数学書独特の言い回しについて(数学方言)

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数学書を読んでいて、独特の言い回しや言葉遣いに些細な引っ掛かりを覚えた方は少なくないかもしれません。本稿では、これらの数学書に独特な表現について簡単な解説や例文とともに紹介してまいります。

あ行のことば

与える

条件を満足する個物・構造をひとつ指定すること。構造の場合には「入れる」とも表現される。自分ではなく他者から指定される場合には「与えられる」と受動態で表される。

例.ユークリッド距離によって位相構造を与える

表す/表される

ある個物を別の方法で表示すること。

依存する

一意的

条件を満足する個物が2つとないこと。ただし、該当する個物が存在しない場合にも使用される。「unique」の訳語。

例:$x+1 = 3$ なる実数 $x$ は 一意的である。

~として一般性を失わない

条件~の仮定の下で証明すれば充分であることが、少々の簡単な論証によって導出できることを表す断り書き。そこで追加された仮定が、状況を一部の場合に制限するものではないことを意味する。「without loss of generality」(略:WLOG)の訳語。

例:方程式 $x^n + y^n = z^n$ が自然数解を持たないことを証明するためには、$n = 4$ または $n$ が奇素数であるとして一般性を失わない

一般に

ある主張の成立を述べた後で、実はより広い設定において主張が成立することを(しばしば説明なしに)述べることを意味する接続詞.

一般には~ではない

ある主張の成立を述べた後で、その主張のある設定がそれ以上拡張できないことを(しばしば説明なしに)述べる語.

嬉しさ

その主張から生じる良い影響のこと。「この主張の何が嬉しいのかというと」のように用いる。

得る

延長する

2つの集合 $Y \subset X$ と $Y$ 上の構造が与えられているとき、$X$ 上の同種の構造で、その $Y$ への制限が所与の構造と一致するものを指定すること。「拡張する」ともいう。写像ないし射の場合は「伸びる」ともいう。

例:整数の加法を延長することで、有理数の加法を定義できる。

か行のことば

簡単のため

それ以降の論述において些細な事項に気を取られないで済ませるための仮定を設定するときの断り書き。「For Simplicity」の訳語。

例:簡単のため、以下では $f(x)$ を微分可能な函数とする。

~を固定する

さ行のことば

従う

ある主張を主たる根拠として、別の主張の成立が導出されること。

例:Fermatの最終定理は強いABC予想から従う。

~としてよい

条件を増やしても議論に支障がないこと、充分であることを意味する。類語に「一般性を失わない」など。

自然な/自然に

自明である

特に論証の必要を感じないほど明快である(と著者が考えている)こと。

自明な例

構造が簡単で、条件を満足することが明白であるような例のこと。

例:ベクトル空間 $V$ に対し、$V$ 自身、および零元 $0$ のみからなる1点集合 $\{0\}$ は部分空間となる。これらを自明な部分空間という。

充分に〜な

必要に応じて~の度合いを調整すれば、いずれ条件を満足するようにできること。

例:いかに小さな数 $\epsilon > 0$ に対しても、充分に大きな自然数 $N$ をとれば $N \epsilon > 1$ とできる。

真の~

制限する

ある集合 $X$ 上で定義される構造を、部分集合 $Y \subset X$ に限定することで $Y$ の構造を導出すること。

例.有理数体 $\mathbb{Q}$ の加法を有理整数環 $\mathbb{Z}$ に制限することで、$\mathbb{Z}$ の加法が得られる。

生成する

与えられた個物を含む機構のうち最小のものを与えること。ベクトル空間の場合には「張る」とも表現される。

例:$2$ が生成する有理整数環 $\mathbb{Z}$ のイデアルは $\{2n \mid n \in \mathbb{Z} \}$ である.

た行のことば

直ちに

根拠となる事柄からごく短い(述べるまでもないような)論証によって導出されるさまを意味する語。

保つ

同種の機構を備えた集合に対応づけが存在するとき、対応づけられる要素の振る舞いが並行的であること。

適当な

特殊な

特徴づけ/特徴づける

ある性質を有することを以て、対象を類種の対象から区別すること。

例:実数体は、Bolzano-Weierstrassの定理をみたす順序体として特徴づけられる。

特に

閉じている

~をとる

な行のことば

任意にとる

Pのとき、またそのときに限りQ

2つの命題PとQが互いに同値であること。「if and only if」の訳語。

~を除いて一意的

~の誤差を無視すれば条件を満足する個物は無二であること、すなわち条件を満足する個物は(異なるとしても)~程度しか差異が存在しないこと。

例:$x^2=4$ をみたす整数 $x$ は符号の違いを除いて一意的である.

は行のことば

生える

引き起こされる

評価する

ある量 $A$ と他の量 $B$ を比較し大小を決定すること。$A$ が計算しにくい量の場合に,その情報を引き出すために計算しやすい量 $B$ と比較することをさすことが多い。「押さえる」ともいう。

$A \le B$ の場合には「$A$ を $B$ で上から評価する/押さえる」、$A \ge B$ の場合には「$A$ を $B$ で下から評価する/押さえる」という。

標準的な

病的な例

ほとんど

無視できる程度の例外を除いて成立することを表す語。「無視できる程度」は、その時々の文脈により変化する。

ま行のことば

や行のことば

誘導される

ある対象 $X$ 上に定義される機構から、$X$ と関連づけられている別の対象 $Y$ への機構を、関連づけと整合するように導出すること。

例:位相空間 $X$ の部分集合 $Y$ に対し、$Y \cap O$($O$ は $X$ の開集合)と表される集合を $Y$ の開集合と定めることで $Y$ の位相が誘導される

ら行のことば

わ行のことば