多元環の表現論(箙の表現論)
$\newcommand{\relmiddle}[1]{ \mathrel{}\middle#1\mathrel{} }$ $\newcommand{\set}[2]{ \left\{#1\relmiddle|#2\mbox{}\right\} }$ $\newcommand{\map}[3]{ {#1}\colon{#2}\rightarrow{#3} }$ $\newcommand{\ordpair}[1]{ \left\langle #1 \right\rangle }$ $\newcommand{\inv}[1]{ {#1}^{-1} }$ $\newcommand{\pow}[2]{ {#1}^{#2} }$ $\newcommand{\abs}[1]{ \left| #1 \right| }$ $\newcommand{\Homset}[2]{ \mathsf{Hom}(#1,#2) }$
$\newcommand{\cgrp}{ A }$
$\newcommand{\Hom}[3]{ \mathsf{Hom}_{#1}(#2,#3) }$ $\newcommand{\End}[2]{ \mathsf{End}_{#1}(#2) }$ $\newcommand{\Setcat}{\mathsf{Set}}$ $\newcommand{\Catcat}{\mathsf{Cat}}$ $\newcommand{\Quivcat}{\mathsf{Quiv}}$ $\newcommand{\Ringcat}{\mathsf{Ring}}$ $\newcommand{\Abelcat}{\mathsf{Abel}}$ $\newcommand{\Modcat}[1]{\mathsf{Mod}(#1)}$ $\newcommand{\modcat}[1]{\mathsf{mod}(#1)}$ $\newcommand{\Projcat}[1]{\mathsf{Proj}(#1)}$ $\newcommand{\projcat}[1]{\mathsf{proj}(#1)}$ $\newcommand{\Injcat}[1]{\mathsf{Inj}(#1)}$ $\newcommand{\injcat}[1]{\mathsf{inj}(#1)}$ $\newcommand{\Repcat}[2]{\mathop{\mathsf{rep}}\nolimits_{#1}(#2)}$ $\newcommand{\repcat}[2]{\mathop{\mathsf{rep}}\nolimits_{#1}(#2)}$
$\newcommand{\ring}{ R }$ $\newcommand{\ringformal}{ \langle R,+,0,\times,1\rangle }$ $\newcommand{\addgrp}{ \langle R,+,0\rangle }$ $\newcommand{\mulmon}{ \langle R,\times,1\rangle }$ $\newcommand{\zeroring}{ O }$ $\newcommand{\Unit}[1]{ \mathsf{U}(#1) }$ $\newcommand{\congasring}{ \mathrel{\cong_{\Ringcat}} }$
$\newcommand{\polyring}[1]{ {#1}[X] }$ $\newcommand{\multipolyring}[2]{ {#1}[X_1,\dots,X_{#2}] }$
$\newcommand{\module}{ M }$ $\newcommand{\lact}{ \mathsf{act} }$ $\newcommand{\lactmor}[2]{ \mathsf{act}_{#1\curvearrowright #2} }$ $\newcommand{rlact}{ \mathsf{act} }$ $\newcommand{\ractmor}[2]{ \mathsf{act}_{#2\curvearrowleft #1} }$ $\newcommand{\str}{ \mathsf{str} }$
$\newcommand{\graph}[1]{ \overline{#1} }$ $\newcommand{\path}[1]{ \mathop{\mathsf{path}}#1 }$ $\newcommand{\pathcat}[1]{ \mathop{\mathsf{path}}(#1) }$ $\newcommand{\pathalg}[2]{ {#1}[#2] }$
(この記事は充分に執筆されていません) (この記事は査読がなされていません)
- 多元環の表現論のお試し記事.サクラ 2022年11月28日 (水) 04:40 (JST)
モチベーションと本稿の構成
本稿で扱うこと
本稿では、多元環の表現論を扱う。 簡単のために代数的閉体 $K$ 上の有限次元多元環を扱うが、 議論の殆どはArtin多元環(これは可換Artin環上の長さ有限な多元環をいう)に対してもある程度うまく回る。 ここでは最大限の一般性を求めず、 具体例の計算に重きを置いて理論展開を行なう。
多元環の加群圏と箙の表現圏
この章では $K$ は代数的閉体を表し、 $A$ は $K$ 上有限次元多元環とする。 先ず $A$ の構造を反映する箙 $Q_A$ を構成し、 箙から定まる道多元環 $K[Q_A]$ の許容的イデアル $I$ の剰余によって $A$ を表示する。 更に $\langle Q_A, I\rangle$ の束縛表現を導入し、$A$ 上の有限生成加群の為す圏 $\modcat{A}$ と $\langle Q_A, I\rangle$ の束縛表現の為す圏 $\repcat{K}{Q_A, I}$ との間の $\Abelcat$-圏同値を与える。 これらによって $A$ の表現を考える上では箙の表現を考えれば十分であることが分かる。
箙に関する基本的な概念
本節ではサイクルと多重辺を認めた有向グラフとして箙を定義し、基本的な用語法を定義し、道圏を導入する。 網羅的な用語の導入は避け、必要な範囲で逐一導入することにする。 一覧したい場合は、箙のページを参照されたい。
定義 1 (箙の定義)
本節ではサイクルと多重辺を認めた有向グラフを箙 (quiver) といい、 有向グラフの射を箙の射という。 厳密な定義は環上の加群のホモロジー代数を参照されたい。 ただし、本稿では簡単のために箙 $Q$ を四つ組で表す場合には $Q=\langle Q_0, Q_1, s_Q, t_Q \rangle$ と書き、 箙の射 $f$ を組で表す場合には $f=\langle f_0, f_1 \rangle$ と書く。 箙と箙の射の為す圏(または単に箙の為す圏)を $\Quivcat$ と書くものとする。
更に、箙に関する次の概念はよく用いるため、まとめて定義しておく。
定義 2 (箙に関する諸定義)
$Q$ を箙とする。$Q$ の向きを忘れたものを基礎グラフといい、$\graph{Q}$ と書く。
- $Q$ が有限であるとは、$Q_0$ および $Q_1$ がともに有限集合であることをいう。
- $Q$ が連結であるとは、$\graph{Q}$ が連結であることをいう。
- $Q$ の二つの矢 $\alpha$ および $\beta$ が合成可能であるとは、$\alpha$ の終点と $\beta$ の始点が一致することをいう。即ち、$t_Q(\alpha)=s_Q(\beta)$ が成立することをいう。
定義 3 (道)
$Q$ を箙とする。$n$ を正の整数とするとき、$Q$ の矢の列 $(\alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n)$ が長さ $n$ の道であるとは、 隣り合う二つの矢 $\alpha_i$ および $\alpha_{i+1}$ が合成可能であることをいう。 また、$Q$ の頂点 $a$ を長さ $0$ の道ともいい、$\epsilon_a$ と書く。 これらを合わせて単に $Q$ の道という。
また長さが正の道 $p=(\alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n)$ について、$\alpha_1$ の始点を道 $p$ の始点といい、$\alpha_n$ の終点を道 $p$ の終点という。 長さが $0$ の道 $p=\epsilon_a$ については、$a$ を $p$ の始点とも、終点ともいう。 $Q$ の道の始点、終点もそれぞれ $s_Q(p)$ ないしは $t_Q(p)$ と書く。 $Q$ の長さ $n$ の道全体の為す集合を $\path{_n(Q)}$ と書き、$Q$ の道全体の為す集合を $\path{(Q)}$ と書く。
注意 4 (道の定義に関する注意)
箙 $Q$ について、長さ $1$ の道 $\path{_1(Q)}$ と $Q$ の矢 $Q_1$ とは一対一に対応する。
定義 5 (道圏)
$Q$ を箙とする。$\path{(Q)}$ の長さ $n$ の $p=(\alpha_1, \alpha_2, \ldots, \alpha_n)$ と長さ $m$ の道 $q=(\beta_1, \beta_2, \ldots, \beta_m)$ について、$p$ の終点と $q$ の始点とが一致するとき $p$ と $q$ は合成可能であるという。 道 $p$ と $q$ とが合成可能であるとき、またそのときに限り $(\alpha_1,\alpha_2,\ldots,\alpha_m,\beta_1,\beta_2,\ldots,\beta_m)$ は長さ $n+m$ の道である。 これを $p$ と $q$ の合成といい、$p \circ q$ と書く。 このとき、$Q$ の頂点 $Q_0$ を対象とし、$\path{(Q)}$ を射とし、$s_Q$、$t_Q$、$\circ$ を構造とする圏が定まる。 これを $Q$ の道圏といい、$\pathcat{Q}$ と書く。
注意 6 (道圏に関する注意)
箙 $Q$ に対して道圏 $\pathcat{Q}$ を取る操作は函手的である。 即ち、箙の射 $\map{f}{Q}{Q'}$ が与えられると、道圏の間の函手 $\map{\pathcat{f}}{\pathcat{Q}}{\pathcat{Q'}}$ が定まる。 この函手 $\path{}$ は圏の為す圏 $\Catcat$ から箙の為す圏 $\Quivcat$ への忘却函手の左随伴函手である。 この意味で道圏 $\pathcat{Q}$ は箙 $Q$ から自由に生成された圏と呼ぶことがある。
道多元環とその基本性質
定義 7 (道多元環)
$Q$ を箙とし、$K$ を体とする。 このとき $Q$ の道全体 $\path{(Q)}$ を基底とする $K$-線形空間を $\pathalg{K}{Q}$ と書くとき、 道の合成により $\pathalg{K}{Q}$ の基底の間に積が定義できる。 ただし合成可能でない道の組に対応する基底どうしの積は $\pathalg{K}{Q}$ の零元 $0$ に対応させるものとする。 $\path{Q}$ が圏を為していたこと、特に道の合成の結合性よりいま定義した積の結合性が分かる。 これを $Q$ の道 $K$-多元環という。 一般には単位的でないことに注意せよ。
定義 8 (道多元環の次数構造)
$Q$ を箙とし、$K$ を体とする。 道多元環 $\pathalg{K}{Q}$ を $K$-線形空間と見たとき、 長さ $n$ の道 $\path{_n(Q)}$ の生成する部分空間を $\pathalg{K}{Q}_n$ と書く。 族 $(\pathalg{K}{Q}_n)_{n\in\mathbb{Z}_{\leq 0}}$ を $\pathalg{K}{Q}$ の標準的な次数構造という。
実際、$\pathalg{K}{Q}_n$ の元 $p$ と $\pathalg{K}{Q}_m$ の元 $q$ との積を考えると、 $p$ が 長さ $n$ の道の $K$-線形和であり、$q$ が長さ $m$ の道の $K$-線形和であるから、 $pq$ は零元でなければ長さ $n+m$ の道の $K$-線形和である。 よって特に $\pathalg{K}{Q}_{n+m}$ の元であり、標準的な次数構造が次数付けを与えることが分かる。
命題 9 (道多元環の基本性質)
$Q$ を箙とし、$K$ を体とする。このとき次が成立する。
- $\pathalg{K}{Q}$ は冪等元を十分豊富に持つ。
- $\pathalg{K}{Q}$ が単位的であることと、$Q_0$ が有限集合であることとは同値である。
- $\pathalg{K}{Q}$ が $K$-線形空間として有限次元であることと、$Q$ が有限箙であり、かつサイクルを持たないことと同値である。
- 証明
1 を示すために冪等元の集合 $X\colon=\set{e_a}{a\in Q_0}$ について考える。 $X$ の任意の相異なる2元は必ず合成不能であるため積は零元となり、よって $X$ が直交系であることが分かる。 更に任意の射 $p$ について、$a=s_Q(p)$とおけば $e_bp=\delta_{ab}$ が成り立ち、 $e_b\pathalg{K}{Q}=\langle\set{p}{\text{$p$ は $s_Q(p)=b$ を満たす}}\rangle$ が成立する。 よって右 $\pathalg{K}{Q}$-加群としての直和分解 $\pathalg{K}{Q} = \bigoplus _{ e_b \in X }e_b\pathalg{K}{Q}$ が取れる。 同様にして左 $\pathalg{K}{Q}$-加群としての直和分解 $\pathalg{K}{Q} = \bigoplus _{ e_b \in X }\pathalg{K}{Q}e_b$ も取れるので、 道 $K$-多元環が冪等元を十分豊富に持つことが分かった。
2 は 1 の系である。実際、任意の冪等元を十分豊富に持つ擬環は、 その冪等元の代表系として有限集合が取れるならば、それらの和が積に関する単位元であることが示される。 3 を示す。 $\pathalg{K}{Q}$ の $K$-線形空間としての基底として道全体 $\path{(Q)}$ が取れるため、 $K$-線形空間として有限次元であることはこれが有限集合であることと同値であることに注意する。 もし道全体が有限集合ならば、頂点が長さ $0$ の道と一対一に対応し、矢が長さ $1$ の道と一対一に対応することから、 $Q$ が有限箙であることが分かる。 また長さ $n$ のサイクル $p$ が存在すれば $p^m$ もまた長さ $nm$ の道であるため道は非有限であることが分かり、 この対偶より道全体が有限ならばサイクルが存在しないことが分かる。 逆に有限箙 $Q$ であってサイクルが存在しない場合、矢の濃度を $n$ とすれば道の最大長は $n$ で押さえられ、 かつ各矢に後続する矢の最大数は $n-1$ で押さえられる。 よって道全体は高々 $n(n-1)$ で押さえられるため、道 $K$-多元環は $K$-線形空間として有限次元であることが分かる。