の為す環を考えてみると、微分演算という重要で具体的な導分があることを既に見た。種々の導分の中で瞬間の傾きを与える函数を返す操作であるという点で“意味のある”微分を定義するためには、環構造のみではなくそれと整合しているノルム構造を用いる必要があるし、これが導分であることを示すためには解析的な議論が必要になる。よって解析を知っていればただちに例であることが分かる微分も、そういった背景を持っていない場合には付加的な構造を定めて議論しなければならない点で発見は容易ではないであろう。この微分の例のように環構造と整合する付加構造を備えている場合は付加構造と何らかの意味で整合しているという点で“意味のある”導分を考えることができ、これを与えるとより深い結果が得られる場合がある。また可換環論的な視座に立つと、具体的な導分の核として得られる環が種々の興味深い例になっていることがあり、この点で“意味のある”導分が知られている。例えばHilbertの第14問題に関しては、最初に永田が与えた反例こそ導分を用いたものでなかったが、それに続く研究では導分の核として定義されるものが殆どである。Hilbertの第14問題はこの導分の核として具体例を構成するという手法によりかなり精密な分析ができるようになったといってもよいであろう。以上は具体的な導分を考える嬉しさについて補足をしたが、本稿で解説される通り導分全体を考えることは(形式的に定義できるという意味で)容易であるものの、実は代数幾何学的な意味を持つ重要な対象であることが知られていることもこの時点で知っておいて損はないであろう。))


本稿を読む上での用語法に関する注意

本稿では冒頭にも書いた通り可換とは限らない環に対して導分を定義する。 そのため可換環に興味のある場合はあまり馴染みのない用語法により定義されるように感じられるやもしれないので、 最も基本的な用語法の定義と、 可換な場合に対応する概念とを明示しておく。 なお、以降の説明に於いては都度可換な場合に言及するように努めたため、 この項目は読み飛ばしても差し支えなく、 寧ろ以降を読む中でどのような対応があるかを整理したくなった場合に戻ってくることを念頭においている。

  • は加法に関してアーベル群を為し、乗法に関してモノイドを為す両側分配系とする。
  • 可換環は加法に関してアーベル群を為し、乗法に関して可換モノイドを為す両側分配系とする。
  • $R$ を環とするとき、$R$ の中心 $\mathsf{C}(R)$ は、$R$ の任意の元と交換する元の全体として定義される $R$ の部分集合である。
    • $R$ を環とするとき、$R$ の中心 $\mathsf{C}(R)$ は $R$ の可換な部分環である。なお、中心と極大な可換部分環とは一致するとは限らない((例えば四元数体 $\mathbb{H}$ について、この中心は $\mathbb{R}$ であるが $\mathbb{R}$ を真に含む可換部分環として $\mathbb{C}$ が取れる。))。
    • $A$ を可換環とするとき、 $A$ の中心は $A$ と一致する。
  • 組 $\langle\Lambda, {\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}\rangle$ が $A$-多元環であるとは、$\Lambda$ が環であり、${\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}$ が $A$ から $\Lambda$ への環の射であって$\Lambda$ の中心を経由するもののことである。
  • 組 $\langle B, {\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{B/A}\rangle$ が $A$-代数であるとは、$B$ が可換環であり、${\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{B/A}$ が $A$ から $B$ への環の射であるもののことである。
    • $\langle\Lambda, {\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}\rangle$ が $A$-多元環のとき、$\Lambda$ が可換であることと組が $A$-代数であることとは同値である。

導分の定義と基本性質

先ず一般に環上の導分を定義するところから始めよう。

定義(環の導分)

$R$ を環とし、$M$ を両側 $(R, R)$-加群とする。 このとき写像 $D \colon R \rightarrow M$ が $R$ から $M$ への導分である(または単に導分である)とは

  1. $R$ の任意の元 $x$、$y$ について $D(x+y)=D(x)+D(y)$ が成立する。
  2. $R$ の任意の元 $x$、$y$ について $D(xy)=xD(y)+D(x)y$ が成立する。

を満たすことである。 $R$ から $M$ への導分全体を ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R,M)$ と書く。 条件2をLeibniz則といい、これを用いると $D$ が $R$ から $M$ への導分であるとき $D(0)=D(00)=0D(0)+D(0)0=0$と計算できるので、条件1と併せると群準同型であることが分かる。 もし $R=M$ かつ $R$ を積が定める両側 $(R, R)$-加群と見做す場合、$R$ から $R$ への導分を指して $R$ の導分と呼ぶことがある。 $R$ の導分全体は単に ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R)$ と書く。

導分 $D$ は群準同型であるから、アーベル群としての核 ${\mathop{\mathsf{Ker}}\nolimits}_{\mathsf{Abel}}(D)$ を考えることができる。 これを導分の核といい、単に $\mathop{\mathsf{Ker}}(D)$ と書く。 Leibniz則に注意すると $\mathop{\mathsf{Ker}}(D)$ は $R$ の部分環を為すため、これを強調するときは $R^D$ とも書く。 この導分の核については可換環論、特に多項式環を詳しく調べる文脈に於いて重要であるが、 今現在でも未解決な問題が少なくない。 後で引用する都合も考え、命題としてまとめておこう.

命題(導分の核が部分環であること)

$R$ を環とし、$M$ を両側 $(R, R)$-加群とし、$D$ を $R$ から $M$ への導分とする。このとき $R^D$ は部分環である。

証明 $R^D$ が $R$ の単位元を含むことを示す。これには $D(1)$ を計算すればよく、Leibniz則に注意すると $D(1)=D(1\times 1)=D(1)+D(1)$ と書き下される。 よって両辺から $D(1)$ を引くことで $D(1)=0_M$ の成立が分かる。 部分環の他の条件については、加法に関する条件は $R^D$ が群準同型としての核であることから従い、 積に関する条件はLeibniz則を適用すれば容易に分かる。 証明終

ここで導分が単位元を零元に写すことは ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ の上の微分について $(1)'=0$ が成立することの類似であることに注意しておこう。 この類似より本稿では常に加群の零元を返す写像を零写像と呼ぶことにする。 ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ の上の微分の場合はより強く定数函数の微分が零写像であることが解析的に示されるが、 このことを定式化するためには定数函数という言葉を明確にしなければならない。 先ず一番最初に思い当たるのは導分の核 $R^D$ を定数環と呼び、その元を定数函数と見做す方法である。 これは実際に可換環の文脈に於いて用いられる便利な用語法であり、 $R$ が可換環のとき包含写像 $\iota\colon R^D\rightarrow R$が多元環の構造を定めることが便利さを生じせしむ一つの理由である。 しかし一般の多元環上の導分については、核上の多元環と見做せるとは限らないことがあるためもう少し精密に観察した方がよい((非可換な$\mathbb{R}$-代数として四元数体 $\mathbb{H}$ を考える。$\mathbb{H}$ から自明な両側 $(\mathbb{H}, \mathbb{H})$-加群への導分 $D$ を考えると、これは終域が一元集合であるから一意的に定まる。この導分の核は $\mathbb{H}$ であるから $\mathbb{H}^D=\mathbb{H}\nsubseteq\mathbb{R}=\mathop{\mathsf{C}}(\mathbb{H})$ と計算できるため、導分の核からの包含写像は多元環の作用射ではない。))。

ここで ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ の上の微分の例に立ち返ると ${\mathop{\mathbf{C}}\nolimits}^{\infty}(\mathbb{R})$ は $\mathbb{R}$ 上の多元環になっており、 この $\mathbb{R}$ の作用の言葉を用いると定数函数 $r$ は $1$に $\mathbb{R}$ の元 $r$ をスカラー倍して得られるものと換言できることに注意しよう。 $A$-多元環上の導分については次のような整合性条件を考えるのが妥当である。

定義(多元環の作用射と整合する導分)

$A$ を可換環とし、 組 $\langle\Lambda, {\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}\rangle$ を $A$ 上の多元環とする。 ここで ${\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}$ は多元環としての作用射、即ち $A$ から $\Lambda$ への環準同型であって中心 $\mathop{\mathsf{C}}(\Lambda)$ を経由するものとする。 よって $\Lambda$ が可換環の場合は $A$-代数を考えることに相当する。 更に $M$ を両側 $(\Lambda, \Lambda)$-加群とするとき写像 $D \colon \Lambda \rightarrow M$ が $\Lambda$ から $M$ への$A$-導分であるとは、

  1. $D$ は $\Lambda$ 上の導分である。
  2. $A$ の任意の元 $a$ について、$D\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)\colon\Lambda\rightarrow M$ は零写像である。

を満たすことである。$\Lambda$ から $M$ への $A$-導分全体を ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda, M)$ と書く。 $\Lambda$ の導分であって全体は $A$-導分であるもの全体を単に ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda)$ と書く。

$A$-導分の条件2は作用射に沿って $A$ の元を $\Lambda$ の元と見做したとき、 定数函数のような振る舞いをするということを意図している為め(あまり一般的ではないが)$A$-定数条件と呼ぶことがある。 本稿では作用射と整合すると言い表すこともある。 作用射は環準同型であるためその像は部分環であり、$\Lambda$ の中心と導分の核との交叉 $\mathsf{C}(\Lambda) \cap R^D$ は $D$ が定数条件を満たす最大の部分環である。 特に $\Lambda$ が可換環の場合は $\mathsf{C}(\Lambda)=\Lambda$が成立するため $R^D$ が定数条件を満たす最大の部分環が定数環であるといえる。 $A$-定数条件は作用射の像が $\mathsf{C}(\Lambda) \cap R^D$ に含まれることと換言できる。

一般に環 $R$ は $\mathbb{Z}$-多元環と見做せるが、 $R$ の導分 $D$ は $D(0)=D(1)=0$ が成立するので $\mathbb{Z}$-導分である。 よって ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_\mathbb{Z}(\Lambda, M)={\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(\Lambda, M)$ が成立する。

$A$-定数条件より弱く $A$-導分ではないが特定の元 $a$ について $D\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)$ が零写像であるという状況も起こりうる。 このとき $D$ は $a$ に関する定数条件を満たすという。 この用語法は便宜的なものであり、ここだけのものであることに留意されたい。 $a$ に関する定数条件を満たすことは、次のように特徴づけることができる。 この特徴づけより、$A$-導分であれば$A$ の作用は導分と交換することが分かる。

命題($a$に関する定数条件の特徴づけ)

上述の記法の下で、$A$ の元 $a$ について次の二条件は同値である。

  • $D$ は $a$ に関する定数条件を満たす。
  • $\Lambda$ の任意の元 $f$ について,$D(af)=aD(f)$ が成立する。

証明 (1)ならば(2)について、$\Lambda$ の元 $f$ を任意にとる。 このとき $D(af) =D({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a) \times f) ={\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)D(f)+D({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a))f =aD(f)+0f =aD(f)$ と計算できるのでよい。

(2)ならば(1)については、 $\Lambda$ の元として特に $1_\Lambda$ を取れば $0=D(a1_\Lambda)-aD(1_\Lambda) =D({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)\times 1_\Lambda)-a0 =D({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)) =D\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)$ と計算できるのでよい。


命題(導分の基本性質:$D(a^n)$ および $D^n(ab)$の計算)

$R$ を環とし、$D$ を $R$ から $M$ への導分とする。 $R$ の元 $a$、$b$ について次が成立する。

  • $D(a^n)=\sum_{i+j=n-1}a^iD(a)a^j$ が成立する。
  • $D$ が可換環 $R$ の導分ならば $D(a^n)=na^{n-1}D(a)$ が成立する。
  • $D$ が正標数の可換環 $R$ の導分ならば $D(a^{\mathop{\mathsf{char}}(R)})=0$ が成立する。
  • $D$ が環 $R$ の導分ならば $D^n(ab)=\sum_{i+j=n}\binom{n}{i}D^i(a)D^j(b)$ が成立する。
  • $D$ が正標数の環 $R$ の導分ならば $D^{\mathop{\mathsf{char}}(R)}(ab)=D^{\mathop{\mathsf{char}}(R)}(a)b+aD^{\mathop{\mathsf{char}}(R)}(b)$ が成立する。

特に $R$ が正標数ならば $D^{\mathop{\mathsf{char}}(R)}$ も $R$ の導分である。

証明は数学的帰納法による。Leibniz則を繰り返し適用すればよく、 容易であるので省略する。 これを用いるとHochschildの公式が得られる。(準備中)


導分全体の構造

次に導分全体に自然に構造が誘導されることを見ていこう。

命題(${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R, M)$ は両側$(\mathsf{C}(R), \mathsf{C}(R))$-加群である)

$R$ を環、$M$ を両側 $(R, R)$-加群とするとき、 ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R,M)$ は両側$(\mathsf{C}(R), \mathsf{C}(R))$-加群である。 特に $R$ が可換のとき、 ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R,M)$ は両側$(R, R)$-加群である。

証明 加法は $(D+D')(a)=D(a)+D'(a)$ と定め、$\mathsf{C}(R)$ の作用は $(rD)(a)=r(D(a))$ および $(Dr)(a)=(D(a))r$ と定める。 示すべきことはこれらが $R$ から $M$ への導分であることと、この演算が両側$(\mathsf{C}(R), \mathsf{C}(R))$-加群の構造を定めていることの二つである。 非可換の場合に特に注意するべきは $rD$ のLeibniz則の証明にあるため、ここのみ詳述する。 $\mathsf{C}(R)$ の元 $c$ と $R$ の元 $r$、$r'$ について考える。 このとき $$ \begin{aligned} (cD)(rr')&=c(D(rr'))\\ &=c(rD(r')+D(r)r')\\ &=c(rD(r'))+c(D(r)r')\\ &=(cr)D(r')+(cD(r))r' \end{aligned} $$ までは $c$ が $R$ の元であっても成立する(最後の等号に於いて $M$ が両側 $(R, R)$-加群であることを用いていることに留意されたい)。 しかしこれが $r(cD(r'))+(cD(r))r'=(rc)D(r')+(cD(r))r'$ と一致することは、$c$ を中心の元とは限らない $R$ の元とすると、$r$ および $M$ の取り方によっては一般には成立しない。 一方で $r$ が $R$ の中心の元であることを仮定すれば $ar=ra$ が成立するので一致が分かる。 証明終

命題(${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda, M)$ は ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(\Lambda, M)$ の両側部分加群である)

$A$ を可換環、$\Lambda$ を $A$-多元環、$M$を両側$(\Lambda, \Lambda)$-加群とするとき、 ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda, M)$ は ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(\Lambda, M)$ の両側$(\mathsf{C}(R), \mathsf{C}(R))$-部分加群である。 特に $\Lambda$ が可換のとき、 ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda, M)$ は両側$(\Lambda, \Lambda)$-加群である。

証明 示すべきことは $D+D'$ および $cD$、$Dc$ が $A$-導分であることである。 $A$ の元 $a$ を任意にとると、$(D+D')\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r)=(D+D')({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r))=D({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r))+D'({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r))=0_M$ が成立するので $D+D'$ は $A$-導分であり、 $ cD\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r)=cD({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r))=c(D({\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r)))=c0=0$ が成立するので $cD$ は $A$-導分である。 $Dc$ についても同様である。 証明終


命題(${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R)$ はLie環である)

$R$ を環とするとき、 $R$ の上の導分全体 ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}(R)$ はブラケット積 $[D, D']\coloneqq D \circ D' - D' \circ D$ によりLie環を為す。

証明 示すべきことは $[D, D']=D \circ D'-D'\circ D$ が $R$ の上の導分であることと、$[-,?]$ がLie環の構造を定めることである。 $R$ の上の導分であることはLeibniz則が最も非自明であるためこれを示す。 $R$ の元 $r$、$r'$ を任意にとると

$$ \begin{aligned} (D \circ D' - D' \circ D)(rr') &=D \circ D'(rr') - D' \circ D(rr')\\ &=D(D'(r)r'-rD'(r'))-D'(D(r)r'-rD(r'))\\ &=D(D'(r))r'-D'(r)D(r')-D(r)D'(r')+rD(D'(r'))-D'(D(r))r'+D(r)D(r')+D'(r)D(r')-rD'(D(r'))\\ &=D(D'(r))r'+rD(D'(r'))-D'(D(r))r'-rD'(D(r'))\\ &=r(D\circ D'(r')-D'\circ D(r'))+(D\circ D'(r)-D'\circ D(r))r'\\ &=r(D\circ D'-D'\circ D(r'))+(D\circ D'-D'\circ D(r))r' \end{aligned} $$

と計算されるのでよい。 このように素朴な計算によって加法に関する準同型性も示され、$D\circ D'-D'\circ D$ は $R$ の上の導分と分かる。 Lie環の構造を定めることは、双加法性とJacobi恒等式とを確かめるべきであるが、これらも素朴に計算すると分かる。 証明終

命題(${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda)$ はLie $A$-代数である)

$A$ を可換環とし、$\Lambda$ を $A$-多元環とするとき、 $\Lambda$ の上の導分全体 ${\mathop{\mathsf{Der}}\nolimits}_A(\Lambda)$ はブラケット積によりLie $A$-多元環を為す。

証明 ブラケット積が $A$-定数条件を満たすことは、$[D, D']\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a)(r)=(D\circ D'\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a))(r)-(D'\circ D\circ{\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}(a))(r)=0$ よりよい。 双 $A$-線型性は $A$-多元環の作用射 ${\mathop{\mathsf{act}}\nolimits}_{\Lambda/A}$ が $\Lambda$ の中心を経由することに注意すると容易に分かる。 証明終

導分の例

自明な導分

多項式環に於ける例

解析的整数論からの例

導分加群

導分加群の構成

相対導分加群の構成

第一基本完全列

第二基本完全列

関連する話題:不分岐性

$\sigma$-導分とOre拡大

この節では環の導分の一種の一般化である $\sigma$-導分を定義する。 $\sigma$-導分は環の導分を環の自己同型で捻ったものであり、 このような捻りを加えることで様々な環を構成することが可能になる。 $\sigma$-導分を用いた環の環の構成の一例としてOre拡大を紹介し、 これが重要な例を含むクラスであることや、 元の環の性質を保存する拡大であることを調べる。

Ore拡大の定義と例

Ore拡大の基本的な性質

一般導分と環の分離拡大

導分による分離的代数の特徴づけ

一般導分の定義

一般導分による分離環拡大の特徴づけ

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1次のHochschildコホモロジー