ベクトル束の引き戻し
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この記事では、係数体 $\mathbb{K}$ とは $\mathbb{R}$ あるいは $\mathbb{C}$ のことを指すものとする。
位相空間 $X$ について、$X$ 上のベクトル束の同型類全体の集合を $\mathrm{Vect}(X)$ と表記する。この記事の目標は、位相空間の射 $f\colon A \to B$ について引き戻し写像 $f^* \colon \mathrm{Vect}(B) \to \mathrm{Vect}(A)$ を定義することにある。また、引き戻し $f^*$ が (適切な位相的設定のもとで) $f$ のホモトピー類によらないことを示す。
位相空間の射 $f \colon A\to B$ と $B$ 上のベクトル束 $p \colon E \to B$ が与えられたとする。このとき、位相空間の引き戻し $E \times_B A$ のことを $E_A$ と表記する。このとき、射影 $p_A \colon E_A \to A$ にはベクトル束の構造が入る。
ベクトル束の構造の入れ方に関する説明
$E$ の局所自明化を可能にするような $B$ の開被覆 $\{U_i\}$ をとる。また、局所自明化 $t_i \colon p^{-1}(U_i) \to U_i \times \mathbb{K}^n$ をとってくる。このとき、添字 $i$ について、$f^{-1}(U_i) \times \mathbb{K}^n \to f^{-1}(U_i) \to A$ という射と、$f^{-1}(U_i) \times \mathbb{K}^n \to U_i \times \mathbb{K}^n \to p^{-1}(U_i) \to E$ という射を用いて、$f^{-1}(U_i) \times \mathbb{K}^n \to p_A^{-1}(f^{-1}(U))$ なる同相写像を構成できる。この方法によって $p_A$ はベクトル束の構造を持つ。□
この構成が同型類を同型類に移すことを示す。$\varphi \colon E \to E'$ なる $B$ 上のベクトル束の同型があったとする。このとき、$\varphi$ の $A \to B$ による引き戻し $\varphi_A$ は $E_A$ から $E'_A$ への同型を誘導する。従ってここまでの主張をまとめると、以下の命題が成立する。
命題 1 (ベクトル束の引き戻し)
位相空間の射 $f \colon A \to B$ が与えられたとき、ベクトル束 $p \colon E \to B$ について、$p$ の $f$ による引き戻し $p_A \colon E_A \to A$ はベクトル束の構造を持つ。このとき、$E$ の同型類 $[E]$ に対して $E_A$ の同型類 $[E_A]$ を充てる操作 $f^*\colon \mathrm{Vect}(B) \to \mathrm{Vect}(A)$ は well-defined である。
この構成について、変換関数を用いた方法によって観察を行うと、次のような構成と同一視ができる: 変換関数の族 $\{g_{j,i}\colon U_i \cap U_j \to \mathrm{GL}(V)\}$ が与えられたとする。このとき、射の合成 $f^{-1}(U_i) \cap f^{-1}(U_j) \to U_i \cap U_j \to \mathrm{GL}(V)$ の族はコサイクル条件をみたすため、$A$ 上のベクトル束が構成される。
補題 2 (ベクトル束の引き戻しに関する性質)
- 位相空間の合成可能な射 $f$, $g$ について $(g\circ f)^* = f^* \circ g^*$ が成り立つ。
- 恒等写像 $\mathrm{id}$ について $\mathrm{id}^* = \mathrm{id}$ が成り立つ。
- 位相空間の射 $f$ について $f^*$ はベクトル束の直和・テンソル積を保つ。