ルート系
ルート系
鏡映
この記事全体を通して、$V$ と書いたら $\mathbb{R}$ 上の有限次元線形空間のこととし、$V$ には正定値内積 $$ (~,~)\colon V\times V\longrightarrow \mathbb{R} $$ が備わっているとする。また、この内積による $V$ の直交群(orthogonal group) $$ \{s\in {\rm Aut}(V)\mathrel{\vert} \forall x,y\in V, (s(x),s(y))=(x,y)\} $$ のことを $O(V)$ と書くことにする。
定義 1 (鏡映(reflection))
$V$ の $0$ でないベクトル $\alpha$ に対して、同型 $s\colon V\longrightarrow V$ が $\alpha$ の$\mathbf{鏡映}$(reflection)であるとは、$s(\alpha)=-\alpha$ であり、$\mathbb{R}\alpha$ の補空間 $H_{\alpha}=\{x\in V\mathrel{\vert} (x,\alpha)=0\}$ 上で $s\vert_{H_{\alpha}}=1$ となることを言う。
$0$ でない $\alpha\in V$ に対して、
$$
s_{\alpha}\colon V\longrightarrow V;x\longmapsto x-\dfrac{2(x,\alpha)}{(\alpha,\alpha)}\alpha
$$
と置くと、$s_{\alpha}$ は $\alpha$ の鏡映である。
補題 1
- (1) $0$ でない実数 $c$ に対して $s_{c\alpha}=s_{\alpha}$ である。
- (2) $\alpha$ の鏡映は直交群 $O(V)$ の元である。すなわち、任意の $x,y\in V$ に対して $(s_{\alpha}(x),s_{\alpha}(y))=(x,y)$ である。
- (3) 任意の $t\in O(V)$ に対して、$ts_{\alpha}t^{-1}=s_{t(\alpha)}$ である。
Proof.
容易ゆえ省略。
□ルート系
定義 2 (ルート系(root system))
$V$ の有限部分集合 $R$ が次の (RS1)~(RS4) を満たすとき、$R$ を $V$ における$\mathbf{ルート系}$(root system) と呼ぶ。
- (RS1) $0\notin R$ であり、$R$ は $V$ を生成する。
- (RS2) 任意の $\alpha\in R$ に対して、$s_{\alpha}(R)=R$ である。
- (RS3) $\alpha,\beta\in R$ に対して、$s_{\alpha}(\beta)-\beta$ は $\alpha$ の整数倍である。
- (RS4) $\alpha\in R$ に対して、$R\cap \mathbb{R}\alpha \subset \{\pm \alpha\}$ である。
$R$ の元のことをルート(root)と呼ぶ。文脈によって、(RS1)~(RS3)を満たすもののことをルート系と呼び、中でもさらに(RS4)を満たすもののことを被約なルート系(reduced root system)と呼ぶこともある。
線形独立な二つのルートは、$V$ の中で平面を張る。この平面の中で、その二つのルートの間の角度が定義できるが、この角度として取り得る値の候補は決まっている。そのことを確認しよう。線形独立な $\alpha,\beta\in R$ に対して、$\alpha$ から $\beta$ への反時計回りの角度を $\theta ~(0\leq \theta \leq \pi)$ と置くと、 $$ (\alpha,\beta)=\|\alpha\|\|\beta\|{\rm cos}\theta $$ となる。ただし、$\|x\|$ は $(x,x)^{\frac{1}{2}}$ のことである。したがって、$n(\alpha,\beta)=\dfrac{2(\alpha,\beta)}{(\alpha,\alpha)}$ と置くと、(RS3) より、これは整数であり、 $$ n(\alpha,\beta)n(\beta,\alpha)=4{\rm cos}^{2}\theta $$ となる。左辺は整数、$\alpha$ と $\beta$ は線形独立だったので、$4{\rm cos}^{2}\theta$ の値の候補は、$0,1,2,3$ である。このことから、下のような表を得る。ただし、$\|\alpha|\leq \|\beta\|$ と仮定している。
$n(\beta,\alpha)n(\alpha,\beta)$ | $n(\alpha,\beta)$ | $n(\beta,\alpha)$ | $\theta$ | 長さの比 |
---|---|---|---|---|
$$0$$ | $$0$$ | $$0$$ | $$\frac{\pi}{2}$$ | |
$$1$$ | $$\pm 1$$ | $$\pm 1$$ | $$\frac{\pi}{3},\frac{2\pi}{3}$$ | $$1$$ |
$$2$$ | $$\pm 1$$ | $$\pm 2$$ | $$\frac{\pi}{4},\frac{3\pi}{4}$$ | $$\sqrt{2}$$ |
$$3$$ | $$\pm 1$$ | $$\pm 3$$ | $$\frac{\pi}{6},\frac{5\pi}{6}$$ | $$\sqrt{3}$$ |
この表において、$n(\alpha,\beta)=\pm 1$ なので、$s_{\alpha}(\beta)$ は $\beta+\alpha$ か $\beta-\alpha$ のどちらか一方に等しい。この表から等式 $$ s_{\alpha}(\beta) = \left\{ \begin{array}{lllllll} \beta-\alpha & (\|\alpha|\leq \|\beta\|,\theta=\frac{\pi}{3},\frac{\pi}{4},\frac{\pi}{6}),\\ \beta+\alpha & (\|\alpha|\leq \|\beta\|,\theta=\frac{2\pi}{3},\frac{3\pi}{4},\frac{5\pi}{6}),\\ \beta-2\alpha & (\|\alpha|\geq \|\beta\|,\theta=\frac{\pi}{4}),\\ \beta+2\alpha & (\|\alpha|\geq \|\beta\|,\theta=\frac{3\pi}{4}),\\ \beta-3\alpha & (\|\alpha|\geq \|\beta\|,\theta=\frac{\pi}{6}),\\ \beta+3\alpha & (\|\alpha|\geq \|\beta\|,\theta=\frac{5\pi}{6}),\\ \beta & (\theta=\frac{\pi}{2}). \end{array} \right. $$ を得る。
定義 3 (Weyl群)
$V$ におけるルート系 $R$ に対して、ルートの鏡映全体が生成する群 $W=W(R)$ のことをルート系 $R$ の$\mathbf{Weyl群}$と呼ぶ。$W$ は有限集合 $R$ の置換群の部分群なので、特に有限群である。
定義 4 (正系(positive of root system))
$V$ におけるルート系 $R$ に対して、次の二つの条件を満足する部分集合 $R^{+}\subset R$ のことを$\mathbf{正系}$(positive of root system)と呼ぶ。
- (a) 任意の $\alpha\in R$ に対して、$\pm \alpha$ のどちらか一方だけが $R^{+}$ に属する。
- (b) $\alpha,\beta$ を $R^{+}$ の異なる元とする。このとき $\alpha+\beta$ もルートなら $\alpha+\beta\in R^{+}$ となる。
$R^{-}:=-R^{+}=\{-\alpha\mathrel{\vert} \alpha\in R^{+}\}$ とすると、$R=R^{+}\coprod R^{-}$ (集合の直和)になる。$R^{-}$ もまた正系になる。$V$ は $R$ によって生成されているので、$V\backslash \{0\}=(\mathbb{R}_{>0}R^{+})\coprod (\mathbb{R}_{>0}R^{-})$ である。$0$ でないベクトル $v\in V$ が錐 $\mathbb{R}_{>0}R^{+}$ の元であることを $v>0$ と書き表す。$v<0$ も同様。正系が $V$ に線形順序を定めていることが分かる。
- コメント:$R^{+}$ の元の非自明な非負係数の結合で $0$ を表すことはできない。実際 $\sum_{\alpha\in R^{+}} c_{\alpha}\alpha=0$ を非負係数の結合とすれば、$\beta\in R^{+}$ を $c_{\beta}>0$ となる最小の元とすれば、
$$ 0=\sum_{\alpha} c_{\alpha}\alpha\geq (\sum_{\alpha}c_{\alpha})\beta >0 $$ となってしまうからである。
定義 5 (単純ルート)
$\Delta$ を $R$ の部分集合とする。$\Delta$ が次の二つの条件を満たすとき、$\Delta$ のことを $R$ の$\mathbf{基}$(basis)と呼ぶ。
- (a) $\Delta$ は $V$ の基底である。
- (b) $R$ の元を $\Delta$ の元の線形結合で書いたとき、その係数の符号は、すべて等しい。
$\Delta$ の元のことを $R$ の単純ルート(simple root)と呼ぶ。また $s_{\alpha} (\alpha\in \Delta)$ のことを単純鏡映と呼ぶ。さらに $$ R^{+}(\Delta)=\left\{\left. \sum_{\alpha\in \Delta}c_{\alpha}\alpha \in R \right| c_{\alpha} \geq 0 \right\} $$ は $R$ の正系となる。これを基 $\Delta$ に対応する正系と呼んだりする。
任意の $w\in W$ に対して、$w(R)=R$ なので、$R$ の任意の基 $\Delta$ に対して、$w(\Delta)$ も基になる。同様に $R$ の任意の正系 $R^{+}$ に対して、$w(R^{+})$ も正系になる。後に、$R$ のWeyl群 $W=W(R)$ が、$R$ の基全体の集合と正系全体の集合に推移的作用していることを見る。
補題 2
基 $\Delta$ の元は $R^{+}(\Delta)$ の二つ以上の元の結合として書くことはできない。
Proof.
実際、$\alpha\in \Delta$ を $\beta,\gamma\in R^{+}(\Delta)$ の和 $\beta+\gamma$ として表すと、$\beta,\gamma$ を $\Delta$ の元の非負係数の結合として書いたとき、$\alpha$ を他の $\Delta$ の元の非負係数の線形結合として表すことができてしまう。これは $\Delta$ が $V$ の基底となることに矛盾する。
□補題 3
基 $\Delta$ の相異なる元 $\alpha,\beta\in \Delta$ に対して、$(\alpha,\beta)\leq 0$ である。
Proof.
一般性を失うことなく、$\|\alpha\| \leq \|\beta\|$ としてよい。$(\alpha,\beta)>0$ ならば $s_{\alpha}(\beta)=\beta -\alpha$ であり、これが $R=R^{+}\coprod R^{-}$ の元なので、$\beta-\alpha$ もしくは $\alpha-\beta$ は $R^{+}$ の元である。前者の場合には $\beta=(\beta-\alpha)+\alpha$ となり、$\beta\in \Delta$ は二つの $R^{+}(\Delta)$ の元の和で書けてしまう。後者でも同様に矛盾が生じる。よって、$(\alpha,\beta)\leq 0$ である。
□定理 1
$V$ におけるルート系 $R$ に対して、$R$ の正系全体と $R$ の基全体は自然に一対一に対応している。
Proof.
$\Delta$ を $R$ の基とすると、 $$ R^{+}(\Delta)=\left\{\left. \sum_{\alpha\in \Delta}c_{\alpha}\alpha \in R \right| c_{\alpha} \geq 0 \right\} $$ は $R$ の正系である。逆に $R^{+}$ を正系としたとき、$R^{+}$ に含まれる基が必ずただ一つ存在する。実際、 $$ \Delta=\left\{\alpha\in R^{+}\mathrel{\vert} \alpha ~{\text は}~ R^{+} ~{\text の二つ以上の元の正係数の線形結合として書き表せない。} \right\} $$ がその条件を満たす。$\alpha$ が $R^{+}$ の元ならば、$\Delta$ の定義より、$\alpha$ は $\Delta$ の元の正係数の線形結合として書き表すことができる。よって $\Delta$ は $V$ を生成する。さらに $R^{+}$ の元の非負係数の非自明な線形結合で $0$ を書き表すことはできないので、$\Delta$ は線形独立である。よって $\Delta$ は $R$ の基である。もしも $R^{+}$ がもう一つの基 $\Delta^{'}$ を含んでいると仮定する。このとき、$\Delta$ の元を $\Delta^{'}$ の元の正係数の線形結合として一意的に表示したとき、実はそれはただ一つの項からなる。(RS4)より、$\Delta=\Delta^{'}$ が言える。
□
補題 4
$R$ の基 $\Delta$ に対して、$R^{+}=R^{+}(\Delta)$ を対応する正系とする。このとき、任意の $\alpha\in \Delta$ に対して $s_{\alpha}(R^{+}\backslash \{\alpha \})=R^{+}\backslash \{\alpha\}$ となる。
Proof.
$\beta\in R^{+}\backslash \{\alpha \}$ とする。もしも $\beta\in \Delta$ ならば、$\alpha$ と $\beta$ は相異なる単純ルートなので、$(\alpha,\beta)\leq 0$ である。よって、 $$ s_{\alpha}(\beta)=\beta-\dfrac{2(\alpha,\beta)}{\|\alpha\|^{2}}\alpha >0 $$ となり、$s_{\alpha}(\beta)\in R^{+}$ である。一般の $\beta\in R^{+}\backslash \{\alpha\}$ に対しても、$\beta=\sum_{\gamma\in \Delta}c_{\gamma }\gamma$ と展開すると、$\alpha$ と異なる単純ルート $\gamma$ が存在して、その係数は $c_{\gamma}>0$ で $s_{\alpha}(\beta)$ における $\gamma$ の係数も正となるようなものがある。係数の符号は一致しているので、$s_{\alpha}(\beta)\in R^{+}$ である。
□命題 1
Weyl群 $W(R)$ は $R$ の正系全体に推移的に作用する。
Proof.
$R^{+},R^{+'}$ を $R$ の二つの正系とする。証明は $r=\mathrm{Card}(R^{+}\cap -R^{+'})$ の帰納法による。$r=0$ ならば $R=R^{+}\coprod R^{-}=R^{+'}\coprod R^{-'}$ から分かる。$r>0$ とすると、$R^{+}$ に対応する基 $\Delta$ の元 $\alpha$ で $\alpha\in -R^{+'}$ となるものが取れる。なぜなら、もしそうでなければ $\Delta\subset R^{+'}$ となり、これは $R^{+}=R^{+}(\Delta)=R^{+'}$ を意味するからである。このとき、補題 4 より $\mathrm{Card}(s_{\alpha}(R^{+})\cap -R^{+'})=r-1$ となり帰納法の仮定から、$ws_{\alpha}(R^{+})=R^{+'}$ となる $w\in W(R)$ が存在する。
□特にWeyl群 $W(R)$ は $R$ の基全体にも推移的に作用している。
例
例 1
$1$ 次元ベクトル空間 $V=\mathbb{R}$ と $V$ におけるルート系 $R=\{1\}$ に対して $s_{1}$ は $-1$ 倍写像であり、$W(R)=\{\pm 1\}$ となる。
例 2 ($A_{n-1}$ 型)
$V=\mathbb{R}^{n}$ を $n$ 次元ベクトル空間とし、標準基底を $\{e_{1},\ldots e_{n}\}$ とする。$n$ 次対称群 $S_{n}$ の $V$ への作用を $$ \sigma(\sum_{i=1}a_{i}e_{i})=\sum a_{i}e_{\sigma (i)} $$ と定めると、$V$ の標準内積は $S_{n}$ で保たれる。実際、 \begin{align} \langle \sum a_{i}e_{\sigma (i)} , \sum b_{j}e_{\sigma (j)}\rangle &=\sum_{i,j}a_{i}b_{j} \langle e_{\sigma (i)} ,e_{\sigma(j)} \rangle \\ &= \sum a_{i}b_{j}\delta_{\sigma(i)\sigma(j)} \\ &= \sum a_{i}b_{j}\delta_{ij} \\ &=\langle \sum a_{i}e_{i},\sum b_{j}e_{j}\rangle \end{align} である。よって自然に $S_{n}\subset O(\mathbb{R}^{n})$ である。$V=\mathbb{R}^{n}$ のルート系として $R=\{e_{i}-e_{j}\mathrel{\vert}i\neq j\}$ を取ると $s_{e_{i}-e_{j}}$ は互換 $(i~j)\in S_{n}$ に対応する $O(\mathbb{R}^{n})$ の元を与え、$S_{n}$ は自然にWeyl群 $W(R)$ と同型になる。$S_{n}$ のことを $A_{n-1}$ 型鏡映群と呼ぶ。$R$ の基として、$\Delta=\{e_{i}-e_{j}\mathrel{\vert} i<j\}$ を取ることができる。
例 3 ($B_{n}$ 型)
$S_{n}$ の $V=\mathbb{R}^{n}$ への作用を引き続き考える。$R=\{\pm e_{i}\mathrel{\vert}i=1,\ldots,n\}\cup \{\pm e_{i}\pm e_{j}\mathrel{\vert}i\neq j\}$ は $V$ におけるルート系であり、$R$ には $e_{i}$ を $e_{\sigma(i)}$ へ送る $S_{n}$ の作用と符号を反転させる $(\mathbb{Z}/2)^{n}$ の作用が入り、$W(R)$ はこれらの半直積 $S_{n} \ltimes (\mathbb{Z}/2)^{n}$ と同型になる。
例 4 ($D_{n}$ 型)
長さ関数と簡約表示
ここでは、$R$ の基 $\Delta$ を一つ固定しよう。
定義 6 (高さ関数)
$R^{+}$ の元 $\beta$ を $\beta=\sum_{\gamma \in \Delta} c_{\gamma}\gamma$ としたときに、$\mathrm{ht}(\beta)$ を係数の和 $\sum c_{\gamma}$ として定める。$\mathrm{ht}\colon R^{+}\longrightarrow \mathbb{R}_{\geq 0}$ を $\Delta$ に関する高さ関数(height function)と呼ぶ。
この関数を使って、次の重要な結果を示すことができる。
命題 2
Weyl群 $W(R)$ は 単純ルートの鏡映で生成される。すなわち $W(R)=\langle s_{\alpha}\mathrel{\vert} \alpha\in \Delta \rangle$ である。
Proof.
$W^{'}=\langle s_{\alpha} \mathrel{\vert}\alpha\in \Delta \rangle$ と置いて、$W(R)=W^{'}$ を三つのステップを踏んで示そう。
- $\beta\in R^{+}$ に対して、$W^{'}\beta\cap R^{+}$ は、$\beta$ を含むので、空でない有限集合であり、この中で ${\rm ht}(\gamma)$ が最小となるような $\gamma$ を取ることができる。$\gamma\in \Delta$ を証明しよう。$\gamma$ を単純ルートの非負係数の線形結合として
$$ \gamma=\sum_{\alpha\in \Delta}c_{\alpha}\alpha $$ と一意的に表示したとき、 $$ (\gamma,\gamma)=\sum_{\alpha\in \Delta}c_{\alpha}(\gamma,\alpha)>0 $$ なので、$(\gamma,\alpha)>0$ であるような $\alpha\in \Delta$ を取ることができる。このとき、$\gamma=\alpha$ となり、$\gamma$ が単純ルートであることが証明できる。ここで仮に $\gamma$ が $\alpha$ と等しくなければ補題 4より、$s_{\alpha}(\gamma)\in W^{'}\beta\cap R^{+}$ であり、一方で $$ {\rm ht}(s_{\alpha}(\gamma))={\rm ht}(\gamma)-\dfrac{2(\gamma,\alpha)}{\|\alpha\|^{2}}<{\rm ht}(\gamma) $$ となり、$\gamma$ の選び方に矛盾する。したがって $W^{'}\beta\cap R^{+}$ の中で高さが最小であるような元は単純ルートである。
- $W^{'}\Delta=R$ である。今示した通り、任意の $\beta\in R^{+}$ に対して、$W^{'}\beta\cap R^{+}\cap \Delta=W^{'}\beta\cap \Delta$ は空ではないため、$\beta\in W^{'}\Delta$ であり、したがって、$R^{+}\subset W^{'}\Delta$ である。$w\in W^{'}$と$\alpha\in \Delta$ を$\beta=w(\alpha)$ となるようにとると、$-\beta=ws_{\alpha}(\alpha)$ で $ws_{\alpha}\in W^{'}$ なので、$R^{-}\subset W^{'}\Delta$ でもある。以上より $W^{'}\Delta=R$ が言えた。
- 任意の $\beta\in R$ に対して、$s_{\beta}\in W^{'}$ を示せば、$W=W^{'}$ が言えたことになる。$W^{'}\Delta=R$ より $\beta=w(\alpha)$ となる $w\in W^{'}$ と $\alpha\in \Delta$ が取れる。このとき、$s_{\beta}=ws_{\alpha}w^{-1}\in W^{'}$ となる。
定義 7 (長さ関数(length))
命題 2より、任意の $w\in W(R)$ は $$ w=s_{1}\cdots s_{h}, ~(s_{i}=s_{\alpha_{i}},\alpha_{i}\in \Delta) $$ という積表示を持つ。$w$ がこれより短い単純鏡映の積で表示できないとき、$h$ のことを $w$ の長さといい、$\ell(w)=h$ と書き表す。この $\ell\colon W(R)\longrightarrow \mathbb{Z}_{\geq 0}$ のことを $\Delta$ に関する$\mathbf{長さ関数}$という。これは次の性質を満たす。
- 任意の $w\in W(R)$ に対して $\ell(w)=\ell(w^{-1})$ である。
- $\ell(w)=1$ となるのは $w=1$ のみである。
- $\alpha\in \Delta$ に対して、$\ell(s_{\alpha}w)=\ell(w)\pm 1$ である。
- 任意の $w,w^{'}\in W(R)$ に対して $\ell(ww^{'})\leq \ell(w)+\ell(w^{'})$ である。
また $\ell(w)=h$ のとき、$w=s_{1}\cdots s_{h}, ~(s_{i}=s_{\alpha_{i}},\alpha_{i}\in \Delta)$ のことを $w$ の$\mathbf{簡約表示}$(reduced expression)
$w\in W(R)$ に対して $R(w)=R^{+}\cap w^{-1}(R^{-})=\{\alpha\in R^{+}\mathrel{\vert} w(\alpha)<0\}$ と置くと、$w$ の長さは $R(w)$ の元の個数と等しい。例えば、$\alpha\in \Delta$ に対しては、$s_{\alpha}(R^{+}\backslash \{\alpha\})=R^{+}\backslash \{\alpha\}$ かつ $s_{\alpha}(\alpha)=-\alpha$ なので $R(s_{\alpha})=\{\alpha\}$ であり、$\ell(s_{\alpha})=1$ なので、$\ell(s_{\alpha})=\mathrm{Card}(R(s_{\alpha}))$ である。一般の $w\in W(R)$ に対してもそうであることをこれから確かめる。
補題 5
任意の $w\in W(R)$ と $\alpha\in \Delta$ に対して $$ R(ws_{\alpha})= \left\{ \begin{array}{ll} s_{\alpha}R(w)\cup \{\alpha\} & (w(\alpha)\in R^{+} ),\\ s_{\alpha}(R(w)\backslash \{\alpha\}) & (w(\alpha)\in R^{-} ) \end{array} \right. $$ が成り立つ。
Proof.
$\beta\neq \alpha$ であるような $\beta\in R$ に対しては \begin{align} \beta\in R(ws_{\alpha}) & \iff \beta>0, ws_{\alpha}(\beta)<0 \\ & \iff \beta>0, s_{\alpha}(\beta)\in R(w) \\ & \iff \beta\in s_{\alpha} R(w) \end{align} なので $R(ws_{\alpha})=s_{\alpha}R(w)\cup \{\alpha\}$ である。ただし、二番目の $\iff$ のところで $s_{\alpha}$ が $R^{+}\backslash \{\alpha\}$ を保つことを使った。$w(\alpha)>0$ のとき、$\alpha$ は $R(ws_{\alpha})$ の元であり、$w(\alpha)<0$ のときは $\alpha\notin R(ws_{\alpha})$ である。よって、 $$ R(ws_{\alpha})= \left\{ \begin{array}{ll} s_{\alpha}R(w)\cup \{\alpha\} & (w(\alpha)\in R^{+} ),\\ s_{\alpha}(R(w)\backslash \{\alpha\}) & (w(\alpha)\in R^{-} ) \end{array} \right. $$ となる。
□
定理 2
$w\in W(R)$ に対して $w=s_{1}\cdots s_{h}, ~(s_{i}=s_{\alpha_{i}},\alpha_{i}\in \Delta)$ を簡約表示とすると、実は $$ R(w)=\{\alpha_{h},s_{h}\alpha_{h-1},\ldots, s_{h}\cdots s_{2}\alpha_{1} \} $$ であり、これらの元はすべて異なる。特に $\ell(w)=\mathrm{Card}(R(w))$ が成り立つ。
Proof.
$h=\ell(w)$ の帰納法によって証明しよう。$h=1$ のときは 補題 4 より $R(s_{\alpha})=\{\alpha\}$ である。$w^{'}=s_{1}\cdots s_{h-1}$ と置くと、帰納法の仮定より $$ R(w^{'})=\{\alpha_{h-1},s_{h-1}\alpha_{h-2},\ldots,s_{h-1}\cdots s_{2}\alpha_{1}\} $$ であり、これらの元はすべて異なる。もし $w^{'}(\alpha_{h})\in R^{+}$ ならば補題 5より、 $$ R(w)=\{\alpha_{h},s_{h}\alpha_{h-1},\ldots, s_{h}\cdots s_{2}\alpha_{1} \} $$ となることが言える。さらにこれらの元はすべて異なる。実際、もしそうでないとすると、$\alpha_{h}\in s_{h}R(w^{'})$ となるが、これは $-\alpha_{h}=s_{h}(\alpha_{h})\in R(w^{'})\subset R^{+}$ を意味することになり、$\alpha_{h}\in \Delta\subset R^{+}$ に矛盾する。今、$w^{'}(\alpha_{h})>0$ なら主張が言えることを見た。一方で $w^{'}(\alpha_{h})<0$ となることはない。なぜなら、$w^{'}(\alpha_{h})<0$ ならば、帰納法より $$ \alpha_{h}\in R(w^{'})=\{\alpha_{h-1},s_{h-1}\alpha_{h-2},\ldots,s_{h-1}\cdots s_{2}\alpha_{1}\} $$ なので、$\alpha_{h}$ はこの中のどれかと等しい。すなわち $1\leq i\leq h-1$ を適当に取ると $\alpha_{h}=s_{h-1}\cdots s_{i+1}\alpha_{i}$ となる。このとき、 $$ w=w^{'}s_{h}=(s_{1}\cdots s_{h-1})(s_{h-1}\cdots s_{i+1})s_{i}(s_{i+1}\cdots s_{h-1})=s_{1}\cdots s_{i-1}s_{i+1}\cdots s_{h-1} $$ となり、$\ell(w)=h$ に矛盾する。二番目の等号では $s_{s_{h-1}\cdots s_{i+1}\alpha_{i}}=(s_{h-1}\cdots s_{i+1})s_{i}(s_{i+1}\cdots s_{h-1})$ となることを使った。(補題 1)
□系 1
任意の $w\in W(R)$ と $\alpha\in \Delta$ に対して $$ \ell(ws_{\alpha}) = \left\{ \begin{array}{ll} \ell(w)+1 & (w(\alpha)\in R^{+})\\ \ell(w)-1 & ( w(\alpha)\in R^{-}) \end{array} \right. $$ が成り立つ。
系 2
任意の $w\in W(R)$ と $\alpha\in \Delta$ が $w(\alpha)\in R^{-}$ を満たすなら $s_{\alpha}$ を最後の項とするような $w$ の簡約表示 $w=\cdots s_{\alpha}$ が存在する。
Proof.
$\ell(w)=h$ とし $w=s_{1}\cdots s_{h}$ を $w$ の一つの簡約表示とすると、定理 2より $$ R(w)=\{\alpha_{h},s_{h}\alpha_{h-1},\ldots, s_{h}\cdots s_{2}\alpha_{1} \} $$ であるから、$\alpha\in R(w)$ なら $\alpha$ はこの中のどれかと等しい。よって $\alpha=s_{h}\cdots s_{i+1}\alpha_{i}$ となる $i$ が取れる。このとき、 $$ ws_{\alpha}=s_{1}\cdots s_{h}s_{\alpha}=(s_{1}\cdots s_{h})(s_{h}\cdots s_{i+1})s_{i}(s_{i+1}\cdots s_{h})=s_{1}\cdots s_{i-1}s_{i+1}\cdots s_{h} $$ は系 1より、$ws_{\alpha}$ の簡約表示であり、$w=s_{1}\cdots s_{i-1}s_{i+1}\cdots s_{h}s_{\alpha}$ は $s_{\alpha}$ を最後尾とする $w$ の簡約表示であることが分かる。
□
系 3
任意の $w_{1},w_{2}\in W(R)$ に対して、次の二つの条件は同値である。
- $\ell(w_{1}w_{2})=\ell(w_{1})+\ell(w_{2}) $,
- $R(w_{1}w_{2})=w_{1}R(w_{2})\coprod R(w_{1}) $.
Proof.
定理 2のように具体的に元を書き下せばよい。
□系 4
$W(R)$ は $R$ の正系全体、及び基全体に忠実に作用する。特に $W(R)$ の位数は $R$ の正系全体の数と等しい。
Proof.
$w(R^{+})=R^{+}$ ならば $R(w)$ は空集合なので $\ell(w)=0$ である。長さが $0$ であるような $W(R)$ の元は単位元しかない。
□放物型部分群
$V$ の部分空間 $V^{'}$ にルート系 $R$ を制限した $R^{'}$ は $V^{'}$ におけるルート系になっている。同様にして正系 $R^{+}$ や基 $\Delta$ を $V^{'}$ に制限して $R^{'}$ の正系 $R^{'}$ や $\Delta^{'}$ を得る。$\Delta$ が $V$ の基底だったことを思い出せば $\Delta$ の真の部分集合 $\Theta$ が生成する空間は $V$ の真の部分空間 $V_{\Theta}$ であり、$\langle s_{\alpha}\vert_{V_{\Theta}}\mathrel{\vert}\alpha\in \Theta\rangle$ はそこに作用するWeyl群である。$\Delta$ の部分集合 $\Theta$ に対して、$R_{\Theta}=R\cap V_{\Theta}$ とし、$R^{+}_{\Theta}=R^{+}\cap R_{\Theta}$ とする。これらはそれぞれ $V_{\Theta}$ におけるルート系とその正系であり、$\Theta$ に対応している。
補題 6
任意の $w\in W(R)$ に対して、$wW_{\Theta}w^{-1}=W_{w\Theta}$ である。
Proof.
これは $\alpha\in R$ に対して $ws_{\alpha}w^{-1}=s_{w(\alpha)}$ であることからしたがう。
□$\Delta$ に関する長さ関数 $\ell\colon W(R)\longrightarrow \mathbb{Z}_{\geq 0}$ と同様に、$V_{\Theta}$ におけるルート系 $R_{\Theta}$ の基 $\Theta$ に関する長さ関数 $$ \ell_{\Theta}\colon W_{\Theta}\longrightarrow \mathbb{Z}_{\geq 0} $$ を考えることができる。
命題 3
任意の $w\in W_{\Theta}$ に対して $\ell(w)=\ell_{\Theta}(w)$ である。特に $W_{\Theta}$ の元は $\Theta$ の元の鏡映からなる簡約表示を持つ。
Proof.
長さ関数の定義から $\ell(w)\leq \ell_{\Theta}(w)$ である。また $\ell(w)=\mathrm{Card}(R(w))$ かつ $\ell_{\Theta}(w)=\mathrm{Card}(R_{\Theta}(w))$ である。一方で $R_{\Theta}(w)\subset R(w)$ なので $\ell_{\Theta}(w)\leq \ell(w)$ である。
□
命題 4
$W(R)/W_{\Theta}$ の各左剰余類の中で、以下の同値な条件を満たすような $w\in wW_{\Theta}$ が唯一つ存在する。
- (1) $w\Theta>0$
- (2) $w$ の長さは $wW_{\Theta}$ の中で最小である。
Proof.
まずこの二つが同値であることを示そう。
- (1) $\Longrightarrow$ (2). $x\in W_{\Theta}$ とすると、$\ell(wx)=\ell(w)+\ell(x)$ が成り立つことを帰納法で示そう。$\ell(x)=k$ とすると、命題 3より $\Theta$ の元の鏡映からなる $x$ の簡約表示 $x=s_{1}\cdots s_{k}$ が取れる。$x^{'}=s_{1}\cdots s_{k-1}$ とすると、仮定より $\ell(wx^{'})=\ell(w)+\ell(x^{'})$ である。$\alpha\in \Theta$ を $s_{\alpha}=s_{k}$ となる単純ルートとすると、系 1より $wx^{'}(\alpha)>0$ を示せばよい。$x=s_{1}\cdots s_{k}$ が簡約表示であることから、系 1より $x^{'}(\alpha)\in R_{\Theta}^{+}$ であり、(1) より $wR_{\Theta}^{+}>0$ なので、$wx^{'}(\alpha)>0$ が分かる。したがって $\ell(wx)=\ell(w)+\ell(x)$ が任意の $x\in W_{\Theta}$ に対して言える。このときもちろん $w$ は $wW_{\Theta}$ の中で長さ最小である。
- (2) $\Longrightarrow$ (1). もしも $w(\alpha)<0$ となるような $\alpha\in \Theta$ があれば系 2より $s_{\alpha}$ を最後の項とするような $w$ の簡約表示 $w=\cdots s_{\alpha}$ がある。このとき、$ws_{\alpha}\in W_{\Theta}$ の長さは $\ell(w)-1$ である。よって(2) $\Longrightarrow$ (1)も言えた。
このような $w$ の存在性と一意性は明らか。
□同じく、次の主張を証明することができる。
命題 5
$W_{\Theta}\backslash W(R)$ の各右剰余類の中で、以下の同値な条件を満たすような $w\in W_{\Theta}w$ が唯一つ存在する。
- (1) $w^{-1}\Theta>0$
- (2) $w$ の長さは $W_{\Theta}w$ の中で最小である。
部屋
$W(R)$ は $V\backslash \bigcup_{\alpha\in R} H_{\alpha}$ の連結成分全体のなす集合に作用している。$V\backslash \bigcup_{\alpha\in R} H_{\alpha}$ の連結成分のことを$\mathbf{部屋}$(chamber)と呼ぶ。
命題 6
部屋 $C$ に対して、$R^{+}(C)=\{\alpha\in R\mathrel{\vert} (\alpha,v)>0 (\forall v\in C)\}$ は $R$ の正系である。$C\longmapsto R^{+}(C)$ は部屋全体から正系全体への一対一対応を与える。
Proof.
正系の定義を思い出せばよい。任意の $\alpha\in R$ に対して、$\pm \alpha$ のどちらか一方だけが必ず $R^{+}(C)$ に入る。また $\alpha,\beta\in R^{+}(C)$ に対して、$\alpha+\beta\in R$ なら $\alpha+\beta\in R^{+}(C)$ である。さらに $w\in W(R)$ に対して、 \begin{align} wR^{+}(C)&=w\{\alpha\in R\mathrel{\vert} (\alpha,v)>0 (\forall v\in C)\} \\ &=\{w(\alpha)\in R\mathrel{\vert} (\alpha,v)>0 (\forall v\in C)\} \\ &=\{\alpha\in R\mathrel{\vert} (w^{-1}(\alpha),v)>0 (\forall v\in C)\} \\ &=\{\alpha\in R\mathrel{\vert} (\alpha,w(v))>0 (\forall v\in C)\} \\ &=\{\alpha\in R\mathrel{\vert} (\alpha,v)>0 (\forall v\in w(C))\} \\ &=R^{+}(wC) \end{align} なので、部屋全体にもWeyl群 $W(R)$ が忠実かつ推移的に作用している。
□部屋、基、正系はそれぞれの間に一対一対応があり、さらに $W(R)$ はこれらに忠実かつ推移的に作用しているので、$W(R)$ は部屋の集合と同一視できる。