テンソル解析
テンソル解析
テンソル解析(てんそるかいせき、tensor analysis)とは、可微分多様体上でのテンソル場に関する微分・積分に関する技術の総称である。 微分幾何の議論を進める上で非常に有用なツールである。 この項目ではテンソル解析の概要を一望することを主眼に置き、微分幾何を学ぶにあたって重要となる基礎概念を紹介する。 また各項目については基本的なことを述べるにとどめるので、より詳しい内容については各項目の解説記事を参照されたい。 $$$$
テンソル解析を学ぶ理由
曲線達によって作られる座標(曲線座標)において幾何学的な考察をしたり微積分の計算をすることは非常に多くの場面で必要とされる(例えば極座標での考察)。 従って一般の曲線座標系における計算技術を開発しておくことは,特定の座標で考察する際に明らかに利便性を高める。 またその考察結果が幾何学的に意味を持つためには座標の取り方に依存しない概念で語られる必要がある。 例えば、$\mathbb{R}^2$ において標準的な直交座標に関しての一次関数は直線を表すが、極座標に関しての一次関数は一般に曲線である。 従って、「座標の一次関数で表される〜」といった文言は特定の座標を固定した上での議論でない限りは幾何学的な意味を持たない。 テンソル解析を学ぶことで一般の曲線座標においても正しく意味のある考察を行うことができ、またそのためテンソル解析は微分幾何を理解するための必須の技術である。 $$$$
反変性と共変性
上に述べたように座標に依存しない形で定式化するために基本的な役割を果たすのがベクトル空間と双対ベクトル空間(速習「線形空間論」)の元に関する反変性、共変性および $(p,q)$-テンソルの概念である。 これらはベクトル空間、その双対空間、及びそれらのテンソル空間を幾何学的対象と見たときに要請されるべき性質である。 ここではこれらの性質と考え方を解説する。
$V$ を $n$ 次元実ベクトル空間とする。 $v\in V$がある2つの基底 $\{e_1,\cdots,e_n\},\ \{e'_1,\cdots,e'_n\}$ に関して、それぞれ $$ v=(e_1,\cdots,e_n)\begin{pmatrix}v^1\\ \vdots \\ v^n \end{pmatrix}=(e'_1,\cdots,e'_n)\begin{pmatrix}v'^1\\ \vdots \\ v'^n \end{pmatrix} $$ と表されるとする(今後 $v^i$ のように上付きの添字を使うことがしばしばある。べき乗の意味ではないので注意)。 2つの基底の間には、ある $a^i_{\ j}\in GL(n,\mathbb{R})$ があり、 $$ (e_1,\cdots,e_n)=(e'_1,\cdots,e'_n)\begin{pmatrix}a^1_1&\cdots&a^1_n \\ \vdots& \ddots & \vdots \\ a^n_1 & \cdots & a^n_1 \end{pmatrix} $$ という関係がある。 このとき $$ \begin{pmatrix}v^1\\ \vdots \\ v^n \end{pmatrix}=\begin{pmatrix}a^1_1&\cdots&a^1_n \\ \vdots& \ddots & \vdots \\ a^n_1 & \cdots & a^n_1 \end{pmatrix}^{-1}\begin{pmatrix}v'^1\\ \vdots \\ v'^n \end{pmatrix} $$ または成分で表示で書けば $$ v^i=(a^{-1})^i_{\ j}v'^j $$ なる関係がある。
また $V^\ast$ を $V$ の双対空間(速習「線形空間論」)とする。 ($V$ の双対空間とは $\mathbb{R}$-線形写像 $f:V\rightarrow\mathbb{R}$ 達が作る線形空間のことである。) $\{\theta^1,\cdots,\theta^n\},\ \{\theta'^1,\cdots,\theta'^n\}$ をそれぞれ $\{e_i\},\ \{e'_i\}$ に対する双対基底(速習「線形空間論」)とする。 ($V$ の基底 $\{e_j\}$ に対する双対基底とは、 $V^\ast$ の基底 $\{\theta^i\}$ で $\theta^i(e_j)=\delta^i_{\ j}$ となるものであり、$\{e_j\}$ に対して双対基底は一意的に定まる。) 今、$e_i=\sum_j a^j_{\ i}e'_j$ なる関係があるとしたから $\{\theta^i\}$ と $\{\theta'^i\}$ には $\theta^i=\sum_j (a^{-1})^i_{\ j}\theta'^j$ なる関係がなければならない。 先程と同様に、$f\in V^\ast$ が $f=\sum_if_i\theta^i=\sum_if'_i\theta'^i$ と表されるとすれば、$f^i=\sum_ja^i_{\ j}f'^j$ が成り立つ。
総括すると,基底の変換 $e_i=\sum_j a^j_{\ i}e'_j$ に応じて$v\in V$ の成分は $v^i=\sum_j (a^{-1})^i_{\ j}v'^j$ のように変換する。 この成分の変換性を反変性と呼ぶ。 また $v$ を反変ベクトルと呼ぶことがある。 同様に、$f\in V^\ast$ は基底の変換 $e_i=\sum_j a^j_{\ i}e'_j$ に応じて、その双対基底に関する成分が $f_i=\sum_ja^j_{\ i}f'_j$ と変換する。 これを共変性と呼ぶ。 また $f$ を共変ベクトルと呼ぶことがある。 これらは $V$ を固定する毎に相対的に決まる性質である。
これらの変換性の議論はほとんど自明であるが、成分の変換性を強調する理由はある。 $V$ を幾何学的対象と見たとき、研究の対象とするのは $V$ の構造または $V$ 内の色々な図形の性質で、典型例は $V$ の元、すなわちベクトルである。 ベクトルを記述する目的で任意に定めた基底を用いるが、これは $V$ の構造とは関係がない。 従って $V$ の幾何学的性質に関する言明は基底の変換に対して不変な形に述べられるべきである。 例えば、$v=\sum_iv^ie_i$ に対して、$\sum_iv^i\in\mathbb{R}$ という量は基底の変換 $e_i=\sum_j a^j_{\ i}e'_j$ に応じて、$\sum_{i,j}(a^{-1})^i_{\ j}v'^j$ と変換する。 この量は一般に $\sum_iv'^i$ とは異なる。 従って、基底を一つ選んだときのベクトルの成分の和という量は基底の選び方に依存し、$v$ の幾何学的実体とは関係がないと考えられる。 一方、$f=\sum_if_i\theta^i\in V^\ast$ に対して、$f(v)=\sum_if_iv^i$ は基底の変換 $e_i=\sum_j a^j_{\ i}e'_j$ に応じて、$\sum_if_iv^i=\sum_{i,j,k}f'_ja^j_i(a^{-1})^i_{\ k}v'^k=\sum_if'_iv'^i$ となる。 従ってこの量は基底の取り方に依存せず一つの実数を定めているため、幾何的に意味のある量と考えられる。
最後に $p$ 個の $V$ と $q$ 個の $V^\ast$ のテンソル積空間 $T^{(p,q)}:=\underbrace{V\otimes \cdots\otimes V}_{p}\otimes\underbrace{V^\ast\otimes \cdots\otimes V^\ast}_{q}$ の元を $(p,q)$-テンソルという。$T\in T^{(p,q)}$ は $$T=\sum_{i_1,\cdots,i_p,j_1,\cdots,j_q}T^{i_1\cdots i_p}_{j_1\cdots j_q}e_{i_1}\otimes\cdots\otimes e_{i_p}\otimes\theta^{j_1}\otimes\cdots\otimes\theta^{j_q}$$ と表される。 テンソル $T$ の成分は $V$ の基底の変換 $e_i=\sum_j a^j_{\ i}e'_j$ に応じて $$T^{k_1\cdots k_p}_{l_1\cdots l_q}=\sum_{i_1,\cdots,i_p,j_1,\cdots,j_q}(a^{-1})^{k_1}_{\ \ i_1}\cdots (a^{-1})^{k_p}_{\ \ i_p}a^{j_1}_{\ \ l_1}\cdots a^{j_q}_{l_q}T'^{i_1\cdots i_p}_{j_1\cdots j_q}$$ と変換することが上と同様にして分かる。 このとき $u^1,\cdots,u^p\in V^\ast,\ v_1,\cdots,v_q\in V$ に対して,$T(u^1,\cdots,u^p,v_1,\cdots,v_q)$ は基底の選び方に依らない量である。 ベクトル空間 $V$ のベクトルに関連した幾何的に意味のある量は $T(u^1,\cdots,u^p,v_1,\cdots,v_q)$ のような形の量を基にして作られることがほとんどである。 また反変ベクトルは $(1,0)$-テンソルで,共変ベクトルは $(0,1)$-テンソルのことである。
テンソルの成分の変換性は後術するようにテンソル場のある性質が座標の取り方に依存しないものであるかを見るためにも必要とされる(例えば微分可能性)。 座標に依存しない方法(後術)において形式上は変換性について特別に注意を払う必要はないが,それでも成分の変換性でテンソルを理解することは,ベクトルバンドルや主バンドルにおける同伴バンドルの理解の基礎にもなるため重要である。
テンソル解析で考察対象となる主な概念
ここではテンソル解析で主に考察の対象となる概念を概観する。 基本的にはテンソル代数における概念が”場”となったものとそれらに対する微分である。 多くの状況では滑らかな微分多様体を考えるためここでもそうする。 $C^r$ 級微分多様体上の有限回の微分可能性については少しの注意を補足する。
また以下では多様体の局所的な議論を説明をいたずらに煩雑にしないために、チャート(局所座標近傍)に関する表記を文脈から明らかな場合はしばしば省略する。 すなわち、チャート $(U,\phi)$ を $\phi:U\rightarrow\mathbb{R}^n$ とし、$\mathbb{R}^n$ の標準的座標を $\{x^1,\cdots,x^n\}$ とするとき、$U$ 上の座標関数は $x^i\circ\phi$ と書くべきであるが単に $x^i$ と書くことにする。 あるいはチャートに関しても $(U,\{x^i\})$ などと書き、同相写像 $\phi$ を省略する。
曲線
$n$ 次元の滑らかな級微分多様体 $M$ の曲線とは写像 $$c:\mathbb{R}\supset I\rightarrow M$$ のことである(文脈によって写像 $c:t\mapsto c(t)$ を曲線ということもあるし,その像 $c(t)$ を曲線と呼ぶこともある)。 チャート $(U,\{x^i\})$ に関して、$U$ 上で $c(t)=(x^1(t),\cdots,x^n(t))$ と表示される。 (正確には、チャート $(U,\phi)$ を $\phi:U\rightarrow\mathbb{R}^n$ とし、$\mathbb{R}^n$ の標準的座標を $\{x^1,\cdots,x^n\}$ とするとき、$\phi\circ c(t) = (x^1(t),\cdots,x^n(t))$ と書かれるべきであるが便利のため短縮した。これ以降も同様)
曲線 $c$ が滑らかであるとは、各 $x^i(t)$ が $t$ の関数として $C^\infty$ 級であり,$n$ 個の $dx^i/dt$ が同時に0にならないことである。 この性質はチャートの取り方に依らない。 なぜなら,別のチャートを $(V,\{y^j\}),\ U\cap V\ne\phi$ とし,$U\cap V$ 上で $c(t)=(y^1(t),\cdots,y^n(t))$ と表したとき, $$\frac{dy^i(t)}{dt}=\sum_j\left(\frac{\partial y^i}{\partial x^j}\right)\frac{dx^j(t)}{dt}$$ であるが、滑らかな微分多様体のアトラスに属する2つのチャート間の座標変換は $C^\infty$ 級であるから,$dy^i(t)/dt$ も $C^\infty$ 級である。
もし $C^r$ 級微分多様体を考えるならば、$C^r$ 級より大きい微分可能性を考えることは意味がない。 あるチャートについて $C^{r+1}$ 級だとしても別のチャートでそうなることは保証されないからである。 以降の解説においても微分可能性に関するwell-definednessの議論はほぼ同様である。 曲線は多様体上の考察において最も基本的な対象である。
曲線座標
$n$ 次元の滑らかな級微分多様体 $M$ のチャート $(U,\{x^i\})$ に関して、ある $i$ に対して、 $x^i$ 以外を止めて $x^i$ だけ動かしてできる曲線 $t\mapsto (x^1_0,\cdots,x^{i-1}_0,t,x^{i+1},\cdots,x^n_0)$ を $x^i$-曲線と呼ぶ。 これは $(x^1_0,\cdots,x^{i-1}_0,x^{i+1},\cdots,x^n_0)$ を指定する毎に一つの曲線が決まるので曲線の族である。 $1\le i\le n$ の $n$ 個の $x^i$-曲線達を座標曲線と呼ぶ。 チャートを定めるというのは、多様体に局所的に $n$ 個の座標曲線族達による曲線座標を設定することに他ならない。 簡単な例は $\mathbb{R}^n$ の標準的な直交座標である(直線は曲線の一種)。 非自明で有名な例は球座標である。
スカラー場
滑らかな微分多様体 $M$ の各点に実数(複素数)を対応させることで、$M$ を定義域とした実数値の関数 $f$ が定まり、これを実(複素)スカラー場(real (complex) scalar field)またはスカラー関数という。 スカラー場 $f$ が滑らかであるとは、$M$ の任意のチャート $(U,\{x^i\})$ に関して、$f(x^1,\cdots,x^n)$ と表されるとき、$\{x^i\}$に関して $f$ が $C^\infty$ 級であることを言う(これはチャートの取り方によらない)。 $M$ 上の 滑らかなスカラー場の全体を $C^\infty(M)$ と書く。 $f,g\in C^\infty(M)$ に対して,各点 $p$ で $(f+g)(p):=f(p)+g(p),\ (fg)(p):=f(p)g(p)$ を対応させることで $C^\infty(M)$ には和と積が定義され環となる。
Einstein規約
テンソル解析では添字で指定されるスカラーの組についてある添字に関しての和を取る操作が頻繁に出てくる。 例えば、2つの行列 $(a^i_{\ j})_{1\le i,j\le n},\ (b^i_{\ j})_{1\le i,j\le n}$ の積の $(i,j)$ 成分は $\sum_{k=1}^na^i_{\ k}b^k_{\ j}$ となるが、このとき添字 $k$ についての和を取っている。 このとき記号 $\sum$ はしばしば煩わしいので省略して $a^i_{\ k}b^k_{\ j}$ と書くことがよくある。 これをEinstein規約という。 Einstein規約では和を取る添字は上下に配置されるようにして添字の文字を同じものにしておくことが約束である。 テンソル解析で登場する添字を持った量(テンソル場の成分)の添字の付け方はEinstein規約が機能するように作られている。 しかしこの記事内ではEinstein規約は使わず、$\sum$ を使う。 この記事内の数式のほとんどは $\sum$ を省略してもEinstein規約として意味が通るように書いてある。
ベクトル場
ベクトル場(vector field)または反変ベクトル場(contravariant vector field)は、大雑把に言うとベクトル場は多様体の各点に接ベクトルを配置したものである。 反変とつくのは、接空間の基底の変換に対して、成分が反変的に変換するためである。
始めに多様体の接ベクトルと接空間を定義しよう。 多様体をより大きい次元の $\mathbb{R}^n$ の部分多様体として実現して接ベクトルを考えることはできるが、そのような $\mathbb{R}^n$ が存在することは多様体の定義から自明なことではない(ホイットニーの埋め込み定理により肯定されるが)。 従って接ベクトルやその集まりの接空間を定義する際に多様体の定義から定まる内在的な概念のみを材料とするべきである。 基礎となるのは接ベクトルをスカラー関数の方向微分を定める微分作用素と見なすことである。
$M$ を $n$ 次元の滑らかな微分多様体とする。 点 $p\in M$ を通る滑らかな曲線 $c:\mathbb{R}\supset(-\varepsilon,\varepsilon)\rightarrow M,\ c(0)=p$ を考える。 点 $p$ の近傍で定義される任意の関数 $f\in C^\infty(U)$ に対して、微分係数$$\frac{d}{dt}f(c(t))|_{t=0}$$を考えることができる。 これは曲線 $c$ の点 $p$ での”接ベクトル”方向への方向微分であると考えられる。 $p$ を通る2つの曲線 $c,c',(c(0)=c'(0)=0)$ に対して, $df(c(t))/dt|_{t=0}=df(c'(t))/dt|_{t=0}$ となるとき,$c$ と $c'$ を同値と定義すると明らかに点 $p$ を通る $C^r$ 級曲線全体に同値関係が入る。 $p$ を通る曲線 $c$ の類が定義する点 $p$ における微分作用素,すなわち $f\mapsto df(c(t))/dt|_{t=0}$ を点 $p$ における接ベクトルと呼ぶ。 点 $p$ における接ベクトル全体は明らかに $\mathbb{R}$ 上のベクトル空間になり点 $p$ における接ベクトル空間(tangent vector space)または単に接空間(tangent space)といい、$T_p(M)$ と書かれる。
チャート $(U,\{x^i\})$ に対して、$(\partial/\partial x^i)_p$ を $f\mapsto (\partial f/\partial x^i)_p$ と定義すると、$n$ 個の $(\partial/\partial x^i)_p$ 達は $T_p(M)$ の基底になり、$v\in T_p(M)$ は $$v=\sum_iv^i\left(\frac{\partial}{\partial x^i}\right)_p$$ と表され、$v^i$ 達はチャート $(U,\{x^i\})$ に関する成分と言う。 また ${\rm dim}_\mathbb{R}T_p(M)=n$ である。 $(\partial/\partial x^i)_p$ 達はチャート $(U,\{x^i\})$ に関する座標基底(coordinate basis)または自然基底(natural basis)という。 定義より $(\partial/\partial x^i)_p$ 達は座標曲線の接ベクトルである。
$v$ の類を代表する曲線を $c(t)=(x^1(t),\cdots,x^n(t))$ とすると、定義より明らかに $v^i=dx^i(t)/dt|_{t=0}$ である。 別のチャート $(V,\{y^j\}),\ U\cap V\ne\phi$ に対して、$c(t)=(y^1(t),\cdots,y^n(t))$ とすると $(V,\{y^j\})$ に関する $v$ の成分は $v'^i=dy^i(t)/dt|_{t=0}=\sum_j(\partial y^i/\partial x^j)_p(dx^j(t)/dt)_{t=0}=\sum_j(\partial y^i/\partial x^j)_pv^j$ となる。 一方、合成関数の微分を考えると $(\partial/\partial x^i)_p=\sum_j(\partial y^j/\partial x^i)_p(\partial/\partial y^j)_p$ が成り立つから、$T_p(M)$ の座標基底の変換行列が $(\partial y^j/\partial x^i)_p\in GL(n,\mathbb{R})$ で与えられることになる。 したがって、$v\in T_p(M)$ のあるチャートに関する成分は反変性を持つ。
$M$ の各点に接ベクトルを一つ対応さすことによって接ベクトルに値を持つ関数が定まり、これをベクトル場という(接バンドルの文脈では切断と呼ばれる写像で定義することができる)。 ベクトル場 $v$ はチャート $(U,\{x^i\})$ に関して、$v=\sum_iv^i(x)\partial/\partial x^i$ と表され、$v^i(x)$ は実数値関数である。 $n$ 個の$v^i(x)$ が $\{x^i\}$ に関して $C^\infty$ 級であるとき、ベクトル場 $v$ は滑らか、または $C^\infty$ 級であるという。 成分の反変性を考えると、ベクトル場が滑らかであるという性質はチャートの選び方によらない。
$C^\infty$ 級ベクトル場 $v,w$ に対して、$v+w$ が自然に定義され $C^\infty$ 級ベクトル場となる。 また$C^\infty$ 級ベクトル場 $v$ と $f\in C^\infty(M)$ に対して、$fv$ は $C^\infty$ 級ベクトル場である。 従って、$C^\infty$ 級ベクトル場の全体は $C^\infty(M)$-加群となる。 また明らかに $\mathbb{R}$ 上の線形空間であるが、実次元は無限である。 滑らかな多様体 $M$ の滑らかなベクトル場の全体を $\mathcal{X}(M)$ と書く。
$v\in\mathcal{X}(M),\ f\in C^\infty(M)$ に対して,$v(f)\in C^\infty(M)$ が定義される。 従って,$v\in\mathcal{X}(M)$ は線形な微分作用素 $C^\infty(M)\rightarrow C^\infty(M)$ を誘導する。 逆にこのような微分作用素はベクトル場から得られる。
コベクトル場
コベクトル場(covector field)または共変ベクトル場(convariant vector field)は, 大雑把に言うと多様体の各点に接空間の双対空間の元を配置したものである。 共変とつくのは、接空間の基底の変換に対して、成分が共変的に変換するためである。
滑らかな微分多様体 $M$ の点 $p$ における接空間 $T_p(M)$ の双対空間(速習「線形空間論」)を $T_p^\ast(M)$ と書く。 $T_p(M)$ の元を点 $p$ における共変ベクトルまたはコベクトルという。 $M$ の各点にコベクトルを一つ対応さすことによってコベクトルに値を持つ関数が定まり、これを共変ベクトル場またはコベクトル場という(余接バンドルの文脈では切断と呼ばれる写像で定義することができる)。 後術する $p$-形式の $p=1$ の特別な場合でもあるから $1$-形式とも呼ばれる。
コベクトル場 $u$ が 滑らかまたは $C^\infty$ 級であるとは、任意の滑らかなベクトル場 $v$ に対して、スカラー関数 $u(v)$ が $C^\infty$ 級であるときをいう。 各点 $p\in M$ に対して、$T^\ast_p(M)$ は [[$\mathbb{R}$-線形写像]] $T_p(M)\rightarrow\mathbb{R}$ を定義するから、滑らかなコベクトル場は $C^\infty(M)$-線形写像 $\mathcal{X}(M)\rightarrow C^\infty(M)$ を定める。 すなわち、$X,Y\in\mathcal{X}(M)$ と $f\in C^\infty(M)$ と滑らかなコベクトル場 $u$ に対して、$u(fX+g)=fu(X)+u(Y)$ となる。 逆にこのような $C^\infty(M)$-線形写像 $\mathcal{X}(M)\rightarrow C^\infty(M)$ は滑らかなコベクトル場を定義することが分かる。 ベクトル場と同様に、滑らかなコベクトル場の全体は実線形空間であり、$C^\infty(M)$-加群である。 $p$-形式に対する記号を使い,滑らかなコベクトル場のなす $C^\infty(M)$-加群を $\Omega^1(M)$ と書く。
コベクトルとコベクトル場の基本的な例はスカラー関数から得られる。 ベクトル場の解説をしたときは、$v\in T_pM$ と点 $p$ の近傍 $U$ 上の関数 $f\in C^1(U)$ に対して、ベクトル $v$ を固定して関数 $f$ を入力とみなして出力 $v(f)|_p\in\mathbb{R}$ を考えたが、役割を入れ替えて関数 $f$ を固定してベクトル $v$ を入力とみなしてもよい。 すなわち、$f\in C^1(M)$ に対して、 $(df)_p\in T_p^\ast(M)$ を 任意の $v\in T_p(M)$ に対して、$$(df)_p(v):=v(f)|_p$$ と定義すればよい。 さらに、$f\in C^\infty(M)$ と $v\in\mathcal{X}(M)$ に対して、同様に $df(v):=v(f)$と定義すると、$df$ は滑らかな級コベクトル場である。
チャート $(U,\{x^i\})$ の座標関数 $x^i$ に対して $dx^i$ は、$dx^i(\partial/\partial x^j)=\partial x^i /\partial x^j=\delta^i_{\ j}$ となるので、$n$ 個の $(dx^i)_p$ 達は座標基底 $\{(\partial/\partial x^i)_p\}$ に対する双対基底(速習「線形空間論)であり、$T_p^\ast(M)$ の基底となる。 従って、$U$ 上で任意のコベクトル場は$$u=\sum_iu_i(x)dx^i$$と表される。 各 $u_i(x)$ をチャート $(U,\{x^i\})$ に関する成分という。 $u$ が滑らかであることと $n$ 個の成分 $u_i(x)$ が $\{x^i\}$ に関して $C^\infty$ 級であることは同値である。
$f\in C^\infty(M)$ に対して,$(df)_p$ の基底 $\{(dx^i)_p\}$ に関する成分は $df(\partial/\partial x^i)_p=(\partial f/\partial x^i)_p$ であるから, $$df=\sum_i\frac{\partial f}{\partial x^i}dx^i$$である。
$T^\ast_p(M)$ は $T_p(M)$ の双対空間であるから,座標変換に関して $T^\ast_p(M)$ の元の成分は共変的に変換する。従って,2つのチャート $(U,\{x^i\}),\ (V,\{y^j\}),\ U\cap V\ne\phi$ に対して,$U\cap V$ 上で $u\in T^\ast_p(M)$ が $u=\sum_iu_i(dx^i)_p=\sum_iu'_i(dy^i)_p$ とするとき $u_i=\sum_j(\partial y^j/\partial x^i)_pu'_j$ となる。
同型 $(T^\ast_p(M))^\ast\simeq T_p(M)$ により,$v\in\mathcal{X}(M),\ u\in\Omega^1(M)$ に対して,$v(u):=u(v)$ と定義する。
コベクトル場の例
(1) 平面波の波数ベクトル コベクトル場の単純で基本的な例であり、幾何学的理解を与えるものである。 $n$ 次元Euclid空間において、$\overrightarrow{k}=\sum k^ie_i$ をベクトル、$k=\sum k_i\theta^i,\ (k_i=k^i)$ をコベクトルとするとき($\{e_i\}$ と $\{\theta^i\}$ は双対基底の関係)、コベクトル $k$ は $1/|k|$ 隔たって配置されて $\overrightarrow{k}$ に直交している超平面達と理解することができる。
このことを3次元Euclid空間の例で説明する。$n>3$ 次元でも同様である。 (以下のEuclid空間中での説明においては、多様体(Euclid空間)と接空間をしばしば標準的な平行移動により同一視して述べている。) $\mathbb{E}^3$ においてある方向 $\overrightarrow{e},\ (|\overrightarrow{e}|=1)$ に波長 $\lambda$ で平面波が伝わっているとする。 $\overrightarrow{x}$ を位置ベクトルとするとき、波面は $\overrightarrow{e}\cdot\overrightarrow{x}={\rm const.}$ で与えられるから、点 $\overrightarrow{x}$ におけるこの波の位相は ${\rm exp}(2\pi i/\lambda \overrightarrow{e}\cdot\overrightarrow{x}+\delta_0)$ で与えられる($\delta_0$ は初期位相)。 従って、波数ベクトル $\overrightarrow{k}=2\pi /\lambda \overrightarrow{e}$ はコベクトル $k$ とみなすべきである($2\pi$ の因子は割とどうでもよい)。 このとき位相は ${\rm exp}(ik(\overrightarrow{x})+\delta_0)$ である。
より一般的に、Euclid空間でない多様体においては、コベクトル場は各点での無限小の平面波と考えることができる。 (2) 運動量 <<執筆中>>
テンソル場
テンソル場(tensor field)またはより詳しく$(p,q)$-テンソル場は,大雑把に言うと多様体の各点に $p$ 個の接空間と $q$ 個の双対空間のテンソル積空間の元を配置したものである。 滑らかな微分多様体 $M$ の点 $x$ に対して $$T^{(p,q)}_xM:=\underbrace{T_xM\otimes \cdots\otimes T_xM}_{p}\otimes\underbrace{T^\ast_xM\otimes \cdots\otimes T^\ast_xM}_{q}$$ と書くことにする。 $M$ の各点 $x$ に $T^{(p,q)}_xM$ の元を一つ対応さすことによって $(p,q)$-テンソルに値を持つ関数が定まり、これを $(p,q)$-テンソル場または $p$ 階反変 $q$ 階共変テンソル場という。
$(p,q)$-テンソル場 $T$ が滑らかまたは $C^\infty$ 級であるとは,任意の滑らかな $p$ 個のコベクトル場 $u^1,\cdots,u^p$ と $q$ 個のベクトル場 $v_1,\cdots,v_q$ に対して, スカラー関数 $T(u^1,\cdots,u^p,v_1,\cdots,v_q)$ が $C^\infty$ 級であるときをいう。
チャート $(U,\{x^i\})$ に関して,$T$ の成分は $T^{i_1i_2\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1j_2\cdots j_q}:=T(dx^{i_1},\cdots,dx^{i_p},\partial/\partial x^{j_1},\cdots,\partial/\partial x^{j_q})$ で定義され, $U$ 上で $$T=\sum_{i_1,\cdots,i_p,j_1,\cdots,j_q} T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}(x)\left(\frac{\partial}{\partial x^{i_1}}\right)\otimes\cdots\otimes\left(\frac{\partial}{\partial x^{i_p}}\right)\otimes(dx^{j_1})\otimes\cdots\otimes(dx^{j_q})$$ と表される。 このとき,成分 $T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}(x)$ が $\{x^i\}$ に関して $C^\infty$ 級であることと,$T$ が滑らかであることは同値である。
2つのチャート $(U,\{x^i\}),\ (V,\{y^j\}),\ U\cap V\ne\phi$ に対して,$U\cap V$ 上で $$ \begin{aligned} T&=\sum T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}(x)(\partial/\partial x^{i_1})\otimes\cdots\otimes(\partial/\partial x^{i_p})\otimes(dx^{j_1})\otimes\cdots\otimes(dx^{j_q})\\ &=\sum T'^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}(x)(\partial/\partial y^{i_1})\otimes\cdots\otimes(\partial/\partial y^{i_p})\otimes(dy^{j_1})\otimes\cdots\otimes(dy^{j_q}) \end{aligned} $$ となるとき,成分間の関係は $$T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}=\sum \left(\frac{\partial x^{i_1}}{\partial y^{\alpha_1}}\right)\cdots\left(\frac{\partial x^{i_p}}{\partial y^{\alpha_p}}\right)\left(\frac{\partial y^{\beta_1}}{\partial x^{j_1}}\right)\cdots\left(\frac{\partial y^{\beta_q}}{\partial x^{j_q}}\right)T'^{\alpha_1\cdots \alpha_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \beta_1\cdots \beta_q}$$ となる。 $T$ の成分 $T^{i_1\cdots i_p}_{\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ j_1\cdots j_q}$ に関して,上についている添え字 $i_1\cdots i_p$ 達は反変指標,下についている添え字 $j_1\cdots j_q$ は共変指標と呼ばれる。
フレーム場、コフレーム場
滑らかな $n$ 次元多様体 $M$ のある近傍 $U$ において、$U$ の各点で一次独立な $n$ 個のベクトル場達の組 $\{X_1,\cdots,X_n\}$ を $U$ におけるフレーム(frame)、またはフレーム場という。 $\{X_1,\cdots,X_n\}$ 達の双対基底を $\{\theta^1,\cdots,\theta^n\}$ はコフレーム(co-frame)、またはコフレーム場という。
チャート $(U,\{x^i\})$ に関する座標基底達 $\{\frac{\partial}{\partial x^1},\cdots,\frac{\partial}{\partial x^n}\}$ は $U$ 上のフレーム場となる。 しかし逆に与えられたフレーム場 $\{X_1,\cdots,X_n\}$ に対して、座標基底がこれらに一致する座標系が存在するとは限らない。
局所的にはフレーム場はいつでも存在するが、多様体全体で定義された大域的なフレーム場が存在するとは限らない。 もし存在すれば、接束は自明なベクトルバンドルとなる。
特にリーマン多様体においては、各接空間に内積が定義されているため、各接空間の正規直交基底となるフレーム場が局所的には存在して、(狭い意味での)テンソル解析ではないフレーム場によるリーマン幾何の議論が行われる。 このフレーム場によるリーマン幾何は、E.Cartanにより創始され、主バンドルの接続の理論へと発展した。
微分写像
滑らかな多様体 $M,N$ と滑らかな写像 $\varphi\colon M\rightarrow N$ に対して微分写像と呼ばれる $M$ の接空間を $N$ の接空間へ写す写像が定義される。 感覚的に言うと,接ベクトルは十分近い2点であり,滑らかな写像は十分近い2点を十分近い2点に写すから,接ベクトルを接ベクトルへ写すと理解できる。
$v\in T_p(M)$ に対して,微分写像 $\varphi_\ast\colon T_p(M)\rightarrow T_q(N),\ (q=\varphi(p))$ を次のように定義する。 点 $p\in M$ を通る曲線 $c\colon I\rightarrow M,\ c(0)=p,\ \dot{c}(0)=v$ を一つとり,$q\in N$ の近傍 $V$ 上のスカラー関数 $f\in C^\infty(V)$ に対して,$q\in N$ における微分作用素を $$\varphi_\ast(v)(f):=\frac{d}{dt}f(\varphi(c(t)))|_{t=0}$$ と定める。 $\varphi_\ast(v)$ は $d\varphi(v)$ とも書かれる。 微分写像を「$\ast$」を使って表す場合は多くの場合右下に $\ast$ をつける。 また微分写像は押し出し(push forward)とも呼ばれる。
微分写像のチャートによる局所的な表示を求めておこう。 $p$ を含むチャート $(U,\{x^i\} )_{1\le i\le m}$ と $q$ を含むチャート $ (V,\{y^j\})_{1\le j\le n}$ に対して,$\varphi^j(x)=y^j(x^1,\cdots,x^m),\ v=\sum_iv^i(\partial/\partial x^i)_p\in T_p(M),\ f(y^1,\cdots,y^m)\in C^\infty(V)$ と表されているとすると, $$\varphi_\ast(v)(f)=\frac{d}{dt}f(x(c(t)))|_{t=0}=\sum_{j,i}\left(\frac{\partial f}{\partial y^j}\right)_q\left(\frac{\partial y^j}{\partial x^i}\right)_p\frac{d x^i}{dt}(0)=\sum_{j,i}\left(\frac{\partial y^j}{\partial x^i}v^i\right)_p\left(\frac{\partial }{\partial y^j}\right)_qf$$ となるから, $$\varphi_\ast(v)=\sum_{j,i}\left(\frac{\partial \varphi^j}{\partial x^i}v^i\right)_{\varphi^{-1}(q)}\left(\frac{\partial }{\partial y^j}\right)_q=\sum_j(J(\varphi)v)^j\left(\frac{\partial }{\partial y^j}\right)_q$$ である。 ただし,$J(\varphi)$ は $\varphi$ の チャート $(U,\{x^i\}),(V,\{y^j\})$ に関するヤコビ行列である。
一般に $v\in\mathcal{X}(M)$ が与えられたとき,各点で微分写像 $d\varphi(v)$ を考えても $N$ 上のベクトル場を定義できない。 例えば $\varphi$ が全射であっても単射でない場合は,ある点 $p_1,p_2\in M,\ q\in N$ に対して,$\varphi(p_1)=\varphi(p_2)=q$ となっていて,さらに $\varphi_\ast(v_{p_1})\ne \varphi_\ast(v_{p_2})$ となることがあるので,$T_q(N)$ の元が一意的に定まらないからである。 $\varphi$ が微分同相写像のときはベクトル場はベクトル場へ写る。 一般的な場合でも $M$ 上のベクトル場で $N$ 上のベクトル場へ写るものは存在する(例えば $\varphi$ が沈め込みの場合のProjectable vector field)。
引き戻し
2つのベクトル空間 $V,W$ と線形写像 $f\colon V\rightarrow W$ と $T\in \bigotimes_{i=1}^m W^\ast$ に対して,$f^\ast T\in\bigotimes_{i=1}^m V^\ast$ が次のように定義される。 $$(f^\ast T)(X_1,\cdots,X_m):=T(f(X_1),\cdots,f(X_m))$$ これを $T$ の $f$ による引き戻し(pullback)という。
滑らかな多様体 $M,N$ と滑らかな写像 $\varphi\colon M\rightarrow N$ と $N$ 上の $m$ 階共変テンソル場 $T\in T^{(0,m)}(N)$ に対して,各接空間において $\varphi_\ast$ で $T$ を引き戻すことを考えると,$\varphi^\ast T\in T^{(0,m)}(M)$ が $$(\varphi^\ast T)_p(X_1,\cdots,X_m):=T_{\varphi(p)}((\varphi_\ast X_1)_{\varphi(p)},\cdots,(\varphi_\ast X_m)_{\varphi(p)}),\ p\in M$$ として定義される。 $\varphi^\ast T$ も $\varphi$ による $T$ の引き戻しと呼ばれる。 また特別な場合として関数 $f\in C^\infty(N)$ の引き戻し $\varphi^\ast f=f\circ\varphi\in C^\infty(M)$ が定義される。 微分写像とは逆に $\ast$ を右上につけることが多い。 ベクトル場の押し出しがベクトル場を定めるとは限らないこととは対照的に,共変テンソル場の引き戻しは常に共変テンソル場を定める。
添え字の上げ下げとMusical isomorphism
リーマン多様体において,しばしばテンソルの成分の添え字の上げ下げと呼ばれる簡便法がある。 これは計算を行う際に便利なことがある。
リーマン多様体とは微分多様体 $M$ と非退化正定値な対称 $(0,2)$-テンソル場 $g$ の組 $(M,g)$ のことである。 $T_p(M)$ の任意の基底を $\{e_1,\cdots,e_n\}$ とし,その双対基底を $\{\theta^1,\cdots,\theta^n\}$ とするとき,写像 $T_p(M)\ni\sum_iv^ie_i\mapsto \sum_iv^i\theta^i\in T^\ast_p(M)$ は同型 $T_p(M)\simeq T^\ast_p(M)$ を導くが,この同型は基底の選び方に依存するため考える意味がない。 そこで写像 $$\flat : T_p(M)\ni v\mapsto {}^\flat v:=[T_p(M)\ni w\mapsto g(v,w)\in\mathbb{R} ]\in T^\ast_p(M)$$ を考える。 この写像は基底の取り方に依存せず定まる。 チャート $(U,\{x^i\})$ に関して成分表示すると $g(v,w)=\sum_{ij}g_{ij}dx^idx^j(v,w)=\sum_{ij}g_{ij}v^idx^j(w)$ であるから、 $${}^\flat v=\sum_{ij}g_{ij}v^idx^j$$ である。 ここで ${}^\flat v$ の成分を $v_i:=g_{ij}v^j$ と書くことにする。 この写像 $\flat$ を作用させることが簡便法として、添字を下げる、と表現されることがある。
リーマン計量 $g$ は非退化であるから,写像 $\flat$ は逆写像 $\sharp : T^\ast_p(M)\rightarrow T_p(M)$ を持つ。 $T_p(M)$ の計量を $\sharp$ で[[|#引き戻し|引き戻し]]て、$T^\ast_p(M)$ に計量 $\sharp^\ast g$ を定義できる。 双対基底 $\{dx^i\}$ に関して,$\sharp^\ast g$ の成分を $g^{ij}$ と書くことにすると,定義より $\sharp^\ast g({}^\flat v,{}^\flat w)=g({}^{\sharp\flat}v,{}^{\sharp\flat}w)=g(v,w)$ となることから,$g^{ij}$ は $g_{ij}$ の逆行列であることがわかる。 $\sharp^\ast g$ も単に $g$ と書くことが多い。 また明らかに $u=\sum_iu_idx^i$ に対して,$${}^\sharp u=\sum_{ij}g^{ij}u_j\frac{\partial}{\partial x^i}$$ である。 この写像 $\sharp$ を作用させることが簡便法として、添字を上げる、と表現されることがある。 $\flat,\sharp$ により $\mathcal{X}(M)$ と $\Omega^1(M)$ は $\mathbb{R}$ 上の線形空間としても $C^\infty(M)$-加群としても同型となる。 $\flat,\sharp$ らはMusical isomorphismと呼ばれる。
$p$-形式
滑らかな微分多様体 $M$ の各点 $x\in M$ に対して,$T^\ast_x(M)$ の $p$ 階反対称テンソル積空間 $\bigwedge^p T^\ast_x(M)$ の元を対応させることで $\bigwedge^p T^\ast_x(M)$ に値を持つ関数が定義され,これを $p$-形式または $p$ 次微分形式と呼ぶ。 $p$-形式は微分幾何において非常に重要な役割を果たす。 詳しくは微分形式,ベクトル解析2:微分形式を参照。
1-パラメータ変換群
滑らかな微分多様体 $M$ 上のベクトル場 $X\in\mathcal{X}(M)$ に対して,点 $p\in M$ を通る曲線 $c:(-\varepsilon,\varepsilon)\rightarrow M,\ c(0)=p$ で $$\frac{dc}{dt}(t)=X_{c(t)}$$ を満たすものを $X$ の点 $p$ を通る積分曲線という。 この方程式は線形の連立常微分方程式だから $t=0$ の近傍で必ず解が存在する。 積分曲線を感覚的に説明すると,$M$ 上に風が吹いていて各点の風見がベクトル場 $X$ であるとして,軽い綿を風に流したときの綿の軌道である。
次に $M$ 上の微分同相変換の族 $\varphi_t:M\rightarrow M,\ t\in\mathbb{R}$ が次の3つの条件を 満たすとする。
(1) $M\times\mathbb{R}\ni(p,t)\mapsto\varphi_t(p)$ が $C^\infty(M)$ 級写像となる。
(2) $\varphi_0={\rm id}_M$
(3) 任意の $s,t\in\mathbb{R}$ に対して,$\varphi_t\circ\varphi_s=\varphi_{t+s}$ を満たす。
このとき,$\varphi_t$ を1-パラメータ変換群(one-parameter group of transformations)またはフロー(flow) という。
1-パラメータ変換群 $\varphi_t$ は各点 $p\in M$ を通る曲線 $t\mapsto\varphi_t(p)$ を定め,従ってベクトル場 $X$ を定める。 すなわち $f\in C^\infty(M)$ に対して,$X(f)_p=\frac{d}{dt}f(\varphi_t(p))|_{t=0}$ である。 このとき,$t=0$ で点 $p\in M$ を通る $X$ の積分曲線は $t\mapsto \varphi_t(p)$ である。 $X$ は1-パラメータ変換群 $\varphi_t$ を生成(generate)するという。
逆に与えられたベクトル場 $X\in\mathcal{X}(M)$ に対して,任意の $p\in M$ を通る積分曲線 $c_p(t),\ c_p(0)=p$ が全実数 $t$ に対して定義されるならば,$\varphi_t(p):=c_p(t)$ と定義することで,$X$ が生成する1-パラメータ変換群が得られる。 このように1-パラメータ変換群生成するベクトル場を完備(complete)であるという。
$M$ がコンパクトなときは,任意のベクトル場は1-パラメータ変換群を生成することが知られている。 $M$ がコンパクトでないときは,与えられたベクトル場の積分曲線 $c_p(t)$ が常に全実数 $t$ に対して定義されるとは限らないため,1-パラメータ変換群を生成するとは限らない。 この場合でも各点 $p\in M$ に対して,$t=0$ の近傍では積分曲線 $c_p(t)$ は存在する。 従って,各 $p\in M$ に対して,正数 $\varepsilon$ と $p$ の近傍 $U_\varepsilon$ があり,$|t|<\varepsilon$ に対して,微分同相 $\varphi_t:U_\varepsilon\rightarrow \varphi_tU_\varepsilon$ が定義される。 これは(1),(2),(3)を少し修正した性質を満たし,1-パラメータ局所変換群という。
Lie微分
滑らかな微分多様体 $M$ のベクトル場 $X$ が与えられたとき $M$ 各点の近傍で $X$ の生成する1-パラメータ局所変換群 $\varphi_t$ が定義される。この $\varphi_t$ の流れで何らかの場(スカラー場,ベクトル場,テンソル場)を"変形"することで $t$ に依存する新しい場が作られる。この新しい場の $t=0$ での微分,すなわち場の無限小の変形がベクトル場 $X$ によるLie微分(Lie derivative)である。 ここでは少しの定義と感覚的な説明のみ行う。 詳しくは,Lie微分参照。
スカラー場のLie微分
$X$ の生成する1-パラメータ局所変換群を $\varphi_t$ とする。 スカラー場 $f\in C^\infty(M)$ に対して,$f$ の $X$ によるLie微分を $$\mathcal{L}_Xf:=\lim_{t\rightarrow0}\frac{1}{t}(\varphi_t^\ast f-f)=\frac{d}{dt}\varphi_t^\ast f|_{t=0}=X(f)$$ と定義する。 すなわちスカラー場に対しては通常の方向微分である。
ベクトル場のLie微分
ベクトル場 $X,Y$ に対して,$\varphi_t$ を $X$ が生成する1-パラメータ局所変換群とする。 このとき,$Y$ の $X$ によるLie微分を $$\mathcal{L}_XY:=\lim_{t\rightarrow0}\frac{1}{t}( \varphi_{t\ast}^{-1}Y-Y )$$ と定義する。
テンソル場のLie微分
テンソル場 $T\in T^r_{\ s}(M)$ とベクトル場 $X$ が生成する1-パラメータ局所変換群 $\varphi_t$ に対して,$T$ の $X$ によるLie微分 $\mathcal{L}_XT$ を $$\mathcal{L}_XT=\lim_{t\rightarrow0}\frac{1}{t}(\widetilde{\varphi_t^{-1}}T-T)$$ と定義する。 ただし,$\widetilde{\varphi_t^{-1}}$ は $\varphi_t$ が誘導するテンソル場からテンソル場への写像である。
接続,共変微分
接続(connection)とは微分多様体 $M$ 上の二点 $p,q\in M$ と $p,q$ を結ぶ曲線が与えられたときに接空間 $T_p(M)$ と $T_q(M)$ の線形同型対応を与える機構である。 この対応はしばしば曲線に沿う接ベクトルの平行移動とも呼ばれる。 接空間に対する接続の議論はより一般的にベクトルバンドルの接続や主バンドルの接続の議論をすることで概念的に見通しが良くなるが,それなりの準備が必要であるため,ここでは素朴な方法で解説する。 またここでは接続とベクトル場、テンソル場の共変微分の概念を主に解説し、捩率、曲率、測地線については述べない。 詳しくはベクトルバンドルの接続を参照されたい。 またリーマン幾何学で重要なリーマン接続に関してはリーマン幾何学で詳しく解説する。
チャート $(U,\{x^i\}_{1\le i\le n})$ に含まれる2点 $p,q$ を結ぶ曲線を $c:[0,1]\ni t\mapsto c(t)\in M,\ c(0)=p,c(1)=q$ とする。 このとき $U$ 上の $n^3$ 個の関数 $\Gamma^i_{jk},(1\le i,j,k\le n)$ に対して,曲線 $c(t)=(x^1(t),\cdots,x^n(t))$ 上の微分方程式 $$\frac{dY^i(t)}{dt}+\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}(x(t))\frac{dx^j(t)}{dt}Y^k(t)=0$$ を考える。 ここで $Y^i(t)$ は $n$ 個の未知関数である。 この方程式は曲線 $c(t)$ に依存する線形の一階微分方程式としては自然なものである。 $v\in T_p(M)$ に対して,初期条件を $Y^i(0)=v^i$ とすると,線形常微分方程式の解の存在と一意性から $\sum_iY^i(1)(\frac{\partial}{\partial x^i})_q\in T_q(M)$ が定まる。このように $T_p(M)$ の元を初期条件とする上の微分方程式の解を $T_q(M)$ の元に対応させる写像は明らかに線形同型写像である。
次にこの同型対応がチャートの選び方に依存せず定まるための条件を考えよう。 2つのチャート $(U,\{x^i\}),(V,\{y^a\}),U\cap V\ne\phi$ に対して,曲線 $c(t)$ が $U\cap V$ に含まれているとする。 $V$ 上で $c(t)=(y^1(t),\cdots,y^n(t))$ とし,$\bar{\Gamma}^a_{bc}$ が与えられているとする。先の微分方程式は $$\frac{d\bar{Y}^a(t)}{dt}+\sum_{b,c}\bar{\Gamma}^a_{bc}(x(t))\frac{dy^b(t)}{dt}\bar{Y}^c(t)=0$$ で与えられ,さらに $$\bar{Y}^a(t)=\sum_k\frac{\partial y^a}{\partial x^k}Y^k(t),\ \frac{dy^b(t)}{dt}=\sum_i\frac{\partial y^b}{\partial x^i}\frac{dx^i(t)}{dt}$$ であるから, $$\sum_{j,k}\frac{\partial^2y^a}{\partial x^k\partial x^j}\frac{dx^j}{dt}Y^k+\sum_k\frac{\partial y^a}{\partial x^k}\frac{dY^k}{dt}+\sum_{b,c,i,k}\bar{\Gamma}^a_{bc}\frac{\partial y^b}{\partial x^i}\frac{dx^i}{dt}\frac{\partial y^c}{\partial x^k}Y^k=0$$ を得る。 $\frac{dY^i(t)}{dt}=-\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}(x(t))\frac{dx^j(t)}{dt}Y^k(t)$ を代入すると $$\sum_{i,j,k}\left(\Gamma^i_{jk}\frac{\partial y^a}{\partial x^i}-(\frac{\partial^2y^a}{\partial x^k\partial x^j}+\sum_{b,c}\bar{\Gamma}^a_{bc}\frac{\partial y^b}{\partial x^j}\frac{\partial y^c}{\partial x^k}) \right)\frac{dx^j}{dt}Y^k=0$$ となる。 従って, $$\Gamma^i_{jk}=\sum_{a,b,c}\bar{\Gamma}^a_{bc}\frac{\partial x^i}{\partial y^a}\frac{\partial y^b}{\partial x^j}\frac{\partial y^c}{\partial x^k}+\sum_a\frac{\partial x^i}{\partial y^a}\frac{\partial^2 y^a}{\partial x^j\partial x^k}$$ が成り立てばよい。 これが成り立つとき,上に定義された同型は座標によらずwell-definedとなる。
接続の定義
滑らかな微分多様体 $M$ の(線形)接続(linear connection)とは,$M$ のチャートによる被覆 $\{(U_\alpha,x^i)\}_{\alpha\in\Lambda}$ の各 $(U_\alpha,x^i)$ 上に与えられた $n^3$ 個の関数 $\Gamma^i_{jk}$ で,$U_\alpha\cap U_\beta\ne\phi$ 上では $$\Gamma^i_{jk}=\sum_{a,b,c}\bar{\Gamma}^a_{bc}\frac{\partial x^i}{\partial y^a}\frac{\partial y^b}{\partial x^j}\frac{\partial y^c}{\partial x^k}+\sum_a\frac{\partial x^i}{\partial y^a}\frac{\partial^2 y^a}{\partial x^j\partial x^k}$$ が成り立つもののことを言う。 またこのとき各 $\Gamma^i_{jk}$ を接続の係数(coefficients of connection)という。 またチャート $(U,\{x^i\}_{1\le i\le n})$ に含まれる曲線を $c:[0,1]\ni t\mapsto c(t)\in M$ が $c(t)=(x^1(t),\cdots,x^n(t))$ で与えられているとき,$v\in T_{c(0)}(M)$ に対して,初期条件 $Y(0)=v$ に対する微分方程式 $$\frac{dY^i(t)}{dt}+\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}(x(t))\frac{dx^j(t)}{dt}Y^k(t)=0$$ の解 $Y(t)\in T_{c(t)}(M)$ を曲線 $c$ に沿う $v\in T_{c(0)}(M)$ の接続 $\Gamma$ に関する平行移動(parallel displacement)という。 曲線 $c(t),\ t\in [a,b]$ に対して,平行移動を $P(c)_a^b:T_{c(a)}(M)\rightarrow T_{c(b)}(M)$ と書くことにする。
ここでの平行移動という言葉はもはやユークリッド幾何における直観的に理解しやすい幾何学的描像を持たない。接続の概念に至って平行移動という概念は完全に公理によって与えられるものとなる。ただしリーマン多様体のリーマン計量から一意的に定まるリーマン接続は,同位角が等しい(計量条件)という直観的に平行移動が持つことを期待される性質を持っている。
ベクトル場の共変微分
ベクトル場 $X,Y$ に対して,各点 $p\in M$ を通る $X$ の積分曲線を $c(t),\ t\in(-\epsilon,\epsilon),\ c(0)=p$ とするとき, $$\nabla_XY:=\lim_{t\rightarrow0}\frac{1}{t}(P(c)_{t}^0Y_{c(t)}-Y_{c(0)})$$ を$X$ による $Y$ の共変微分(covariant derivative)という。 各点 $p$ で $(\nabla_XY)_p$ を考えることでベクトル場 $\nabla_XY$ が得られる。 $\nabla$ は”ナブラ”と読む。
共変微分のチャートによる表示を求めよう。 チャート $(U,x^i)$ に関して接続の係数が $\Gamma^i_{jk}$ で与えられているとする。 上の定義の設定で,$Y(t):=P(c)_0^tY_{c(0)}$ は $$Y^i(t)=Y^i_{c(0)}+\frac{dY^i(0)}{dt}t+o(t^2)=Y^i_{c(0)}-\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}(c(0))X_{c(0)}^jY^k_{c(0)}t+o(t^2)$$ であり,一方 $$Y^i_{c(t)}=Y^i_{c(0)}+\sum_j\frac{\partial Y^i}{\partial x^j}X^j_{c(0)}t+o(t^2)$$ となる。 よって $$(Y_{c(t)}-P(c)_0^tY_{c(0)})^i=(\sum_jX^j_{c(0)}\frac{\partial Y^i}{\partial x^j}+\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}(c(0))X_{c(0)}^jY^k_{c(0)})t+o(t^2)$$ より $$ \begin{aligned} (P(c)_{t}^0Y_{c(t)}-Y_{c(0)})^i&=(P(c)_{t}^0(Y_{c(t)}-P(c)_0^tY_{c(0)}))^i\\ &=(Y_{c(t)}-P(c)_0^tY_{c(0)})^i+\sum\Gamma^i_{jk}X^j_{c(t)}(Y_{c(t)}-P(c)_0^tY_{c(0)})^jt+o(t^2)\\ &=(\sum_jX^j_{c(0)}\frac{\partial Y^i}{\partial x^j}+\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}(c(0))X_{c(0)}^jY^k_{c(0)})t+o(t^2)\\ \therefore\ \nabla_XY&=\sum_i(\sum_jX^j\frac{\partial Y^i}{\partial x^j}+\sum_{j,k}\Gamma^i_{jk}X^jY^k)\frac{\partial}{\partial x^i} \end{aligned} $$
これより $\nabla_{\frac{\partial}{\partial x^i}}\frac{\partial}{\partial x^j}=\sum_k\Gamma^k_{ij}\frac{\partial}{\partial x^k}$ が分かる。 チャートによる成分表示では、 $\nabla_{\frac{\partial}{\partial x^i}}$ は $\nabla_i$ と書くことが多い。 $\nabla_iY$ の第 $j$ 成分 $(\nabla_iY)^j$ は $\nabla_iY^j$ と書かれることが多い。 またベクトル場 $Y$ に対して、$(1,1)$-型テンソル場 $$\nabla Y:=\sum_{i,j}\nabla_iY^j\frac{\partial}{\partial x^j}\otimes dx^i$$ が定義される。 $\nabla Y$ にベクトル場 $X$ を無限小平行移動する方向として入力すると $\nabla_XY$ が得られることから、$Y$ の共変微分として $\nabla Y$ を指すことも多い。 $\nabla Y=0$ となるベクトル場 $Y$ を平行ベクトル場と呼ぶ。
コベクトル場や一般のテンソル場の共変微分はベクトル場の共変微分を基礎として定義される。 コベクトル場 $u$ とベクトル場 $X$ に対して、コベクトル場 $\nabla_Xu$が $$(\nabla_Xu)(Y):=X(u(Y))-u(\nabla_XY)$$ で定義される。 この定義は、共変微分にテンソル場の縮約に対してLeibniz則を満たすことを要請していると言い換えることもできる。 実際、移項すれば $X(u(Y))=(\nabla_Xu)(Y)+u(\nabla_XY)$ である。 また、同様の考えでテンソル場に対する共変微分も定義される。 例えば $(2,1)$-型テンソル場 $T$ に対しては、$(2,1)$-型テンソル場 $\nabla_XT$ が $$(\nabla_XT)(Y,Z,u)=X(T(Y,Z,u))-T(\nabla_XY,Z,u)-T(Y,\nabla_XZ,u)-T(Y,Z,\nabla_Xu),\ Y,Z\in\mathcal{X}(M),\ u\in\Omega^1(M)$$ で定義される。
その他、接続に対して曲率、捩率、測地線などが定義される。 詳しくはベクトルバンドルの接続を参照されたい。
テンソル解析の表記法
テンソル解析の表記法は良く知られたものとして、添え字の方法、abstract indexの方法、座標に依存しない方法がある。 それぞれ状況や用途によって長所がある。
添え字の方法
任意にチャートを設定し、テンソルの成分のみで計算して議論していく方法である。 おそらく最も古くからある記法と思われる。 例えば、ベクトル場は接空間の基底とその成分をセットにして $X=X^\mu\partial_\mu$ と書かれるべきものだが、単に $X^\mu$ と書く。他のテンソル場に対しても同様である。具体的な計算をイメージしやすいが、場合によっては添え字が煩雑になり概念的に理解しずらくなる可能性がある。
座標に依存しない方法
テンソル場の基底やその成分を明示せずに計算して議論していく方法である。 例えば、ベクトル場を $X$ などと書く。 概念的に理解しやすくなる可能性があるが、式を一目見ただけでは場の種類(ベクトル場なのかコベクトル場なのかなど)が分からない。
Abstract index記法
Abstract index記法はロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose)が考案して、ロバート・ウォルド(Robert Wald)が相対論の教科書をこれを用いて執筆して有名になった。 テンソル場を表す記号に添え字の記法における添え字と同じ位置にテンソル場の種類に応じてローマ字 $a,b,c,\cdots$ などを書く。 これは添え字と区別してabstract indexと呼ばれる。 例えば、ベクトル場は $X^a$、コベクトル場は $X_a$ と書く。 添え字記法との違いは、これが成分を表しているわけではなく、座標に依存しない方法と同様にテンソル場そのものを表している。 座標に依存しない方法での記号が表すテンソル場の種類が一目では分かりにくいという点を克服している。 しかしabstract indexはテンソル場の種類を指定するただの模様ではない。 コベクトル場 $X_a$ にベクトル場 $Y^b$ を食べさせてスカラー場を作るとき、すなわち座標に依存しない方法においては、$X_a(Y^b)$ と書かれるべきものは、添え字の記法における縮約の記法を援用して $X_aY^a$ と書く。 従って、添え字の記法と形式的には同様である。 またリーマン計量が定義されていることはほとんど前提とされており、$X^a$ と $X_a$ はMusical isomorphismの関係にあると理解する。
表記法の比較
同じものを3つの表記法で書くことで比較してみる。
(1) $(0,2)$-テンソル場 $g$ とベクトル場 $X,Y$ に対して $$g(X,Y)=\sum_{\mu,\nu}g_{\mu\nu}X^\mu Y^\nu=g_{ab}X^a Y^b$$ となる。
(2) $(1,1)$-テンソル場 $J$ に対して、$(0,2)$-テンソル場 $\omega$ が $\omega(X,Y)=g(X,JY)$ で定義されるとするとき、$\omega_{\mu\nu}=\sum_\lambda g_{\mu\lambda}J^\lambda_{\ \nu}$ または $\omega_{ab}=g_{ac}J^c_{\ b}$ である。