Coxeter複体
この記事では、Coxeter複体について紹介する。Coxeter複体はCoxeter系を幾何学的な視点を与える。この記事では、建物の理論の準備として執筆されている。Coxeter複体でも特に重要な球体型、アファイン型なものについて説明する。これらは、簡約群の構造を調べるために重要なものになっている。
部屋複体
部屋複体の定義
定義 1
$\mathcal{V}$ を集合とする。$V$ の有限部分集合のなすある集合 $\Delta\subset \mathcal{P}_{f}(\mathcal{V})$ が次の二つの条件を満たすとき、$\Delta$ を単体複体(simplicial complex)と呼ぶ。
- (1). 任意の $v\in \mathcal{V}$ に対して $\{v\}\in \Delta$ である。
- (2). $A\in \Delta$ かつ $B\subset A$ ならば $B\in \Delta$ である。
$\Delta$ の元のことを単体(simplex)と呼び、単体 $A$ の部分集合を $B$ の面(face)と呼ぶ。単体 $A$ の濃度のことを $A$ のランクといい、$\mathrm{rank} A-1$ を $A$ の次元という。次元が一つ低い面のことを切子面(facet)という。二つの単体 $A_{1},A_{2}$ が隣接しているとは、$A_{1}\cap A_{2}$ が $A_{1},A_{2}$ の切子面であるときにいう。
定義 2
$X,Y$ を単体複体とする。$X$ の頂点集合 $\mathcal{V}_{X}$ から $Y$ の頂点集合 $\mathcal{V}_{Y}$ への写像から誘導される写像 $f\colon X\longrightarrow Y$ のことを単体複体の射と呼ぶ。
定義 3
$\Delta$ を単体複体とする。$\Delta$ が次の二つの条件を満たすとき、$\Delta$ のことを部屋複体(chamber complex)と呼ぶ。
- (1). $\Delta$ の極大単体はすべて等次元である。
- (2). $\Delta$ の二つの極大単体 $C,D$ に対して有限個の極大単体 $C=C_{0},C_{1},\ldots,C_{n}=D$ があり、$C_{i}$ と $C_{i+1}$ が隣接するようなものが存在する。
部屋複体 $\Delta$ の極大単体のことを部屋(chamber)といい (2) の部屋の列のことを $C,D$ を結ぶ回廊(garelly)と呼ぶ。(2)の $n$ のことをこの回廊の長さと呼ぶ。もし、これより短いような $C$ と $D$ を結ぶ回廊が存在しないとき $n=d(C,D)$ と書き、$n$ を $C$ と $D$ の間の距離という。さらにこのとき、この回廊は最短であるという。
定義 4
- (1) $\Delta$ の単体 $A$ に対して、$\overline{A}$ を $A$ の面全体とすると、これは単体複体になる。これを $A$ の閉包と呼ぶ。
- (2) $\mathrm{lk}_{\Delta}(A)$ を $A$ と交わらない単体 $B\in \Delta$ 全体のなす集合とする。これは $\Delta$ の部分複体である。
定義 5
$\Delta$ を部屋複体とする。$\Delta$ の任意の切子面 $F$ に対して $F$ を面として持つ部屋がちょうど二つのとき、$\Delta$ は薄い部屋複体(thin chamber complex)といい、$F$ を面として持つ部屋が三つ以上なら $\Delta$ は厚い部屋複体(thick chamber complex)という。
定義 6
単体複体の射 $f\colon X\longrightarrow Y$ が$X$ の部屋を $Y$ の部屋に移すとき、$f$ は部屋複体の間の射であるという。
補題 1 (uniqueness lemma)
$\Delta$ を部屋複体、$\Sigma$ を薄い部屋複体とする。$C$ を $\Delta$ の部屋とする。$f_{1},f_{2}\colon \Delta\longrightarrow \Sigma$ を部屋複体の射とする。もし、$f_{1}(C)=f_{2}(C)$ かつ $f_{1},f_{2}$ が $C$ から始まる回廊を $\Sigma$ の回廊に写すなら、$f_{1}=f_{2}$ である。
Proof.
$f_{1}=f_{2}$ を示すには、$\Delta$ の任意の部屋 $D$ に対して、$f_{1}(D)=f_{2}(D)$ であることを示せば十分である。$\gamma\colon C=C_{0},C_{1},\ldots, C_{n}=D$ を $C,D$ を結ぶ $\Delta$ の回廊とする。このとき、$f_{1}(C_{i})=f_{2}(C_{i})$ であることを $i$ についての帰納法で示す。$f_{1}(C_{i})=f_{2}(C_{i})$ と仮定して、$f_{1}(C_{i+1})=f_{2}(C_{i+1})$ であることを示そう。二つの部屋 $f_{1}(C_{i+1}).f_{2}(C_{i+1})$ は $f_{1}(C_{i})=f_{2}(C_{i})$ と隣接し、その共通部分は切面子 $f_{1}(C_{i}\cap C_{i+1})=f_{2}(C_{i}\cap C_{i+1})$ である。一方で、$\Sigma$ は薄い部屋複体なので、この切面子を含む部屋、$f_{1}(C_{i})=f_{2}(C_{i}),f_{1}(C_{i+1}),f_{2}(C_{i+1})$ のうち、二つは等しいことが分かる。一方で、 $$f_{1}\gamma\colon f_{1}(C_{0}),\ldots,f_{1}(C_{n}),$$ $$f_{2}\gamma\colon f_{1}(C_{0}),\ldots,f_{2}(C_{n})$$ は回廊なので、$f_{1}(C_{i+1}),f_{2}(C_{i+1})$ は $f_{1}(C_{i})=f_{2}(C_{i})$ と等しくない。よって、$f_{1}(C_{i+1})=f_{2}(C_{i+1})$ となる。よって、帰納法より、$f_{1}(D)=f_{2}(D)$ が分かる。$D$ は$\Delta$ の任意の部屋だったので、$f_{1}=f_{2}$ が分かる。
□順序集合と単体複体
命題 1
単体複体 $\Delta$ は包含関係によって半順序集合になる。逆に、半順序集合 $\Delta$ が次の二つの条件を満たすとき、$\Delta$ は自然に単体複体と見なせる。
- (a). 二つの元 $A,B\in \Delta$ に対して、下限 $A\cap B:=\sup\{C\in \Delta\mathrel{\vert} C\leq A,B\}$ が存在する。
- (b). 任意の $A\in \Delta$ に対し、ある自然数 $r\geq 0$ が存在し $\Delta_{\leq A}$ は半順序集合として $(\mathcal{P}(\{1,2,\ldots,r\}),\subset)$ と同型である。
Proof.
□
誤解の恐れがない場合、所定の条件を満たすような半順序集合と単体複体を区別しないこともある。
Coxeter複体
定義 7
$(W,S)$ をCoxeter系とする。$S$ を有限集合とする。放物型部分群による剰余類の集合 $$ \Sigma(W,S)=\{wW_{I}\mathrel{\vert} w\in W,I\subset S\} $$ に包含関係とは逆向きの順序を定めることにより、$\Sigma(W,S)$ は部屋複体になる。これのことをCoxeter複体(Coxeter complex)と呼ぶ。
$\Sigma(W,S)$ の部屋は一つの元からなるシングルトン $wW_{\phi}=\{w\}$ である。切面子は一つの単純鏡映 $s\in S$ からなる部分集合 $I=\{s\}$ で生成された $W$ の部分群 $W_{I}=\{1,s\}$ による剰余類 $w\{1,s\}=\{w,ws\}$ である。よって、$\Sigma(W,S)$ は薄い部屋複体である。二つの部屋 $\{w_{1}\},\{w_{2}\}$ に対して、 $$ w_{1}^{-1}w_{2}=s_{1}\cdots s_{h} $$ を $S$ の元による積表示とする。このとき $$ \{w_{1}\}, \{w_{1}s_{1}\}, \{w_{1}s_{1}s_{2}\},\ldots, \{w_{1}s_{1}\cdots s_{h}\}=\{w_{2}\} $$ は$\{w_{1}\}$ と $\{w_{2}\}$ を結ぶ回廊である。もし $s_{1}\cdots s_{h}$ が簡約表示なら $h=d(\{w_{1}\},\{w_{2}\})$ である。
球体型の場合
定義 8
$W$ が有限群のとき、Coxeter複体 $\Sigma(W,S)$ は球体型(spherical type)であるという。