抽象線形代数学入門:ベクトル空間

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この章では、一般の体上のベクトル空間の基本的な性質について解説する。

定義

  • 集合 $V$
  • 体 $\K(\langle \K, +_{\K}, 0, \times_{\K}, 1\rangle)$
  • 二項演算 $+:V\times V\rightarrow V$
  • 二項演算 $\cdot :\K\times V\rightarrow V$
  • 要素 $\Bzr\in V$

による5つ組 $\langle V, \K, +, \cdot, \Bzr\rangle$ は、次の8つの公理を満たすとき$\K$ 上のベクトル空間 (vector space) または線形空間 (linear space)であるという。このとき $V$ を $K$-ベクトル空間、$K$-線形空間ともいう。とくに $\K=\R$ のとき、$V$ を実ベクトル空間、あるいは実線形空間という。なお、$k\in\K, \Bv\in V$ について $k\cdot\Bv$ を単に $k\Bv$ とあらわす。混同のおそれのない場合には $\K$ 上の演算 $+_{\K}$, $\times_{\K}$ も単に $+$, $\times$ であらわし、$\K$ 上の積 $a\times_{\K} b$ を単に $ab$ であらわす。

$(V1-V4)$ $\langle V, +, \Bzr\rangle$ はAbel群である。すなわち、
$(V1)$ (結合律) $V$ の任意の元 $\mathbf{x},\mathbf{y},\mathbf{z}$ に対して $(\mathbf{x} + \mathbf{y}) + \mathbf{z} = \mathbf{x} + (\mathbf{y} + \mathbf{z})$ が成り立つ。
$(V2)$ (可換律) $V$ の任意の元 $\mathbf{x},\mathbf{y}$ に対して $\mathbf{x} + \mathbf{y} = \mathbf{y} + \mathbf{x}$ が成り立つ。
$(V3)$ (単位元(零ベクトル)の性質) $V$ の任意の元 $\mathbf{x}$ に対して $\mathbf{x} + \mathbf{0} = \mathbf{0} + \mathbf{x} = \mathbf{x}$ が成り立つ。
$(V4)$ (逆元(逆ベクトル)の存在) $V$ の任意の元 $\mathbf{x}$ に対して $V$ のある元 $\mathbf{x}'$ が存在して $\mathbf{x} + \mathbf{x}' = \mathbf{x}' + \mathbf{x} = \mathbf{0}$ を満たす。
$(V5)$ (スカラーの加法に対する分配律) $K$ の任意の元 $a,b$ と $V$ の任意の元 $\mathbf{x}$ に対して $(a+_{\K} b)\mathbf{x} = a\mathbf{x} + b\mathbf{x}$ が成り立つ。
$(V6)$ (ベクトルの加法に対する分配律) $K$ の任意の元 $a$ と $V$ の任意の元 $\mathbf{x},\mathbf{y}$ に対して $a(\mathbf{x}+\mathbf{y}) = a\mathbf{x} + a\mathbf{y}$ が成り立つ。
$(V7)$ (スカラーの積とスカラー乗法の両立) $K$ の任意の元 $a,b$ と $V$ の任意の元 $\mathbf{x}$ に対して $(a\times_{\K} b)\cdot\mathbf{x} = a\cdot(b\cdot\mathbf{x})$ が成り立つ。
$(V8)$ (スカラー乗法の単位元の存在) $V$ の任意の元 $\mathbf{x}$ に対して $1\mathbf{x} = \mathbf{x}$ が成り立つ。

$V$ 上の二項演算 $+$ をベクトルの加法 (addition) 、$\cdot$ をスカラー乗法 (scalar multiplication)、$\Bzr\in V$ を零ベクトル (zero vector) という。

1

$$V=\K^n=\{(a_1, \ldots, a_n): a_1, \ldots, a_n\in\K\}$$ を $\K$ の要素の $n$ 個の組全体からなる集合とすると、要素ごとの加法とスカラー倍

  • $(a_1, \ldots, a_n), (b_1, \ldots, b_n)\in V$ について $(a_1, \ldots, a_n)+(b_1, \ldots, b_n)=(a_1+b_1, \ldots, a_n+b_n)$,
  • $k\in\K$, $(a_1, \ldots, a_n)\in V$ について $k(a_1, \ldots, a_n)=(ka_1, \ldots, ka_n)$,

および零ベクトルと逆ベクトル

  • $\Bzr=(0, \ldots, 0)$,
  • $(a_1, \ldots, a_n)\in V$ について $-(a_1, \ldots, a_n)=(-a_1, \ldots, -a_n)$

により、$V$ はベクトル空間となる。

2

$\C$ は通常の演算により $\R$ 上のベクトル空間となる。また $$\Q(i)=\{a+bi, a, b\in\Q\}, \Q(\sqrt{2})=\{a+b\sqrt{2}, a, b\in\Q\}$$ はそれぞれ、通常の演算により $\Q$ 上のベクトル空間となる。

3

集合 $S$ から体 $\K$ への写像 $$f\colon S \to \K$$ 全体の集合は、

  • $(f+g)(x)=f(x)+g(x)$,
  • $(kf)(x)=kf(x)$

で定められる加法とスカラー倍、および

  • $\forall(x\in S) ~ 0(x)=0$,
  • $(-f)(x)=-f(x)$

によりベクトル空間となる。

4

$S, \K \subset \C$ であるとき、$S$ から $\K$ への連続な写像 $f\colon S \to \K$ 全体の集合は 3と同様の演算によりベクトル空間となる。

5

複素数の無限数列全体の集合 $$\C^\infty=\{(a_i)_{i\in\N}=(a_0, a_1, \ldots): a_i\in\C ~ \forall i\in\N\}$$ は、要素ごとの加法とスカラー倍

  • $(a_i)_{i\in\N}, (b_i)_{i\in\N}\in \C^\infty$ について $(a_i)_{i\in\N}+(b_i)_{i\in\N}=(a_i+b_i)_{i\in\N}$,
  • $k\in\K$, $(a_i)_{i\in\N}\in \C^\infty$ について $k(a_i)_{i\in\N}=(ka_i)_{i\in\N}$,

および零ベクトルと逆ベクトル

  • $\Bzr=(0, 0, \ldots)$,
  • $(a_i)_{i\in\N}\in \C^\infty$ について $-(a_i)_{i\in\N}=(-a_i)_{i\in\N}$

によりベクトル空間となる。

6

複素数列で、有限個の要素を除いて $0$ であるもの全体の集合 $$\C^{<\infty}=\{(a_i)_{i\in\N}=(a_0, a_1, \ldots): a_i\in\C ~ \forall i\in\N, \exists i_0[i\geq i_0\Rightarrow a_i=0]\}$$ は、 5と同様の演算によりベクトル空間となる。


演算の性質

命題 7
$(1)$ $\Bu+\Bv=\Bu+\Bw$ ならば $\Bv=\Bw$ となる。とくに $\Bu+\Bv=\Bu$ となるベクトル $\Bv$ は零ベクトルに一致する。
$(2)$ 任意の $\Bv\in V$ について $0\Bv=\Bzr$ が成り立つ。
$(3)$ 任意の $k\in\K, \Bv\in V$ について $(-k)\Bv=-(k\Bv)$ が成り立つ。とくに 任意の $\Bv\in V$ について $(-1)\Bv=-\Bv$ が成り立つ。
Proof.

$(1)$ $\Bu+\Bv=\Bu+\Bw$ ならば $(V4)$, $(V1)$ より

$$\Bv=((-\Bu)+\Bu)+\Bv=(-\Bu)+(\Bu+\Bv)=(-\Bu)+(\Bu+\Bw)=((-\Bu)+\Bu)+\Bw=\Bw$$ となる。とくに $\Bu+\Bv=\Bu$ ならば $\Bu+\Bv=\Bu=\Bu+\Bzr$ より $\Bv=\Bzr$ となる。

$(2)$ $(V8)$, $(V5)$, $(V3)$ より

$$0\Bv+\Bv=0\Bv+1\Bv=1\Bv=\Bv$$ であるから、$(V4)$, $(V1)$ より $$0\Bv=0\Bv+(\Bv+(-\Bv))=(0\Bv+\Bv)+(-\Bv)=\Bv+(-\Bv)=\Bzr$$ となる。

$(3)$ $(V5)$, $(2)$ および $(V4)$ より

$$(-k)\Bv+k\Bv=(-k+k)\Bv=0\Bv=\Bzr=-(k\Bv)+k\Bv$$ となるから $(1)$ より $(-k)\Bv=-(k\Bv)$ となる。とくに $k=1$ のとき $(V8)$ より $(-1)\Bv=-(1\Bv)=-\Bv$ となる。

$\Bu, \Bv\in V$ について、ベクトルの減法 (subtraction) を $$\Bu+(-\Bv)=\Bu-\Bv$$ により定める。

命題 8
$(1)$ 任意の $\Bu, \Bv\in V$ について $\Bx+\Bv=\Bu \Longleftrightarrow \Bx=\Bu-\Bv$ が成り立つ。
$(2)$ 任意の $a, b\in\K, \Bv\in V$ について $a\Bv-b\Bv=(a-b)\Bv$ が成り立つ。
Proof.

$(1)$ $(V1)$, $(V4)$, $(V3)$ より

$$(\Bu-\Bv)+\Bv=\Bu+(-\Bv)+\Bv=\Bu+((-\Bv)+\Bv)=\Bu$$ となるから、命題 7 の $(1)$ より $$\Bx+\Bv=\Bu=(\Bu-\Bv)+\Bv \Longleftrightarrow \Bx=\Bu-\Bv$$ ば成り立つ。

$(2)$ 命題 7 の $(3)$ より

$$a\Bv-b\Bv=a\Bv+(-(b\Bv))=a\Bv+(-b)\Bv=(a-b)\Bv$$ となる。

参考文献

Serge Lang, Linear Algebra, Third Edition, Undergraduate Texts in Mathematics, Springer, 1987, doi:10.1007/978-1-4757-1949-9 (eBook of the softcover reprint version).