Hoffman代数

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$\newcommand{\reg}{\mathrm{reg}}$ $\newcommand{\hof}{\mathfrak{H}}$ $\newcommand{\ep}{\varepsilon}$ $\newcommand{\bk}{\boldsymbol{k}}$ $\newcommand{\bl}{\boldsymbol{l}}$ $\newcommand{\be}{\boldsymbol{e}}$ $\newcommand{\bf}{\boldsymbol{f}}$ $\newcommand{\emp}{\varnothing}$ $\newcommand{\II}{\mathcal{I}}$ $\newcommand{\sh}{\text{ш}}$ $\newcommand{\kak}[1]{\left(#1\right)}$ $\newcommand{\ue}{\uparrow}$ $\newcommand{\hidari}{\leftarrow}$ $\newcommand{\shita}{\downarrow}$ $\newcommand{\QQ}{\mathbb{Q}}$ $\newcommand{\RR}{\mathbb{R}}$

Hoffman代数 (Hoffman algebra) とは、多重ゼータ値やその変種を取り扱うのに便利な代数的枠組みである。これを通して関係式同士の包含などをきちんと定式化することができ、多重ゼータ値に関連する研究には不可欠な道具となっている。「Hoffman代数」という言葉はある程度浸透しているものの完全な用語として定着してはおらず、単にHoffman's algebraic formulationやalgebraic setupなど呼ばれることもある。

定義

定義 1 (Hoffman代数)

有理係数の二変数非可換多項式環を $\hof=\QQ\langle x,y\rangle$ と書き、 \[\hof^1=\QQ+y\hof,\qquad \hof^0=\QQ+y\hof x\] をその部分代数とする。

  • この定義は多重ゼータ値の定義の仕方によって異なり、著者によっては $\hof^1=\QQ+\hof y$ や $\hof^0=\QQ+x\hof y$ を採用するケースも多々ある。以後も同様であるが、本記事では一貫して定数と $y$ で始まるものの線型和を $\hof^1$ の元、定数と $y$ で始まり $x$ で終わるものの線型和を $\hof^0$ の元と約束する。

準同型 $\tilde{S}\colon\hof\to\hof$ を $x\mapsto x$ と $y\mapsto y+x$ から定め、$\QQ$ 線形写像 $S^1\colon\hof^1\to\hof^1$ を $S^1(yw)=y\tilde{S}(w)$ ($w\in\hof$) と定める。この写像は多重ゼータスター値を取り扱う際に重要となる。

インデックスとの対応

インデックスに関連する概念については多重ゼータ値#インデックスに関する記号と定義を参照。インデックス、許容インデックスの $\QQ$ 係数形式的線形和全体の集合をそれぞれ \[\mathcal{R}=\mathrm{span}_{\QQ}\II_0,\qquad \mathcal{R}_0=\mathrm{span}_{\QQ}\II'_0\] と書く。このとき $z_{\emp}=1\in\hof^1$ とおき、空でないインデックス $\bk=(k_1,\ldots,k_r)$ に対し \[z_{\bk}=yx^{k_1-1}\cdots yx^{k_r-1}\] と定めることで、$\QQ$ 線形写像 $\mathcal{R}_0\to\hof^1;\bk\mapsto z_{\bk}$ ($\bk\in\mathcal{ I}_0$) は全単射となる。このこと (とくに生成元どうしの対応 $\bk\leftrightarrow z_{\bk}$) を指してwordとインデックスの対応という。ここでwordは $x,y$ からなる有限個の文字列 (モニックな単項式) のことを意味する。

  • この写像は $\hof^0$ に制限すると $\mathcal{R}_0$ への全単射となる。
  • この対応を通すと、インデックスの深さ、重さ、高さはそれぞれ対応するwordに含まれる $y$ の個数、文字の総数、$yx$ の個数であるということができる。この用法で $\hof^1$ に対して写像 $\mathrm{dep},\mathrm{wt},\mathrm{ht}$ を $\QQ$ 線形に延長して使うことがある。

調和積

定義 2 (調和積)

$\hof^1$ 上の $\QQ$ 双線形な積 $\ast$ を次の規則で帰納的に定義する: \begin{gather} 1\ast w=w\ast 1=w,\\ wz_k\ast w'z_l=(wz_k\ast w')z_l+(w\ast w'z_l)z_k+(w\ast w')z_{k+l}. \end{gather} ここで $w,w'\in\hof^1$ であり、$k,l$ は正整数とした。この積を 調和積 (harmonic product, stuffle product) という。

深さごとに帰納的に計算していくことで、次の事実がわかる。

命題 3 (Hoffman1Theorem 2.1)

積 $\ast$ は結合的かつ可換である。

この事実より $\ast$ を備えた $\hof^1$ (resp. $\hof^0$) は可換な結合的 $\QQ$ 代数となるので、これを $\hof^1_{\ast}$ (resp. $\hof^0_{\ast}$) と書く。

次の命題は多重ゼータ値の対称和公式と呼ばれる関係式を導くのに使われる。

命題 4

インデックス $(k_1,\ldots,k_r)$ に対し \[\sum_{\sigma\in S_r}z_{k_{\sigma(1)}}\cdots z_{k_{\sigma(r)}}=\sum_{B_1,\ldots,B_N}(-1)^{r-N}(b_1-1)!\cdots (b_N-1)!z_{k_{b_1}}\ast\cdots\ast z_{k_{b_N}}\] が成り立つ。ここで $\{B_1,\ldots,B_N\}$ は $\{1,\ldots,r\}$ の分割全体を渡り、$b_i=\sum_{j\in B_i}k_j$ とおいた。

証明

集合の分割についての用語をいくつか復習する: 有限集合 $S$ の分割とは有限個の空でない部分集合の族 $\{B_1\ldots,B_N\}$ であって \[S=\bigsqcup_{i=1}^N B_i,\qquad B_i\cap B_j=\emp (i\neq j)\] を満たすものである。また $S$ の分割 $B=\{B_1,\ldots,B_N\},C=\{C_1,\ldots,C_M\}$ に対し $C$ が $B$ の細分であるとは、任意の $1\le i\le M$ に対しある $1\le j\le N$ が存在して $C_j\subseteq B_i$ となることである。この状態を $B\le C$ と書くと、細分全体の集合には半順序の構造が入る。さて調和積の定義より、$\{1,\ldots,r\}$ の任意の分割 $C=(C_1,\ldots,C_M)$ に対し \[z_{c_1}\ast\cdots\ast z_{c_M}=\sum_{B=(B_1,\ldots,B_N)\le C}\sum_{\sigma\in S_N}z_{b_{\sigma(1)}}\cdots z_{b_{\sigma(N)}}\] が成り立つ。ここで $b_i=\sum_{j\in B_i}l_j,~c_i=\sum_{j\in C_i}l_j$ とおいた。これにMöbiusの反転公式を適用することで \[\sum_{\sigma\in S_M}z_{c_{\sigma(1)}}\cdots z_{c_{\sigma(M)}}=\sum_{B=(B_1,\ldots,B_N)\le C}\mu(B,C)z_{b_1}\ast\cdots\ast z_{b_N}\] となり、$C=(\{1\},\ldots,\{r\})$ ととれば $\mu(B,C)=(-1)^{r-N}(b_1-1)!\cdots (b_N-1)!$ であることから示したい等式が得られた。

命題 5 (Hoffman1Theorem 3.1)

同型 $\hof^1_{\ast}\simeq\hof^0_{\ast}[y]$ が成り立つ。即ち任意の $w\in\hof^1$ に対しある非負整数 $n$ と $\hof^0$ の元 $w_0,\ldots,w_n$ が存在し \[w=\sum_{i=0}^n w_i\ast\underbrace{y\ast\cdots\ast y}_i\] となる。

この表示による「定数項」$w_0$ をしばしば $\reg_{\ast}(w)$ と書く。次の命題はその写像を使ってより高次の係数を具体的に記述できることを主張する。

命題 6 (Ihara-Kaneko-Zagier1Corollary 5)

上の命題の係数 $w_n$ は $\reg_{\ast}(wy^{n-i})/i!$ ととれる: 即ち任意の $w\in\hof^0$ と非負整数 $n$ に対し \[wy^n=\sum_{i=0}^n \frac{\reg_{\ast}(wy^{n-i})}{i!}\ast\underbrace{y\ast\cdots\ast y}_i\] が成り立つ。

命題 7 (Hopf代数構造; Hoffman1)

埋め込み射 $\QQ\to\hof^1;a\mapsto a$ を $\eta$ と書き、$\QQ$ 線形写像 $\epsilon\colon\hof^{1}\to\QQ$ をword $w$ に対し $w\mapsto\delta_{0,\mathrm{wt}(w)}$ として線型に拡張し定める ($\delta$ はKroneckerのデルタ)。また、インデックス $\bk$ に対し \[z_{\bk}\mapsto\sum_{i=0}^{\mathrm{dep}(\bk)}z_{\bk_{[i]}}\otimes z_{\bk^{[i]}}\] という対応を $\QQ$ 線形に拡張して $\Delta\colon\hof^1\to\hof^1\otimes\hof^1$ を定める。最後に、$\QQ$ 線形写像 $S\colon\hof^1\to\hof^1$ をインデックス $\bk$ に対し \[S(z_{\bk})=(-1)^{\mathrm{dep}(\bk)}S^1(z_{\overleftarrow{\bk}})\] と定義する。このとき $\ast$ を積、$\eta$ を単位射、$\Delta$ を余積、$\ep$ を余単位射、$S$ を対蹠射とすると $\hof^1$ は $\QQ$ 上のHopf代数となる。

8

空でないインデックス $\bk=(k_1,\ldots,k_r)$ に対し \[\sum_{i=0}^{\mathrm{dep}(\bk)}(-1)^i z_{k_1,\ldots,k_i}\ast S^1(z_{k_r,\ldots,k_{i+1}})=0\] が成り立つ。

命題 9 (Hoffman1Theorem 3.2)

空でないインデックス $\bk$ に対し \[(-1)^{\mathrm{dep}(\bk)}S(z_{\overleftarrow{\bk}})=\sum_{\substack{(\bk_1,\ldots,\bk_l)=\bk\\ \bk_i\neq\emp}}(-1)^lz_{\bk_1}\ast\cdots\ast z_{\bk_l}\] が成り立つ。

命題 10

$\hof$ 上の自己同型 $\phi$ を $y\mapsto -y$ と $x\mapsto x+y$ で定めると \[-(\phi\circ S^{1})(z_{\bk})=S^{1}(z_{\bk^{\vee}})\] が成り立つ。ここで $\bk^{\vee}$ は $\bk$ のHoffman双対インデックスである。

シャッフル積

定義 11 (シャッフル積)

$\hof$ 上の $\QQ$ 双線形な積 $\sh$ を次の規則で帰納的に定義する: \begin{gather} 1\sh w=w\sh 1=w,\\ wu\sh w'u'=(wu\sh w')u'+(w\sh w'u')u. \end{gather} ここで $w,w'\in\hof$ であり、$u,u'$ は $x,y$ のいずれかとした。この積を シャッフル積 (shuffle product) という。

重さごとに帰納的に計算していくことで、次の事実がわかる。

命題 12

積 $\sh$ は結合的かつ可換である。

調和積と同様、$\sh$ を備えたHoffman代数をそれぞれ $\hof_{\sh},\hof^1_{\sh},\hof^0_{\sh}$ と書く。

命題 13 (Reutenauer1Theorem 6.1)

同型 $\hof^1_{\sh}\simeq\hof^0_{\sh}[y]$ が成り立つ。即ち任意の $w\in\hof^1$ に対しある非負整数 $n$ と $\hof^0$ の元 $w_0,\ldots,w_n$ が存在し \[w=\sum_{i=0}^n w_i\sh\underbrace{y\sh\cdots\sh y}_i\] となる。

調和積と同様、この表示による「定数項」$w_0$ をしばしば $\reg_{\sh}(w)$ と書く。次の事実も同様である。

命題 14 (Ihara-Kaneko-Zagier1Corollary 5)

上の命題の係数 $w_n$ は $\reg_{\sh}(wy^{n-i})/i!$ ととれる: 即ち任意の $w\in\hof^0$ と非負整数 $n$ に対し \[wy^n=\sum_{i=0}^n \frac{\reg_{\sh}(wy^{n-i})}{i!}\sh\underbrace{y\sh\cdots\sh y}_i\] が成り立つ。

情報源

  1. ^  K. Ihara, M. Kaneko and D. Zagier. (2006) "Derivation and double shuffle relations for multiple zeta values". Compos. Math. 142 : 307-338.